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    ストリートミュージシャン聖川さんと会社員一ノ瀬さんの話4

    ストリートミュージシャン聖川さんと会社員一ノ瀬さんの話4真斗……貴方は私のお星様。
    離れていても私をいつも見守ってくれている。
    愛しい愛しい、お星様。

    年も明け、CDを完成させた真斗はそれを持って路上演奏に向かうようになった。馴染みの人だけでなく初めて真斗の歌を聴いた人が購入していく機会も多く、真斗はそのたびに嬉しいような照れ臭いような感覚で丁寧にお辞儀をした。トキヤが録画してくれた動画を編集して動画サイトにあげた効果もあり、真斗の知名度は少しずつ上がっていき、動画サイトをきっかけに真斗の音楽を聴きに来たという人もいるほどになっていた。
    トキヤがいなければ自分はきっとここまでできなかった。それ以前に音楽すらできていなかっただろう。トキヤに少しでもお礼がしたい。そのために真斗は今まで以上に家事に曲作りにと力を入れた。
    真冬に外での演奏はいつの年も全身に堪える。素手の状態で長時間ピアノを弾き続けることは何度繰り返してもいまだに慣れない。早く帰ろうと真斗は急ぎ足でトキヤの家に向かった。最初は恐る恐るだったが今では慣れた手付きでマンションのオートロックを開け、エレベーターに乗る。部屋の鍵も開けてその扉を開いた真斗はいつもと違う様子に動きが止まった。いつもならリビングに繋がる扉から光が漏れているのに今日は真っ暗だ。
    「ただいま……?」
    返ってこないとは分かっていてもいつも通り挨拶をする。リビングから「おかえりなさい」と言いながらやってくるトキヤは当たり前だがいない。
    (仕事で遅くなっているのか……?)
    今日は金曜日。週の終わりだから片付ける仕事が多くて遅くなっているのかもしれない。
    そう思いながら真斗は電気を点け、いつもの場所に電子ピアノを置いて手洗いとうがいを済ませるとソファに座った。ちらりと覗いた冷蔵庫には真斗が夕方に作った料理がそのまま手を付けられた様子もなく寂しそうに置かれたままだった。
    長い時間ソファに座っていた気がする。トキヤが昨日読んでいたローテーブルに置かれた本を読みながら静かな部屋の中で真斗は一人でトキヤの帰りを待った。真斗が帰宅してから二時間近く経ち、真斗のお腹が小さな音を立て始める。
    「トキヤが帰るまで待っていてくれ」
    そっと自分の腹を嗜めるように撫でたのとほぼ同時だった。ガチャンと玄関の鍵が開く音がしたので真斗は反射的に立ち上がり音のした方へと急いだ。
    「トキヤ……おかえり」
    玄関で靴を脱ぐスーツ姿のトキヤに真斗は声をかけた。朝は見送るので見慣れているその姿も、夜はトキヤが先に帰っているので真斗を迎えるトキヤの姿は部屋着なことが多く、夜に見ることは滅多にないので真斗は新鮮な気がした。
    「真斗……」
    「疲れているだろう?荷物を持っていこう」
    真斗がトキヤが玄関に置いた鞄を持とうと手を伸ばした瞬間、真斗は時間が止まったような感覚になった。
    顔のすぐ横にはトキヤの顔、全身がトキヤの体に触れて真斗の背中にはトキヤの手が回されている。何が起こっているのか分からなかった真斗だったがようやく理解した。
    今、トキヤに抱きしめられている。
    「あ……と、トキ……」
    「真斗、ただいま」
    抱きしめる腕はどんどんときつくなっていく。こんなことをトキヤにされたのは初めてで、トキヤに想いを寄せている真斗は顔を真っ赤にして息をすることもやっとだった。
    「あ、う……あ……」
    「真斗?」
