🌟が記憶喪失 その3「またソファーで寝ていただろう」
「…え」
いつものようにソファーで眼を閉じて時が経つのを待っていたはずなのに、いつの間にかベッドに横になっていた。それだけではなく、ベッドの側に腕を組んで怒りを露にしている彼がいた。
「眠れなくても良い、目を閉じているだけでもいいからベッドに入ってくれ」
そう言って怒りを納めた彼もベッドに入って来て僕の背中に腕を回して、ぽんぽんと優しく叩く。まるで小さい子をあやすように。
あぁ、これは、夢だ。
過去に実際にあった出来事を脳が勝手に再生しているものだ。
だって彼は僕だけを忘れているんだ。僕だけを忘れてもう半年も経っている。僕だけを忘れている以外の支障はないからもう思い出そうともしていないだろう。
「類?」
「っ!!」
何の反応も返さない僕を不思議に思ったのか顔を覗き込んで名前を呼ぶ。何も特別なことなどない行動なのに、僕の涙腺が壊れたのか涙が溢れてきた。
現実の今の彼は僕を名前で呼びはしない。僕の「天馬くん」という呼び方に合わせて「神代」と呼ぶからだ。だから夢とは言え久しぶりなんだ、君に名前で呼ばれるのは。
「類?どうした?どこか痛むのか?」
心配してくれる君に首を振って否定する。
これは夢。夢なんだ。夢だから。夢くらい、君の名前を呼んでいいかな?
「…っ、かさくっ…」
「類?」
「つか、さ、くん」
「ああ」
「つかさくん、司くん」
「怖い夢でも見たのか?」
オレがいるから大丈夫だと抱きしめられる。
夢だから、これが夢だから、抱きしめ返しても誰も責めないよね?
腕を彼に向けて伸ばそうとした瞬間、目の前にいたのに彼がいなくなっていて、抱きしめてくれていた温もりも最初からなかったかのように無くなっていて、言葉に出来ないほどの寂しさに襲われる。
ねぇ司くん、夢を、怖い夢を見ているんだ。
大丈夫だって、言ってよ。
オレがいるって、抱きしめてよ。
僕、そろそろ、限界なんだよ。
天馬くんを見て、彼は悪くないのに、思い出してほしいって伝えられない僕が悪いのに、どうして思い出してくれないんだって、責めようとしている自分がいるんだ。彼は何も悪くないのに。
「神代!!」
「……つかさくん?」
大声で呼ばれたと思って目を開けると、夢に出ていた人がいたから、夢の続きだと、頭が誤解したから彼の名前を呼んでしまった。今までずっと我慢していたのに、それがきっかけになってしまった。
「どうして」
「……えっ」
突然の名前呼びに驚いていて彼の反応は鈍かった。
僕は何故かフェニックスワンダーランドの更衣室に備え付けられているベンチに横になっていたみたいで、ゆっくりと身を起こして、僕の正面に立っている彼を見上げた。
「どうして僕のことだけ忘れたの?忘れられて僕が平気だと思っているのかい?」
「お、落ち着け」
「どうして思い出そうとしてくれないの?」
「っ!」
彼が息を飲んだ。
やっぱり、僕のことを思い出そうとしなかったんだろう。それはつまり。
「僕のこと嫌いになったんだね」
「違う!!!!」
「っ!」
思わぬ力強い否定に今度は僕が息を飲んだ。
「それは絶対にない!絶対に違う!!」
床に両膝をついてすがりつくように僕に抱きつく彼を僕は呆然と見ていることしか出来なかった。