輝信の話ハウンド本部が致命的なバグを愛知県内の地下に検出。
ただしバグは正体不明の力を有しており、はっきりとした場所を特定することは不可能。
我が街は、地下鉄、地下施設などの施設が多いため、大規模な工事は、危険と判断。ハウンドの中でもとりわけ能力の高い、支部長クラス各位に捜索をさせることとする。
端末に表示された指令を読み直したところで、新幹線の電光掲示板には名古屋という文字が表示された。
「各位ね」
生まれてすぐ、捨てられた僕には家族がいなかった。
だから家族が欲しかった。
誰かの一番になりたかった。
そのためにはどんな手段も使う気でいた。
小学生になる頃、施設に老夫婦が来た。
その2人はその施設に寄付をしているというどこかの会社の会長夫婦なのだという。
誰でもよかった。そんなことはどうでもよかった。ただ「誰かの一番」になれればそれでよかった。
戸籍は、わかりやすく「誰かの一番」になった証だ。
僕は、アバターの能力を使って、老夫婦の「一番」になった。
引き取られて、息子になったのだ。
けれど、一番でいれたのは数年だった。
人は人。寿命というものがある。老夫婦はたった5年で死んだのだ。
莫大な遺産と、僕を残して。
そしてまた、僕は「誰かの一番」じゃなくなった。
僕の部屋にある無数のトロフィーになんの意味もない、こんなものに「一番」の価値なんてない、なんで死ぬんだ。いなきゃ意味ないのに、どうして。
「君、ハウンドの育成所に入らないか」
老夫婦のかわりに葬式を行なった老夫婦の知人だという男は、僕にそういった。
そうして僕は今、ハウンドの九州支部長として、ハウンド本部の指令をこなしに実にXX年ぶりに愛知にいる。
「育成所卒業以来、、、かな」
会議室に到着すると、他の人たちはまだ到着していないようで、1人の男だけが、周りを見渡しやすい位置の席に頬杖をついて座って手をゆるやかにふっていた。
「よぉ、久しぶり輝信クン」
この男はハウンド本部支部長、五条。
今回、支部長陣を集めたのはこの男だった。
「ヤダな先輩、やめてくださいよクンづけなんて」
そして、僕の育成所時代の先輩であり、友人だった。
「つーわけで伝達した通り、バグの捜査よろしくお願いします。さらに今決まった地域別のマップはそれぞれの端末に送っておきましたので、確認しといてください!じゃ!解散!」
解散と言われた後、それぞれ他の支部長陣をが会議室から出ていくのを目で追いながら、自分も立ち上がろうとすると、五条と目があった。
「お前、来た時からすげー機嫌悪くなーい?」
にっこりと笑みを作って告げる男の目は笑っていなかった。
これだからこの男は隅におけない。
僕の機嫌なんかわかるのはこの男ぐらいだ。
黙っていると五条はまた口を開く
「なんとなくだよ」
「読まないでくれますか?」
「だからなんとなくなんだって」
「で?何かこの作戦に不満でも?」
不満、不満ね。
この男は昔から、僕のよく分からない感情を僕よりも見つけ出すのがうまい。
指令が来た時、なによりも先に「各位」という文字に目がいったのはそのせいかと納得する。
いまだに「誰かの一番」を求めているなんて我ながら馬鹿馬鹿しい。
「ま、ご不満があってもこの監獄からは逃げられませんけどねー」
ギィギィと音を鳴らして椅子から立ち上がった五条はそのまま会議室を出て行った。
「監獄」
たしかにそれほどハウンドから抜け出すのは容易ではない。
老夫婦が亡くなってから、また施設に後戻りするのだけはごめんだと思った。ただそれだけだったが、まさか、今更こんなにも重い枷になるとは。
指定された地区は愛知県内で一番治安が悪く一番本部から離れた場所、
そこらの地域は、無法者達の巣窟だ。
基本的な建物はほとんど廃墟で、真っ当な人間は誰もいないような。
バグが発生する条件は、電気の通っていた場所。
そして、頻繁にクリーンアップが行われない場所。
人目につかず、報告が入らない場所。
地区の中心部にある一番でかい廃工場内、二階の壁をノックしていく。
トン、トン、トン、トン、トン、トン、トン
コンッ
「まあ、一階にあると思うよね、普通」
壁の四方に目を向けると、ネジが見える。別の壁にもあるようなので気にも留めなかったのだろう。
ネジを外して壁を開けると、階段があり、それは地下へ伸びている。
地下へ続く階段を降りていく。
ずいぶん階段は長く、この地下は深いようだ。
深く、深く、、、、
「どうしたら出られるだろう」
頭の中では任務と関係のない感情が渦巻いていた。
階段の中腹あたりにくると、地下に大規模な空間が見えた。
「!」
そして、その中心に位置するあたりに、言葉で例えるのであれば空間がめくれているような、壁も何もないのに、その場所の壁が割れているようなものを見つけた。
大きさは人一人分ぐらいの大きさしかないが普通のバグよりも遥かに大きいもので
さらにそのバグの輪郭は、じわじわと広がっているようだった。
「これは数年で大変なことになるだろうな」
スマホを開くと地下ということもあり電波が届かず圏外と表示されていたた。
地上にもどり、連絡して応援を呼ぶ間に一般人に入り口を見られるわけにはいかないため、外した入り口を付け直していると、数メートル先の廊下から、声が聞こえた。
「おい誰だてめえ!!!」
振り向くと、わかりやすくアウトローな見た目の男性数名が、様々な武器を持って立っていた。
「ここは俺たちのシマだ、てめえ、何勝手に...」
男が言い終わる前に、蹴り飛ばす。
話を聞き終わるのは手間だし、なにより、彼らは銃刀法違反だった。
