もういちど、またここで──昔むかし、とある村に“ヒューガ”という、白髪で瞳が赤い少年がおりました。
ヒューガは少し臆病者で泣き虫で、いつも他の子どもたちにからかわれていました。
ある日ヒューガは他の子に手を引かれ、村はずれの小川にある小さな小屋のなかにひとり閉じ込められてしまいました。
小屋の中は昼間なのに薄暗く、小屋の外についた水車が、ゴトンゴトンと怖い音を鳴らしています。
出して、出してよ。
ヒューガは怖くて恐ろしくて、泣きながら小屋の戸を叩きました。
その様子を他の子は面白がって、ついにはヒューガを置いて帰ってしまいました。
戸を叩き疲れたヒューガがしくしくと泣いていると、小屋の奥からコトッと音がしました。
ヒューガがびっくりしてそちらを見ると、自分より少し大きい子どもがヒューガのことを見ていました。
小屋の小さな窓から光がさし、その子の姿をはっきり見せます。
短くはねた髪はヒューガと反対の黒色、ネコみたいに細くつっていて、けれど優しそうな目はきれいな翠色です。
だいじょうぶ
黒髪のその子は心配そうにヒューガに聞きました。
ヒューガは震えながら首を横に振ります。
そんなヒューガを見て、黒髪の子はおいでと手招きします。
こっちにひみつの出入口があるの。
そこからなら出れるよ。
そう言って小屋の奥にいくその子をヒューガは慌てて追いかけます。
奥に進むと、小屋の壁の板が少し剥がれたところがあり、黒髪の子がそこを通って外に出ていくところが見えました。
ヒューガもそこを抜けてやっと外に出られました。
黒髪の子はよかったねと言ってにこにこと笑いかけてくれます。
ヒューガがお礼を言うと、黒髪の子はどういたしましてと言い、あたしの名前は“リィネ”って言うの、と自己紹介をしました。
あなたの名前はと聞かれたので、ヒューガはもじもじしながら、…“ヒューガ”と言いました。
すてきな名前だねとリィネはにこにこと笑い、また明日ここで会いましょう。と言ってヒューガの手を優しくとりました。
リィネの手はとても温かくて、ヒューガはすごく安心しました。
それからヒューガはリィネといつもいっしょにいるようになりました。
小川で魚と戯れ、お花畑でおいかけっこをして、広い丘で星を眺め、ふたりはとても楽しい日々を過ごしました。
ぼく、リィネのことがすき。
ヒューガがそう言うと、リィネは顔を赤くして照れくさそうに
あたしも、ヒューガがだいすき…
と、言いました。
ヒューガは嬉しくて、小さくはにかみました。
ある日、リィネが小川の小屋でヒューガを待っていると、前にヒューガを小屋に閉じ込めた子たちが話しかけてきました。
あっちの川の近くにすてきなお花畑があるよ。
いっしょにそれを摘んでヒューガにプレゼントしてびっくりさせよう。
そう言われてリィネはその子たちについていってしまいました。
お花畑につき、リィネはヒューガの目と同じ赤いきれいな花を摘んでいましたが、ふいに他の子たちがリィネの背中を押して川に落としてしまいました。
少し前に川の近くで雨が降ったため、その川はいつもより水かさが多く、流れも速くなっていました。
リィネはごうごうと鳴く水のヘビに呑まれ、遥か彼方へといってしまいました。
そうとは知らないヒューガは小川の小屋でリィネを待ちました。
太陽が沈んでも、おなかが空いても、ヒューガはずっとリィネを待ちました。
しかしついに、リィネが小屋に来ることは二度とありませんでした。
ヒューガは哀しくて寂しくて、しくしくしくしく、朝が来ても、また太陽が沈んでも、しくしくしくしく泣きました。
涙がなくなっても、しくしく、しくしく、ずっとずっと泣きました。
そのうち泣く元気もなくなってしまったヒューガは、前にリィネとおいかけっこをしたお花畑に行きました。
ふらふらとお花畑の中を歩いていたヒューガでしたが、何日も何日も、何も食べずにいたため、ついに倒れてしまいました。
ぼんやりする視界の中、ヒューガはふと目の前に咲くある花を見つけます。
それは花にしては珍しく、とてもきれいな翠色をしてました。
まるで、リィネの目みたい…
ヒューガはそう思って、その花に静かに笑いかけました。
リィネ…
ぼく、ずっとここで待ってるから…
だから…
もういちど、またここで……
そしてヒューガは、静かに、永遠に、眠りました。
──読み聞かせをしていた本を閉じる
あたしは泣きそうになり、静かに鼻を啜っていると、となりで大人しく話を聞いていた“カレ”が、心配そうにあたしの顔を覗いてきた
「…大丈夫」
「……ぐすっ………だいじょうぶだよ、“ヒョウガ”」
「……泣いてる」
「あ、あは…だいじょうぶだいじょうぶ……すんっ…ぐすっ……」
だいじょうぶと言いながら泣き顔を見せないようにそっぽを向くあたしに、ふいにヒョウガが手を伸ばしてきた
「…」
「……いいこ、いいこ」
そうつぶやきながら、あたしの頭を撫でるヒョウガ
少し乱暴に撫でられ、元々はねぐせのある黒い髪がより一層ボサボサになる
あたしは照れくさいやら、恥ずかしいやら、嬉しいやらで訳が分からなくなり、頬を紅らめる
「…~っ……」
「……ごめんなさい」
「………なんで、謝るの」
「…僕が、この本……持ってきたから…」
無表情のまま、しかし明らかにしょんぼりとする“カレ”に慌ててそれを否定する
「いや、そんなことないよっほら、あたし泣いてないでしょ」
「…ほんとう」
“カレ”の赤い瞳がこちらを見る
吸い込まれそうなそのきれいな水晶に、あたしの翡翠色の瞳を映して、うんと頷くように微笑んでみせた
「……ねぇ」
「ん…どしたの、ヒョウガ」
「……リネン、スキ…ダイスキ」
「……、っ」
「…僕のこと……スキ」
急にそう言われ、一瞬思考が止まり、そして今度はいろんな考えや感情がグラグラと頭の中を揺らした
もちろん好きに決まってるおかしくなるくらい、大好きっそれに、それに…
ダメだ…嬉しくて、恥ずかしくて……何も言えない………
「…あ」
「……な、なに…」
「…テレビは“オレ”って言ってたや……」
無垢にそう呟く“カレ”に思わず笑い声が漏れる
あぁ、うん
あたしはヒョウガが好き
この子どもっぽいところも、炎のような、血のような、きれいな赤い紅い瞳も
もしも、この本の子たちのように、離ればなれになって儚く潰えてしまったとしても
もういちど、またここで
あなたを愛したい