夏を見渡す部屋 嫉妬されることには慣れていない。独占欲を向けられることも、焦がれる対象として見られることも。
昔、ごく普通に幸せだったころは、偶然に出会い、平穏な恋をして、そして和やかに結ばれたから、嫉妬や焦燥感といった激しい感情とは無縁の生活だったのだ。
しかし過酷な世界へと身を投じ、苛烈な日々に自分の総てを捧げ、そして最後に平凡な生活と家族が失われたあとは、すべてに対して無関心を装うことにして、他人の感情から遠ざかることにした。人ひとり、正確には二人守ることも出来ない男だ、どぶねずみにはどぶこそがふさわしい。もともと人をコマとして観察し、そしてゲームに勝つためだけに算段をするような人間だったことを思い出したときには、社交的でなぜか人好きのすると評判の男はどこにでも入り込む油断ならない奴だと見られるようになり、やがてただの冷たく容赦がない厭世家と評されるようになっていた。
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