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    mp_rursus

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    モブの死亡/死体描写があります。
    苦手な方は読まないで下さい。

    まぁ、オリ珠魅とか全員モブだけどな!!!!!!(正気)

    #おいでませ煌めきの都市

    交流09 「カラーチェンジ」の外へ出ると、陽はほとんど落ちていた。長居し過ぎた。アルコールでふやけた頭で記憶を辿る。自室の酒を枯らし、絵筆を握る手が震え始め、文字通り筆を投げて「カラーチェンジ」に転がり込んだのは日付が変わる直前だった。つまり昨夜から、夜通しどころか日中も店に居座っていたことになる。何て迷惑極まりない酔っぱらいだ。イリヤラサンデルは顔を覆って俯いた。
     室内の飲酒は時間感覚が狂っていけない。顔を上げて、改めて猛省し、帰路につく。
     煌めきの都市の回廊から覗く山脈の輪郭が、バイカラートルマリンにも似たコントラストの美しいビーナスベルトの空に溶けている。すれ違う同族の姿はなく、耳に届く音は屋内から時折こぼれてくる団欒だんらんの声と、都市を巡る柔らかな水の音だけだ。
     夜の気配を孕んだ風がアルコールで火照った頬を撫でて吹き抜けていく。視界の端をダスティピンクの毛先が踊り、目尻をくすぐった。イリヤラサンデルは乱れた髪を払いながら、ひとつ大きな欠伸あくびこぼす。視界が滲んだが、溢れるほどではない。
     回廊を彩る煌めきを宿した石が、かすかに漂う精霊の光を宿し、彩度を失っていく世界で万華鏡のようにさんざめく煌めく。その滲んだ視界の端に能動的な気配を捉えて、浮ついた思考を叱咤してイリヤラサンデルは足を止めた。
     人影だ。回廊の脇から伸びる支柱の死角に、誰かがいる。
     身体が強張る。冷水を浴びせられたように、頭から爪先まで回りきっていると思っていた酔いが一気に醒めた。
     理性では解っている。今は戦争も終わり、珠魅狩りも鳴りを潜め、平和な時代が訪れた。今いる場所も、安全な同族の都市だと解っている。それでも、珠魅としての本能が、経験が、警鐘を鳴らす。
     抱き上げた子供が、腕の中で爆ぜる感触を覚えている。腕を引き千切り、はだえを焼く爆風の熱よりも、痛みよりも、頬を伝う自分のものではない体液の生温かさを覚えている。ほんの数秒前までつたないながらも懸命に言葉を紡いでいた子供の焼け爛れた口許や、確かな温もりを宿していた小さな身体から零れ落ちた臓物の赤い色が、目蓋の裏側に焼き付いて離れない。無事だった子供たちがこれ以上の不安に襲われることのないよう言葉をかけながら、物言わぬ肉の塊に成り果てた子供の飛散した臓器を残った右腕で掻き集めた。その濡れた感触が、今も手のひらに残っている。
     狙われたのは、イリヤラサンデルだった。
     珠魅狩りが横行していた時代、身寄りのない子供を引き取って暮らしているはぐれ者の珠魅の存在は、彼らにとって格好の標的であったに違いない。ましてや、イリヤラサンデルは戦う力も、守る力も持たない姫だった。涙を流し、他者を癒すことしか出来ないただの姫だった。そして、その涙すら既に事切れ、魂の宿らない肉塊には何の役にも立たなかった。
     珠魅狩りの目的は、珠魅の居場所を炙り出す為だ。たったそれだけの目的の為に、マナ爆弾を仕込まれ家に帰って来た子供は、イリヤラサンデルが抱き上げた瞬間、その短い生涯を終えることとなった。

     私と暮らしていなければ、あの子は死ななかった。
     私と出逢わなければ、あの子は生きていた。
     私が珠魅でなければ、あの子は巻き込まれなかった。
     私が、あの子を殺した。

     酒で薄めて沈めた自責の念が吐き気と共に込み上げる。その一切を飲み下しながら、人影の様子を探った。相手はまだ、イリヤラサンデルの存在に気が付いていないようだ。
     真鍮しんちゅうの杖を握り直し、先端に取り付けたセイレーンのランプに宿る精霊の様子を覗う。今日のランプはウィルオウィスプだ。相性は良くも悪くもない。だが、周囲は既に陽が殆ど落ちている。目眩ましくらいにはなる筈だ。あとは相手が怯んだ隙に杖で殴る。出来れば下顎を突き上げて、脳震盪のうしんとうを狙いたい。
     一連の動作を頭の中で三度 反芻はんすうしてから、人影に向かって足速に歩き出す。距離を詰めると、流石に相手もイリヤラサンデルの存在に気が付いた。ブルネットの三つ編みに、羽根飾りを着けた若い男だ。露出度は低く、視界の悪さも相俟って胸元の核石は確認出来ず、同族であるか判断は困難だ。

