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    【メル燐】雰囲気ホラー|夏祭り

    #メル燐
    merphosphorus

    江戸に桜の綾錦 闇夜に目映い丹色の縮緬を頼りなく、金魚の尾鰭そっくりに閃かせて遠去かる背を追おうとして、片腕を手首の辺りで捕まえられた。目の前には裏山を覆い尽くす雑木の林、薄墨を幾重にも塗り重ねた黒が凝る、みっしりと濃密な薮の切れ目が僅かに口を開けていた。
    「どこ行こうってンだよ」
     普段は喧喧と賑々しい男の穏やかな低音は仄かな憂愁を誘い、夏の夜に温む思考にすうと嫌味なく指先を差し入れ、清澄を惹起する。
     一呼吸をおいて踵を返せば、燃える赤毛を逆立てて、高純度の碧眼を訝しげに吊り上げ、仙骨の少し上で金魚の尾鰭そっくりの朱い兵児帯を結んだ──いいや、そのはずはない、天城燐音が今宵のためにと纏うた浴衣は濃青に銀鼠の波紋柄、芥子色の帯は角帯結びの型、仮令列成す吊提灯に夜目が眩んだとて、まるで赤み差す余地もない暗色の単衣である。
     先日のロケで使用した衣装を保管室から許諾もなしに全員分拝借してきたこの調子者とは、四人で連れ立ち寮を出てから今に至るまでの凡そ三十分間、得手勝手ながらも付かず離れず相伴って犇めく屋台を冷やかしていたので色直しも、またそれが必要とされる理由や難事もなかったと言える。現に、胡乱な瞳に獣じみた警戒をちらつかせつつも捕らえた手首を解放した天城は、記憶に違わぬ渋色の着物を身につけている。
     では、あれは、たった今生い茂る叢の中へ駆け去った背は、誘蛾灯のようにちかちかと危うげに翻る真っ赤な帯裾は、誘うように背後を振り向いた、屈託なく無邪気に不安を煽る喜色満面は。
     恐らく──考えても詮なき事に違いない。或いは考えぬ方が善い事、更に言うならば、考えてはならぬ事。迂闊にも胸中に生じた油断、夢うつつの隙を真正面から直向きに射抜く眼差し、見つめ返すほどに不信を色濃くする明け透けな碧玉こそが厳然たる、疑うべくもないただ一つの現実である。かぶりを振って、まとわりつく不愉快な夜気ごと、胃の腑に蟠る疑念を払った。
    「おいおい、何とか言えよ。まさかメルメルってば、冗談抜きにどうかしちゃったってワケか。なァ、試しにスマホのインカメ覗いてみろよ、額から首まで真っ青だぜ、お前。……ああ、いや、うん。止しとくか」
     なんか写っちまったら怖ェもんなと戯けたそぶりとは裏腹に心なし強張った声音、刹那後ろに繁茂する薮を見やる鋭い視線が暗示する責めを独りでに負い、居た堪れなくなって深々と、これ見よがしな溜息を洩らす。「天城、HiMERUのことなら心配無用です。……少し、人いきれに酔ってしまって、風通しの良いところを探していただけですから」
     あまぎ、初めてその音節を舌に乗せるかのようなこそばゆい違和感が奥歯の根元を這う。形だけでも思案げな格好を整えて顎へ指を添え、患部を軽く揉む。どうにも知覚が薄弱として、弄した詭弁もうやうやと心許ない。しかし天性の博打打ち相手ではどうせ即座に暴かれる事と見越しての嘘、誤魔化したい真意が他にあり、以降の詮索を拒絶するという意思表示だけで十分である。予想通り、天城は離された距離を不躾に詰めることはせずに、項で跳ねる襟足を大袈裟に掻き乱して、生意気に尖った口許をへの字にひん曲げた。
    「あっそ。まァ俺っちはいいとして、こはくちゃんたち……こはくちゃんが心配するっしょ。今はあっちでアホみてえにたこ焼き頬張ってるニキきゅんの介護に忙しくしてるけどよ。そういうの、割と敏感だし」
    「わざわざご苦労なことですね。……桜河には悪いことをしました。すぐに戻ると伝えてください、」
     やたらと耳に馴染むノイズ混じりの民謡が遠く、高く組まれた櫓の柱に括られた年代物のスピーカーから鳴り渡って、心臓を震わす和太鼓の打音の半テンポ後ろを気侭に流れていく。露店を囲む不明瞭な人声、砂利を踏みしめる不揃いな足音、何層もの湿度の暗幕を隔てて途切れとぎれに届く、虚ろにくぐもった雑音に背を向けて、再び背後に密集する木々のあわいに目を凝らそうとすると、今度は少々乱暴に肩を掴まれて、無理やり身体の方向を転換させられた。吊り上がった燐光瞬く双眸が呈するのは憂一色、据わりの悪いことこの上ない。
    「おいおい、おい。俺っちはお前を観察しに来たんじゃなくて、迎えに来たんだよ。そもそも、今にもぶっ倒れそうなくらい蒼白い顔したヤツをこんな辛気くせえところに独り置いて戻ると思うのか? マジに変っしょ、どうしちまったんだよ。なァ、お前。本当にHiMERUだよな」
     揶揄混じりに正気を試す浮薄な問いが含む複数の意図を察しないではなかったが、まともに取り合う意義もなければ時を費やす甲斐もない。しかし、一笑に付すには真剣な、親身に沁み入る目つきばかりは無碍にできない。余計な世話と撥ね付けることも、それならばと何食わぬ顔をして輪の中へ帰ることも択べず、後ろ髪引かれる奇妙な予感に囚われたまま、我ともなく、肩に乗せられた手の甲に、慎重に掌を触れ合わせた。節の目立つやや無骨な指先が皮下で小さく震える。
    「では、天城は本当に天城なのですか」