蹴られた男は、数人の男たちを巻き込んで後ろに倒れ込む、それを唖然と見ていた連中も
「てめえ!!何しやがる!!」といって、武器を振りかぶった。
武器を使い慣れてない奴らは決まって分かりやすく隙をつくるのだ。
足元に数名の男達が昏倒している。
残りははじめに蹴り倒したリーダーと思しき男と、その両腕であろう二人。
リーダーと思しき男は「ひっひぃっ」と情けない声を上げて尻餅をついたままだ。
待つのも時間の無駄なので、彼らに向かって進んでいくと、右側にいる男が「うわあああ!!」と奇声を発して殴りかかってきたので、避けて、足を引っ掛け倒し、倒れたところを踏んで足の骨を折ると、また何か奇声を発して気絶した。
残る左側にいた男は、びびり、逃げようとするものの、リーダーと思しき男に「いけ!!!いけよ!!!」と背中をドン押されこちらに飛び出てきた。
「お、俺、俺はっ、俺は強い俺は!!俺はああ!!」
これでは、先に飛び出してきた下っ端達の方がまだましだっただろう。
綺麗にアッパーが決まって、男はそのまま倒れた。
残るは一人。尻餅をついている男を見下ろすと、彼は、自分の近くに倒れている男の体をゆすって、涙目で訴えていた。
「起きろ!!!起きろよ!!!!」
「役立たず!!!!!!」
「!」
..........そうか。
....................そうか。
そうだ。
これだ。
体が勝手に動いていた。
尻餅をついた男の口元あたりを掌で覆い、声を出せないようにし、スマホを取り出して、ハウンド本部の連絡先を押す。
コール中に、咳払いをして、息を全て吐き出して止める。
『はい、こちらハウンド本部』
そして、そのまま声を絞り出す。
「こちら、ハウンド0....!!緊急要請...たすけっ」
手元からスマホを落として、踏みつぶす。
目の前で、口元を押さえられている男は怯え切って何が起こっているのか分からない様子だ。いい、それでいい。そちらの方がロックが薄くなる。
「君の脳をぐちゃぐちゃにしてあげよう」
僕は端末からアバターを出した。
廃工場に叫び声がこだまする。
ハウンドの応援が来た時、倒れているのは僕の方だった。
左足の膝から下がない状態で。
目が覚めるとそこは病院だった。
近くで座っていた男が急いで医師を呼んでください!と慌ただしくしている。
近くにいた男は言い終わると、隣に座り直し、僕に目を合わせて、言った。
「何があった、ハウンド0」
僕はあたりを見回してから弱々しくつぶやいた。
「あなたは誰ですか?」
目の前にいた五条は、一度目を見開いてから、何かを考えるように目を逸らした。
その後、僕は廃工場を根城にしていたアウトローに左足切断され、さらにそのショックで記憶喪失になったと判断される。
あれから一年後、僕はハウンド本部の出入り口にいた。
僕の記憶は一年たった今も戻らず、左足も無くなったため、上層部が僕を「役立たず」と判断したとのことで、一般人に戻ることになったのだ。
振り返ると、五条がひらひらと手を振っている。
見送りは彼一人だった。
僕はなくなった足の方を見てから前を見直した。
この一年で松葉杖にはなれたものだ。
出口の管理人に、頭を下げその場を後にする。
ハウンドを去った男の背中を見送った五条は呆れた声で呟いた
「枷が外れないからって足切っていくやつがあるかね...はーあ、貴重な人材がー....」
足をなくして病院で目が覚めた輝信の目を見たときに五条は気がついた。
いやこいつの目、こうなる前と何も変わってねえじゃん。と。
実際のトリックはこうだ
輝信は、電話をかけ終えたあと、アバターの能力で、リーダーと思しき男の脳をいじり、「こいつは俺よりも弱い、足を狙うといい」と思い込ませ、自分の足を切断させた。
その後もう一度アバターの能力で、リーダーと思しき男の脳をいじり、何も喋る前に自殺させた。
あとは簡単だった。気絶したフリをして応援を待ち、治療後目を覚ました時、記憶喪失のフリをした、ただそれだけだ。
脚をなくしたのは誤算だったけれど、別にこれぐらいはたいしたことはない。
欲しいものが永遠に手に入らないよりは全然いい。
それに、実は歩けないフリをしていたが、リハビリ中にはめられた義足にはもう慣れている。
故に松葉杖はもはや必要ないのだが、先ほどから目線を感じるため、あと一年ぐらいは、この松葉杖と仲良くやらなくてはいけないらしい。
またそれから一年後、ようやく一年感じてきた目線を感じなくなった。ここからようやくスタートだ。
僕にしては珍しく感情が動いた。嬉しかったのか、期待なのか、それは僕にはわからない。けれども邪魔なものがなくなったのが清々しかったことは確かだ。
だから、浮き足だった感情のまま街へ出た。
何か、好きなものでも食べよう。これまで祝い事の意味をあまり理解できなかったがこういう時にするものなんだろう。
そう思いながら夜の街の路地裏を、歩いているとドンと、誰かとぶつかった。
「す、すみません!!」と慌てた様子のその子は夜の10時なのに中学の制服を着ていた。
不思議に思っていると、大通りの方から、「走ってくる中学生見ませんでしたか?!」という警察と思しき声が聞こえ、理解する。
肩に下げられたバッグは、教科書が入っているとは思えない膨れ方をしている。
この時間に、中学生が出歩いている。
警察から逃げている。
きっとこの子は.........であれば、うん、この子にするか。めでたい日に、出会えたのだからきっと運命というものだろう。
僕は彼女の腕を掴んで喋りかける。
「ねぇ君、家出少女でしょう?誘拐してあげようか」
「......え?」