    「えっ?うわっ、何」

     急に目の前に現れたイリヤラサンデルに驚いた男が、懐に手を差し入れる所作を見せた。武器を出されたら分が悪い。
     だが、既に前のめりに腰を落として低い体勢を取っていたイリヤラサンデルは、ランプに宿る精霊に合図を送っていた。閃光が迸り、周囲が一瞬、真昼の明るさを取り戻す。狙い通り、怯んだ男の手から小さな笛が滑り落ちた。案の定、精霊の力を宿した魔法楽器だ。その隙を見逃さず、シミュレーション通り下顎目掛けて杖を突き出す——ことを慌てて中断する。

    「……君は、ご同輩か」

     楽器を取り出す為に懐に手を差し入れた際、乱れたらしい襟元から大きな石が覗いてた。珠魅の年齢は外見からは断定出来ないが、他種族で言うところの十代後半ほどの、男性型の同族のようだ。彼の背負った背負子しょいこからは、統一感のない有象無象が飛び出ている。錐体が役目を放棄しつつある今、石の色はよく判らない。不透明の、恐らくは青だか緑の石に、網目状の文様が浮かんでいる。核石はクリソコラか、カッライスか、ルナズル辺りだ。クォンタムクアトロシリカという線も捨て難い。

    「いっ、いいいいきなり何するんですかっ」
    「ごめんごめん!私の早とちりベリーソーリーでした!怪我とかない?」

     青年の落とした楽器を拾い上げて手渡しながら謝罪する。彼は胡乱な眼差しをイリヤラサンデルに向けながら、渋々といった様子で差し出された楽器を受け取った。

    「いやぁ、ほんとごめんネー。人気ひとけが全然なかったから、不届き者が侵入してきちゃっかなぁ〜、って思っちゃいましてぇ」
    「……確かにこの都市に定住はしてませんけど、何度も出入りはさせて貰ってます。疑うならクォーツさんに確認して下さい。確かにちょっとしたお遣いにこんなに時間がかかるとは思ってませんでしたけど」

     肩を落として、悲嘆混じりに青年は零す。

    「いや、それはダイジョーブ。クォーツちゃんと君が一緒にいるとこ、何度か見かけたことあるよ」

     図書館を重な拠点とし、都市運営の雑用を一身に引き受ける水晶の珠魅の存在を思い出しながらイリヤラサンデルは言った。

    「というか……」

     改めて、イリヤラサンデルは男が背負い込んだ背負子を眺め遣る。先ほども思ったが、荷物が溢れている。

    「お遣い、まだ終わらないの」
    「あ。いや、これは……届け物をした先々で持たされたお土産というか」
    「ああ、なるほどね。お駄賃だ。じゃあ、もう終わったんだ。これから帰るの?夜道は危ないですよ〜。クォーツちゃんに言って泊まるとこ融通して貰えば?」

     くだんの珠魅は先程、「カラーチェンジ」のカウンターで潰れていたので居場所は分かっている。マスターであるダイアスポアの珠魅の遊び心の犠牲になり、暫くは身動きが取れそうにないほど疲弊していたが、ワーカーホリック気味のあの子のことだ。何か仕事を与えた方が、使命感で息を吹き返すかも知れない。

    「それは事務員さんに申し訳ないです。このまま帰れます、夜道も慣れてますんで」

     こう見えて騎士だし、ちゃんと戦えますから。イリヤラサンデルを安心させるように、人懐っこい笑みを浮かべて青年は言った。その笑顔が懐かしい誰かに重なり、気が付けば杖の先端のランプに手が伸びていた。

    「じゃあ、これ持ってって少年」

     杖から取り外したセイレーンのランプを、青年に差し出す。

    「いや、そういうわけには」
    「これ以上荷物増やしちゃって悪いなぁ、とは思うんですけど、やっぱ夜道は危ない、ってことで」

     元々の届け物も相当な量があり、軽装で都市を訪れたようだ。見たところ、夜道を歩く為の装備は持ち合わせていない。

    「さっきびっくりさせちゃいましたしね。そのお詫びだとでも思って下さい」

     いつまでもランプを受け取ろうとしない青年に、そう言って念を押す。彼は諦めたのか、困ったように眉毛を寄せながら、それでもランプを受け取ってくれた。

    「お借りするだけでしたら」
    「返さなくていいですよー、別に。他にもいっぱい持ってるし、またリュミヌーちゃんの新作買う口実にもなるし」
    「そういうわけにはいかないですって……えっと、俺はトワルです」

     青年――トワルが、唐突に、今更のように名乗った。その意図に気が付かないほど社交性を手放してはいないイリヤラサンデルは、軽くなった杖を肩に引っ掛けて頬を掻く。譲歩させたのだから、歩み寄らないわけにはいかない。
     今度はイリヤラサンデルが諦めて、彼に自己紹介をする番だった。
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