    真斗の様子がおかしいことに気付いたトキヤが抱きしめる力を緩めると同時に真斗は支えをなくして床に座り込んだ。
    「ま、真斗?すみません!苦しかったですか!?」
    「あ……ち、ちが……ふ……」
    緊張と嬉しさと恥ずかしさで上手く話せない真斗が落ち着くまでトキヤは傍で真斗の背中を撫でていたが、それにより落ち着く時間が余計にかかることなど真斗は絶対に言えなかった。
    「すまない……疲れているだろうに迷惑を……」
    「いえ、私こそ驚かせてしまい……」
    ようやく落ち着いた真斗はトキヤに支えられながら立ち上がり、一緒にリビングへ向かった。そのままトキヤはスーツを脱ぎに寝室へ、真斗は夕飯の準備のためにキッチンへと入っていく。冷たくなった味噌汁を温めながら冷蔵庫に入れておいたサラダと焼き魚を取り出して焼き魚はレンジで温める。その間に箸や湯呑みを並べてていると寝室からトキヤが出てきた。
    「すみません、手伝いますね」
    部屋着に眼鏡のいつもの家にいる姿でキッチンまでやってくると温まって小さな音を立て始めた味噌汁を椀によそう。二人でやるとそのスピードは全然違いあっという間に料理が並んだ食卓に二人は向かい合って座った。先に食べておいてくれて良かったのにとトキヤは言ったが真斗は「トキヤと食べるのが一番楽しいから待ちたかった」と答えた。嬉しそうに微笑むトキヤは今日もいつもと同じように路上演奏はどうだったかと尋ね、いつもの夕飯の会話が始まった。
    いつもと違う違和感に気付いたのは食後、一緒に洗い物をしている時だった。並んでキッチンに立つと先程は料理の香りで気付かなかったがトキヤから甘い香りがすることに気付いた。
    「トキヤ、今日はいつもと香水を変えたのか?」
    尋ねながらも真斗はトキヤがこのような香りを好むと思っていなかったので否定されることは予想していた。そして案の定「いいえ」と返事が来る。
    「多分会社の方の、ですね。上司のお気に入りの人なので皆強く言えないんですが正直きついくらい甘い香水を付ける人がいるんでその方のものでしょう」
    話を聞くと今日その人のミスで仕事が山のように増え、偶然居合わせた自分が上司に指名され付き合わされた巻き込まれの残業だったとトキヤは言う。その声はいつもマイナスな感情が見えない彼には珍しく疲れや苛立ちが混じっていた。
    「大変だな……」
    「まぁそれも仕事のうちですよ。上司のご機嫌取りも、上司のお気に入りの女性のご機嫌取りも」
    すべての皿を洗い終え、蛇口を締めるとトキヤは先程とは違う明るいいつもの声で「先にお風呂いただきますね」とキッチンから出ていった。残された真斗はシンクを軽く拭きながら考える。
    (考えたことがなかったが……トキヤは恋人はいるんだろうか)
    トキヤは会社のことや自分のことを話すことはないので真斗は一緒に住んでいながらもトキヤのことをほとんど知らない。だからこそ今日聞いた話で女性の話が出てきた時にふと思った。晩婚も多い今と時代は違えど自分が産まれた時に父は二十八だったと言っていたことを真斗は思い出し、トキヤの年齢なら恋人、そして結婚を約束した相手がいてもおかしくない……そう考え出すと止まらなくなっていた。
    (いや、憶測だ。やめよう)
    知らないことを想像で思い込んで自分の気持ちを下げることなど良くない。真斗はそう思いながら寝室に入り、風呂の準備をしてリビングに戻ろうとしたが目に入ったのはいつもトキヤが寝ているベッド。最初の数日、自分の布団が届くまでトキヤと一緒に寝ていたそこに真斗は吸い込まれるようにふらふらと寄っていくと、床に座り込んでベッドに顔を凭れさせた。
    トキヤの香りがする。甘いあの香りじゃないいつものトキヤの香り……。
