🌟が記憶喪失 その2司くんが僕のことだけを忘れて、僕が彼のことを天馬くんと呼び始めて3ヶ月が経った。
一時的なものと診断された記憶障害は治る様子はなく、僕が関わりさえしなければ問題なく日常を過ごしている。僕のことだけを忘れているだけで、他のことは今まで通り変わりなく覚えているからそれは当たり前だろう。
とはいえ座長と演出家である以上関わらないということは難しい。寧々やえむくんとの会話をしている時は普段通りなのに相手が僕になると急にそわそわして落ち着きがなくなる。視線もうろうろしていて僕を見ない。話し掛けるのは僕からがほとんどで彼から話し掛けられたことはないし、返事は「ああ」や「そうか」の単語のみ。これらの要素を統合するとある結論が出た。
彼に嫌われている、と。
仕方がないだろう。
目が覚めたら見知らぬ男が恋人だと言われて信じられないだろうし、どう接したらいいのかわからない。そもそも自分と同性の人間が恋人だなんて普通は想像すらしないものだ。
仕方がない。彼は僕のことだけを忘れているのだから。
仕方がない。彼は記憶障害なのだから。
仕方がない。そう自分に言い聞かせ続けて3ヶ月経った。
本当に彼の記憶は戻るのだろうか。
僕は司くんが戻って来てくれると信じていていいのだろうか。
いつまで信じていればいいのだろうか。
戻って来ないことを視野に入れ始めないといけないだろうか。
諦めないといけないのだろうか。
その考えが頭に過った時、表現出来ないほどの喪失感に襲われて、脚から力が抜けてその場に座り込んでしまう。此処が自宅で良かった。もしワンダーステージでしようものなら、キャストの皆にいらぬ心配を掛けさせてしまうところだった。……彼は心配してくれるだろうか。
我ながらネガティブというか女々しい思考回路にため息が出る。こんなに弱くなかったはずなのに。
「司くんのばーか」
小声で現状の原因を罵ってみた。
わかっている。彼だって好きで記憶障害になったわけではないのだから。
でも僕のことだけを忘れているのは許しがたいというよりも、素直に悲しくて寂しいからこれくらいは許してほしい。
「1人で泣くな。泣きたいならオレを呼べ」
そう言ってくれた君がいないから。
呼んだって来てくれないから。
1人で泣くのにも慣れてきた。
2人で丁度良かった部屋も1人だと広いし、安眠枕の君がいないから睡眠もしっかり取れていない。
僕の部屋にはベッドが無く、代わりに司くんの部屋に2人で寝ても大丈夫な大きさのベッドがある。というのも作業に集中していると睡眠を取らなくなる僕を寝かせるために、僕が眠るかを見張るために同じベッドで寝るということになっていた。
でも今はベッドで眠ると全部が夢で、朝起きたらいつもと変わりなく君がいてくれるんじゃないかと。
「おはよう」と声を掛けてくれるんじゃないかと、そんな期待をしてしまうから、自室にあるソファーで夜が明けるのを待っている。
僕も君を忘れてしまえばこんな思いをしなくてすむのかな。