ALERT 間抜け面。
ふ、と気が抜けた笑いが込み上げて、そんな自分に二見は驚いた。
間抜け面で、呆れるくらい安心しきったようないびきをかく新橋の鼻を軽くつまむ。部屋はまだ情事の火照りが乾ききっていない感じがする。金曜の夜毎にこうして過ごすことが増えたことに、何とも言えない気持ちになる。
絆されている。その一言に尽きる。
私生活だけじゃなく、〝全て〟にこの男の侵入を許した。それがどれ程自分にとって大きなことか、この呑気な男は知る由もない。が、勿論言うつもりもない。
甘っちょろい理想とまっさらな心をストレートにぶつけてくる新橋という男は、出会った頃から変わらない目をしている。
絶対に消えない炎のような強い目。
それが本当は一番気に入っている。抱かれる時、その炎が自分を焼き尽くすのがこれ程までも……
考えて、その先の思考が止まった。半身だけ起き上がった身体を急に締め付けられたからだ。抱きしめられた、が正しい表現でもある。
「おい、苦しい」
「どこ行くんですか」
「水を飲みに」
「ダメ……です……」
語尾が消えそうになったと思ったら腰に巻きついた腕も脱力してこてんとまた頭から落ちた。疲れてるくせにこのとっさの瞬発力は何なんだ。こんな風に新橋から向けられる独占欲のようなものに居心地良く感じる時がある。うざったい、と口から出るのも決して嘘ではないのに。
まだたどたどしさが残るキスと、有り余る情欲をぶつけるようなキスを同じ男から味わう。この気持ちの良さは何とも言えない快感だと、もう気がついている。
二見は小さい溜息をついて静かにベッドを抜け出した。電気をつけず、暗いままキッチンの冷蔵庫まで歩いてミネラルウォーターを取り出した。
冷蔵庫から発せられる光に目を細めて、中に入っている見慣れない食材や調味料、増えた缶ビールの量なんかに改めて妙な気持ちになる。
外食や出来合いものばかりの食生活を送っていた二見と違って、新橋は料理ができて思った以上に甲斐甲斐しかった。変化はそれだけではなく、自分のものではないスウェットや下着もクローゼットに入っている。
寝室のベッドに戻り、さっき見た姿勢のままの新橋を何となく見つめる。
「重人さん……」
「……呼んだことねぇくせに」
あどけない寝言につい答えてしまった。 まぁでも。
思ったより悪くない、とその響きを一瞬で好いてしまい、まずいな、と思うと同時に警報が頭の中で鳴り響く。
いつかこの男には敵わない、と思ってしまう予感。この男の行動や言葉に内心頬を緩ませてしまう度にその予感が湧き上がる。あながち遠くない未来のことに思えて何とも口惜しい気持ちになる。
もう一度新橋の鼻をつまむと間抜けな顔がくしゃりと歪んで、少しだけ胸がすいた。
ベッドの中に改めて身体を滑り込ませ、時計を見る。夜明けまでまだ時間がある。目を瞑った途端ににゅう、と手が伸びて後ろからぎゅっと抱き寄せられる。
「二見先生好きですよね……」
俺を窒息させようとするの、と低い、それでいて少し嬉しそうな声を新橋は出した。鼻を二度もつままれてさすがに目が覚めたらしい。
「人聞きの悪い」
「だって、」
続きが聞こえて来ないのは、強引に新橋の唇を塞いだからだ。ずっとベッドの中にいたコイツはどこもかしこも熱くて、口も、舌も勿論例外じゃない。キスをされた瞬間にびく、と身体を震わせた新橋にニヤリと笑う。
まだ主導権は譲ってなるものか。
どうせまたこれから身体を暴かれるのだ。
頭の中でビービーと煩い警報音を無視して、二見は新橋の唇を貪った。