    真斗は手に持っていた着替えを離してトキヤの香りがするシーツを手繰り寄せる。安心するいつものトキヤの香りを目一杯吸い込むと恍惚の吐息が漏れる。何をやっているんだともう一人の自分が呆れているが止めることもできなかい。トキヤがリビングの扉を開ける音でやっとベッドから離れ、軽くシーツを整えて何事もなかったかのように着替えを抱えて真斗はそのまま風呂場へ向かった。

    「真斗、いらっしゃい」
    風呂上がり、真斗は髪を乾かしてトキヤに教えてもらった肌の手入れを終えていつも通り布団を敷こうとするとトキヤに呼ばれた。トキヤはベッドの上にすでに寝転んでおりそこから手招きしている。何か用事だろうかと首を傾げながらも真斗はベッドの方へ行く。するとトキヤは突然起き上がって近付いてきた真斗を思いきり抱きしめて布団の中に連れ込んだ。驚いてぽかんとしている真斗の頭を撫でながらトキヤは言った。
    「今日は私と一緒に寝てください。ね?真斗」
    「な……」
    「私と寝るのは嫌ですか?」
    トキヤは分かっている。真斗が嫌と言わないことを。そして真斗も分かっている。自分が嫌と言わないことを見越してわざと彼が聞いてきていることを。
    「……嫌ではない」
    「では決まりですね」
    トキヤは電気を消すと真斗を抱えたまま話し始めた。
    「疲れて帰ってきても家族の顔を見るとその疲れが吹き飛ぶ。そんなことはフィクションのもの、有り得ない感情だと私は思っていました。しかし……」
    暗くてトキヤの動きは真斗には見えないが頬を撫でられた。トキヤの滑なかな手指が真斗の頬をなぞっている。
    「それは本当だったんですね。真斗の顔を見た瞬間に疲れが吹き飛んで真斗を抱きしめて沢山真斗を感じたい、そんな想いで一杯になりました」
    帰る家があって、向かえてくれる人がいる。その温かさは真斗がトキヤに出会ってから毎日味わっていることだった。路上演奏でうまくいかない日、落ち込んでいる暇もなく、でもどうしようもない時は一人で膝を抱えて泣いていたこともあった。しかし今は違う。
    「俺は帰ってくるといつもトキヤに迎えてもらえていた。トキヤの顔を見ると安心できる。だから俺もトキヤにとってそんな存在になれていれば嬉しい」
    「もう十分すぎるほどですよ」
    ようやく暗闇に慣れてきた真斗の目に映ったのは目の前で優しく微笑むトキヤの顔。
    「愛しています、真斗。私の大切な真斗。おやすみなさい」
    トキヤはそう言うと目を閉じた。長い時間の残業に加えて同僚たちのご機嫌取り、心身の疲れはいつも以上だったのだろう、そのまま静かな寝息が聞こえ始めた。そんなトキヤとは逆に真斗は目が冴えていた。
    愛しています。トキヤが自分に向けて言った言葉にどくんどくんと高鳴っていく心。目の前にあるトキヤの美しい顔。宝石のような瞳は長い睫毛で蓋をされ、筋の美しい鼻から更に目線を下げると小さな口がある。少し隙間の開いたそこから微かに漏れる息が真斗の顔を更に熱くさせる。
    (トキヤ……好きだ。愛している……お前とは違う意味で)
    真斗はそのままトキヤの唇にそっと口付けた。いつも手入れされたそれは自分のものよりも柔らかくて、気持ちいい。静かに唇を離すとすっかり深く眠ってしまったトキヤが起きる様子は無く真斗は安心し、そして同時にとてつもない罪悪感に苛まれた。
    片想いの相手の寝込みを襲ったも同然のその行動にトキヤの方を向いて寝ることもできず、くるりと体を外に向けて目を閉じた。
    (俺は、最低だ……)
    そう思いながらも浮かぶのは先程目の前にあったトキヤの顔、そして触れた唇。真斗は振り払うように強く目を閉じ、唇を噛み締めた。