     俄かに突拍子もない返答を受けて、装われた洒脱なポーカーフェイスに走る僅かな亀裂、薄らと垣間見える天城燐音の根源的な惑いが無性に好ましく、罅の縁から両手の五指を割り入れて、忌憚なく開け拡げることが赦されるのならば、その向こうに何とも判らぬ望むものを得られる気がして、知らず咽喉が鳴った。鬱蒼たる木立の傍ら、こうして二人対峙してから初めて逸らされた視線が悩ましげに宙空を右へ左へ、在らぬ答を求めて拠り所なく彷徨う。
    「ああ、そういう……」肩の上に縫い留められたきりの片手がもぞもぞと所在なげに蠕動する。珍しくも煮え切らない口調でわざと核心を避け、天城の言葉は不器用にらしからぬ遠回りをした。「……盆の暮れ時にゃ気を付けろってか。まあ時期が時期だし有り得なくもねえっつうか、昔から嫌というほど聞かされた話っつうか。てっきり誘拐だの迷子だのを抑止する教訓譚の一種かと思っていたが……まあ、感受性の強いヤツには何かしら伝わっちまうのか。それとも、」
    「何を言っているのです、天城、やめてください。そういった非科学的な、くだらない話をしたいわけではないのです、ただ……」ただ、何と言い訳したかったのか、終ぞその先は続かなかった。一言、「天城が」とだけ未練がましく溢した、取り留めもない、情けない声色に沸々と物憂い苛立ちが募る。歯切れの悪い減らず口をらしくないと言えた義理ではない。口唇を噛みしめ、迷妄の一途を辿らんとする我が身を律すると、こちらを上目遣いに見つめる瞳にほんの一瞬、気に障らない程度の慈悲と憐憫が浮かんだ。夜気に熱せられ糜爛した逆鱗に、触れるか触れないかという絶妙な間を隔てられれば寧ろ、その憂慮は快い。
    「俺が、ねえ。……何だかよく解んねェけど、今日は早めに解散すっから、メルメルもとっとと部屋戻ってゆっくり休めよ。そんな酷ェ顔色晒してちゃ、幽霊にお仲間だと勘違いされても文句言えねえっしょ」
     いじらしくたなうらの下で鳴りを潜めていた指先が敏捷に反旗を翻し、自身を押さえつけていた手を包み込んで、先刻薮に気を取られかけたところを引き留めた時と同質の力で、強く引く。夜風に揺れる無数の提灯の、煌々とまろい光が明かす、幻想的な喧騒の方へ、血と熱の通う人の群れの中へ、否応なく強引に、夜陰に冷えた腕を掴んで大股で歩きゆく背、濃青の単衣に芥子色の帯。燃える赤毛が好く映える。
    「戻るぞ。おてて握りしめてる方が落ち着くってンなら特別にこのまま繋いでてやっても構わねえけど、その代わり、とびきり上手な言い訳考えとけよ。じゃないと今俺っちが適当にでっち上げた最高に面白ェ物語をアイツらに聞かせちまうからな。うん、そうねェ……おませなメルメルは浴衣を着て一段と色っぽい燐音ちゃんと二人きりになりたくてわざと行方を眩ましました、かくかくしかじか、めでたしめでたし。ってな」
     既に天城の下衆な横槍を入れる間もない完璧な口実を練り上げてあるのですと嘯けば、最早殆ど平生通りの小理屈の応酬、受けては殊更調子良さげに、屈託なく無邪気に綻ぶ喜悦満面が面映い。
     下駄の歯で粗放に砂礫を喰みながら、深淵潜む裏山を背に連れ立って歩く最中、ふわふわと尾を引く危うげな熱にでも浮かされたか、次第に醒めていく夢心地を奇しくも惜しいと感じて、未だ絡みついたままの五指を軽く引っ張った。
    「天城、」気紛れに散る緋色の癖毛を漂わせ、ひらりとこちらを向いた眦鋭利な碧眼が、図らずも弧を象る口唇を捉えて、幽かな驚嘆に見開かれる。「HiMERUをどこへ連れていくつもりだったのですか」
    「……は?」
     すかさず跳ね返るのは至極真っ当な反応だった。突如としてぶつけられた不可解極まる質疑に、若しくは、そんな世迷言がこの上なく相応しからぬ人物の口から転び出たことに、天城燐音はいよいよ露骨な煩悶を示した。足元漫ろに何度も後方を見返り、生真面目にも繋がれたままの手を一度二度ぞんざいに振って、「何の話だよ」だの「まだ寝惚けてんのか?」だの、暫くぶつぶつと誰にともなく悪態をついていたが、熱心に、あくまで誠実な風体を装って見つめ続けると、瑣末な諧謔に過ぎぬとすぐにも撤回されるのを期待していた様子の微苦笑を、諦念の暗雲がみるみる覆っていく。
    「いやいや待てって、知るはずねえっしょ。大体それ、疲れたメルメルが俺っち恋しさに視た幻覚の話だろ。想像力でも試そうっての? なに、夢の中の俺っちがメルメルをどこぞに連れてっちまおうとした感じ? そんなのマジで意味解んねェって、教訓譚どころか御伽噺としてもペラペラ、解釈のしようもねえよ」
     品のない、わざとらしい薄笑いにも心なしか覇気がない。本気と冗談の境界を冗談の方へ踏み切ろうとしたものの、相手が一向に対岸から動こうとしないのを遣る瀬なく顧みて、それでも置いてはゆけぬかなしい天稟、乃至は君主としての性、兄としての業に相も変わらず雁字搦めの天城は、次第に沈黙して、きまりの悪そうな顔をふいと背け、休みがちだった歩みを再開した。つられて合わせた歩調を少し早めて距離を縮め、一層間近に望む真白い項の上で、金魚の尾鰭そっくりに閃く丹色の癖毛の、その隙間に目を奪われる。
    「……ううん。全然判んねェけど、多分、」多分、誰もいないところじゃね。
     そよぐ赤毛の細糸が匿す耳殻の象牙色を、縁から淡く、鮮やかに染めてゆく朱に見惚れていると、いつしか躊躇いがちに結ばれていた指先に、緩慢と儚い力が宿る。視界を赤一面に彩る男の、広くも痩せた背を追うほどに、忘れなければならない夢に囚われていく心地がした。
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    GoodHjk

