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    ストリートミュージシャン聖川さんと会社員一ノ瀬さんの話 エピローグ

    ストリートミュージシャン聖川さんと会社員一ノ瀬さんの話 エピローグ忙しなく年月は経っていき、七年後のこと。仕事を終えたトキヤは上機嫌で駅前を歩いていた。いつもなら疲れている耳には煩わしいとすら思う駅前のデジタル広告の音楽だがそれが愛しい恋人の歌ならば話は別だ。その声を聞いたことでトキヤは早く帰りたい想いが疲れに勝り、早足で自宅へ向かった。
    部屋の扉を開き寝室へ直行すると鞄を置いてそのままスーツとスラックスを脱ぎ、ネクタイを外すとハンガーへかける。部屋着へ着替えて靴下とワイシャツは洗濯かごに放り込み、コンタクトを外して眼鏡をかけると準備は完了、リビングのソファへ腰かけるとテレビの電源をつけて時間を確認したトキヤはふぅと安心して息を吐くとソファにもたれた。
    数年前まではテレビはずっと部屋に生活感を出すためだけに置かれたインテリアだったが今は本来の役目を果たしている。
    時計が八時を差したと同時に始まったのはバラエティ番組。司会が挨拶をし、今週のゲストを順に紹介していく。
    「聖川真斗です。本日はよろしくお願いいたします」
    順番が回ってきて挨拶するのはトキヤの恋人。最初は路上演奏をしてなんとか生活をしていたその人はある時決心をして一歩を踏み出した。
    それは事務所所属オーディションを受けること。
    しかしオーディション合格までの道のりは簡単ではなかった。
    トキヤが事務所の情報を調べ、本人はオーディションのための曲作りをしながら今まで通り路上演奏をしながらオーディションを受け、そして不合格の通知を受け取る。そんな日々が続いた。
    そしてやっと合格したのは音楽に詳しくない人も耳にしたことはある大手事務所。
    やはり大手は流石です。きちんとあなたの才能を分かっていますね。合格の知らせを聞いたトキヤは自慢気にそう言い、青年は苦笑いを浮かべた。
    事務所の中でレッスン環境も整い、プロの指導を受けた真斗の才能は本人の努力もあり徐々に花開かせていき、やがて人気のシンガーソングライターとして活躍していくようになった。
    早朝家を出て帰宅するのが深夜になる、そんな日も多くなり以前のような自分のペースで過ごせる毎日や恋人であるトキヤと一緒にいれる時間は少なくなってしまったが夢だったことをできている生活、見守る生活に互いにつらい気持ちはなかった。
    最初はぎこちなかったトークも何度も経験するうちに上達していき、緊張しながら祈る気持ちでテレビ前で見守っていたトキヤも今では安心してその様子を見ることができるほどになっている。トキヤがテレビを見ていると玄関から鍵を開く音がした。
    「ただいま、トキヤ」
    「おかえりなさい、真斗」
    リビングへ入ってきたのはトキヤの恋人、真斗だった。荷物を置いた真斗をトキヤは手招きして自分の隣に座らせると真斗へ向けていた顔をテレビの方へ戻した。
    「また見ていたのか……これは再放送のものではないか」
    真斗は溜め息を吐いて隣に座るテレビに夢中のトキヤにもたれかかった。テレビの中の自分へ向けられた視線だが真斗はその様子が面白くはなかった。
    隣に本人がいるにも関わらず、愛しい人は自分ではないものに目を向けている。
    (これが嫉妬というやつか……)
    真斗はそう思いながらトキヤと一緒に大人しくテレビを見ていたが、やがてあまりにも楽しそうにテレビを見るトキヤに我慢していたものがプツリと切れてトキヤをソファに押し倒した。
    「トキヤ、俺では不満なのか?」
    「真斗……」
    眼鏡の奥のトキヤの瞳は驚きの色で一杯だった。それもそうだろうと真斗は思う。今までこういうことをするのはトキヤの側だったから。
    「トキヤも知っているだろう?俺は嫉妬深いと。テレビの中の自分だろうとトキヤを取られてしまうのは……妬けてしまう」
    不満げに言う真斗を見たトキヤはやがて頬緩め、押し倒されたまま真斗の頬に両手を添えてそのまま真斗の顔を自分の目の前へと持ってくる。
    「そうでしたね。私と真斗は似た者同士でした」
    トキヤは噛みつくように真斗に口付け、真斗は目を閉じてそれに応える。長い時間角度を変えて何度も交わした後、真斗は言った。
    「トキヤ、ただいま」
    「おかえりなさい、真斗」
    その言葉に満足した真斗はトキヤの頬にただいまのキスをした。
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