    まだ早朝、冬のため外はまだ真っ暗だった。真斗は洗濯物を洗濯機の中に入れてスイッチを入れる。その後キッチンへ向かい冷蔵庫の中を見て朝食のメニューを決めると調理に取りかかった。いつもはもう少し遅い時間にするそれらのルーティンも今日は一段と早い時間にこなしていく。真斗は昨夜の罪悪感でろくに眠れず、結局寝ることを諦めて早朝から動き出してしまった。
    完成した朝食を冷蔵庫にしまうと同時に洗濯機が洗い終わったことを知らせる音をさせた。真斗が洗濯機から洗いたての衣服を取り出し籠に入れたそれを持ってベランダに出ると朝日が僅かに顔を覗かせており、その美しさに真斗は景色を見渡した。まだ目覚めていない朝の町を染める朝焼けは澄んだ冷たい空気も相まって美しさが何倍にも感じられる。はぁと息を吐くと白くなる、それも冬の醍醐味だ。しかし部屋着で長時間いることは体に染みるため早く干してしまおうと真斗は急いで洗濯を干した。
    朝のルーティンを終えると真斗は急いで着替えて朝食も食べずにそのまま電子ピアノを背負って家を出た。今日はトキヤの休日で長い時間を一緒に過ごせる数少ない日。しかし今日はそれに耐えられる気がしなかった。それもすべて昨夜自分がしたことのせい。オートロックの自動ドアを抜け、まだ人の少ない朝の町を真斗は駆け抜けた。向かったのはトキヤと出会った川辺の橋の下、そこに辿り着き、草の上に座ると真斗はうたを歌った。お星様はいつもそばにいる。キラキラ輝いて見守ってくれる。優しい光で包んでくれる。
    「トキヤ……」
    気付くと真斗にとってトキヤは歌の中のお星様のような存在になっていた。お星様にキスをしてしまった……お星様は望んでいないのに。
    真斗は膝を抱えて目を閉じ、いつも演奏に行く時間までその場所を動かずにいた。そんな真斗の胸元では朝日を受けたペンダントがキラキラとしかしどこか寂しげに輝いていた。

    今日の演奏を終えた真斗の足取りは重い。今日は全然上手く歌えなかった。聴衆は褒めてくれたが自分自身が一番よく分かっている。そして真斗は歩きながらある決断をした。
    それはトキヤにきちんとお礼を言って家を出ること。
    最初からこのままずっと居候するつもりではなかったがこのままではきっとトキヤに甘え続けてしまう、そして、自分の想いがいつか止められなくなってトキヤに迷惑をかけてしまう。真斗はマンションの前で深呼吸をしてオートロックの扉を開き、トキヤの家へと向かった。

    扉を開くといつも通りトキヤは真斗を迎えた。「おかえりなさい」と言ってリビングへの扉を開いてそこで微笑んで立っていた。
    会釈だけして何も言わずに入っていく真斗。トキヤの横を通ろうとするとトキヤは腕を上げてその道を塞いだ。真斗がトキヤを見るとトキヤは微笑んで言う。
    「真斗、ただいまは?」
    「……ただいま」
    「よろしい」
    トキヤは満足げに笑うと腕を下ろし真斗の背中を押すとソファに座るよう促した。トキヤが座ると真斗は電子ピアノをソファの横に置いてトキヤの隣に座った。
    「今日は朝から用事でもあったんですか?」
    そう聞かれることは真斗も覚悟していた。首を傾げて尋ねるトキヤのその姿が目に映り、先程決めたばかりの決心が揺らぐ。礼だけを言う、そう決めていたのに溢れる想いが止まらない。真斗はトキヤの方を向いて思いきり頭を下げた。
    「トキヤ、今から俺の言うことに不快感を抱いたら容赦なくひっぱたいてくれ!」
    真斗はそう言い、今度は勢いよく頭を上げてトキヤの手を両手を握った。目の前には愛しいトキヤの顔。自分の顔が熱くて真っ赤に染まっている気がした。
    「俺は、トキヤが好きだ。兄とか、家族ではない。これは恋愛感情だ……トキヤを愛している」