    DONE【渉零】新衣装の話
    天性回遊 でも、つかまえて『夜のご殿』を出たとたん、青い鳥はみんな死んでしまいました。
     ──モーリス・メーテルリンク『青い鳥』




     ひと言で言い表すならば洗練された、瀟洒な、或いは気品溢れる、いずれの賛辞が相応かと択ぶに択ばれぬまま、密やかに伸ばした指先で、コートの広い襟をなぞる。緻密に織り込まれた濃青色の硬質な生地は、撮影小道具であるカウチの上に仰向けに横たわる男の、胸元のあたりで不審なほどに円やかな半円を描き、さながら内側に豊満なる果実でも隠し果せているかのように膨らんでいる。指先を外衣のあわせからなかへと滑り込ませると、ひと肌よりもいっそう温かい、小さな生命のかたまりへと触れた。
     かたまりが震え、幽かな、くぐもった声で抗議をする。どうやら貴重な休息の邪魔をしてしまったようだと小声で詫びを入れれば、返ってきたのは、今し自堕落なそぶりで寝こけていた男、日々樹渉の押し殺した朗笑だった。床にまで垂れた薄氷の長髪が殊更愉しげに顫えている。この寝姿が演技ならば、ここは紛れもなく彼の舞台の上であり、夕刻になって特段用もなく大道具部屋へ赴く気になったことも既に、シナリオの一部だったのだろう。
    1993

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