    ついに言ってしまった。真斗は正直恥ずかしくて今すぐ隠れてしまいたい、そんな気持ちだったが同時にトキヤの反応が気になり彼から目を離せないでいた。トキヤの表情は変わらない。何も言わずにじっと真斗を見ている。
    「こんな気持ちを抱いている人間と住むことも不快だろうと思う。散々世話になっておいて勝手だが俺はここを」
    出ていこうと思う。その真斗の言葉が音になることはなかった。真斗の唇がトキヤのそれに塞がれたからだ。
    どれくらいの時間が経ったのか分からない。秒針の動く音が静かな部屋の中に響く。
    やっと離れたトキヤの唇。呆然とする真斗とは逆にトキヤは唇の端を上げて舌舐りをする。その瞳は挑発的で、しかし愛しさを孕んでおり真斗は動けなかった。
    「ふふ、昨日の仕返しです」
    昨日の、そう言われて真斗はぎくりとした。知られていたのか……気まずさに顔を逸らしたいのに目を離せないトキヤの姿。動けない真斗の手を引いてトキヤは真斗を抱き寄せた。
    「すみません、真斗。少し昔話を聞いてくれませんか?」
    トキヤに言われた真斗は「ああ」と短く返事をする。するとトキヤは真斗を抱きしめたまま話し始めた。昔々、ある日の出来事を。

    それはトキヤの中学最後の年。一足早く受験を終え進学先も決まっていたトキヤは、他のクラスメイトは受験で志望校へ試験を受けに行く日は休みだった。連日の休みにこっそりと遠出をし、知らない土地の中で羽を伸ばしていた。修学旅行定番の地ではあったが、その時は来れなかった場所を歩き、歴史に触れ、ひとり旅を楽しんでいた。
    たくさん歩き疲れて休もうと訪れた広めの公園には母親と子どもをはじめとした家族連れが沢山いた。子どもたちは皆で走り回ってはしゃいでおり、元気なその姿にトキヤはベンチに腰掛けて微笑ましくその姿を眺めていた。しかしそんな子どもたちの姿は自分が今ここにいる理由を思い出す引き金にもなった。親とうまくコミュニケーションが取れなかったトキヤは逃げるように地元から離れた都内の私立高校に進学を決め、そして今もそんな現実から逃げるために気晴らしにここにいる。
    お母さん!無邪気にそう言う子どもの声にトキヤは静かに涙を流した。自分がお父さん、お母さんとあの人たちを最後に呼んだのはいつだったか……思い出せない。
    (もう、忘れようと決めたのに……)
    「おにいさん」
    涙を拭おうとした時、トキヤは突然一人の男の子に声をかけられた。さらさらの切り揃えられた髪にくりくりとした瞳とその下にある泣きぼくろ。ランドセルを背負う姿から近くの小学生だろう。「かなしいことがあったの?」そう尋ねながら首を傾げる姿は小学生らしく純粋で、トキヤは頷いて涙を拭った。
    「おにいさん、真斗のおうた聞いて!真斗のおうたでげんきをあげる!」
    少年は自分のことを真斗と言った。真斗はトキヤの隣に座ると歌い出す。星のことを歌ったそれはよく知られる有名な歌でトキヤも小学生の頃に歌ったことがあった。真斗の歌声はとても上手い、そういうわけではなかったが真斗の想いが伝わってくる、まるで真斗が泣かないでと自分の頭を撫でてくれているような感覚になる不思議な歌声だった。
    真斗が歌い終わり、トキヤは拍手をした。その顔は自然に笑顔を浮かべており、涙はいつの間にか消えていた。
    「おにいさん、こんどはいっしょに歌おう」
    真斗が言い、トキヤは頷いて一緒に歌う。この曲を歌ったのはいつぶりだろう……。歌った頃は何も感じなかった曲が今では特別に感じるのはなんとも不思議だ。
    「おにいさんと歌うの楽しい!」
    「私も、とても楽しいです」
    トキヤはそう答えて真斗の頭を撫でた。さらさらの髪は触り心地もよく、いつまでも触れていたい気持ちにさせられる。そしてトキヤは自分の感じた想いを真斗に伝えた。
    「あなたの歌は温かくて優しくて、包み込んで守ってくれる。きっとたくさんの人を幸せにできますよ」
    「たくさんのひとを?できるかな?」
    「ええ、できます」
    トキヤにそう言われたことが嬉しかったのか真斗はにこりと笑った。やがて夕焼けに空が染まっていき、真斗は帰っていた。トキヤは真斗を見送ると自分も立ち上がり、歩き出す。自分も前に進もう。いつも星が見守っている。
    (まさと……あの子の歌が私を見守ってくれる)
    離れていてもきっと……。
    トキヤはその日から真斗のことを忘れる日はなかった。高校でも大学でも就職してからもいつも真斗のことを思い出し、いつか再会できるそんな奇跡が起きることを信じていた。
    するとその瞬間は日常の中で訪れた。
    興味もない会社の飲み会の席で疲弊した帰り道、明日の休日に何をしようかと考えながら自販機に小銭を入れようとするとらしくなく落としてしまった。少し酔っているのか……そんな自分に呆れながら小銭を拾おうとすると突然猫がやってきてその小銭を奪い走っていった。気にするような額ではないが猫が飲み込んでは大変だと思いトキヤは猫を追いかけた。川辺の斜面を駆けていく猫に続いてゆっくりと歩いていくとふと歌声が聞こえた。
    (この曲は)
    それはトキヤのよく知っているあの曲、まさとが歌ってくれた曲。橋の方から聞こえたそれに導かれてトキヤは近付いていった。曲が止み、そして見えたのは一人の青年の姿。
    (似ている……)
    切り揃えたあの子と同じ色の髪、成長しているからあの頃の丸みはないが瞳の下にある一つの泣きぼくろ。記憶の中の彼が成長したらきっとこの青年のようになるんだろう。そんなことを考えながらトキヤは訳ありそうな彼の話を聞き、名前を尋ねて驚いた。
    「真斗……です」

    「私は最初からあの日の少年、まさとに会えた……再会できたあなたを離したくないから家に誘いました。邪な想いを抱いていたのは私の方なんです」
    トキヤは真斗を離すまいときつく抱きしめた。
    「なんと言われても、思われても構いません。私はあの出会った日から真斗、あなたが好きでした」
    真斗はトキヤの話を聞いて驚いた。それはトキヤの行動に対してではない。自分が歌いたいと思う夢をくれた人がトキヤだったことに驚き、そして嬉しさもあり、今まで行き場がなかった両手をトキヤの背に回した。
    「トキヤ、あの人はお前だったのか……」
    真斗はトキヤの肩に顔を埋めて微笑んだ。
    「俺はあの人に、トキヤに言われた言葉が嬉しくて音楽をやりたいと思ったんだ」
    ありがとう、トキヤ。そう言った真斗にトキヤは頬擦りし、そして口付ける。
    「真斗、弟ができたと思えて嬉しかった気持ちも勿論ありました。しかし……愛しいあなたに再会でき、一緒にいれることが一番嬉しかった」
    真斗は頷いてトキヤの言葉を聞いた。真斗をずっと好きだったこと、そして真斗が同じ気持ちになってくれたことが嬉しいこと。自分のことを滅多に話さないトキヤの気持ちをたくさん聞けることが真斗は嬉しかった。
    「愛しています、真斗。私とずっと一緒にいてください。あなたが歌で私を守ってくれるなら私はすべてをかけてあなたを守ります」
    「俺も、トキヤとずっと一緒にいたい。離したくない」
    何度も唇を重ねるうちにその想いを止めることはできなくなっていく。まるで一つに溶け合うように二人は互いの体を密着させ、決して離れずにその夜を過ごした。
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