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    きたまお

    @kitamao_aot
    なんでもいいから書いたもの置き場。
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    きたまお

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    ニト中。

    ##進撃
    ##エルリ

    「俺さあ、来週、ニートじゃなくなるから」
     金曜日に会ったとき、アパートのドアを開けたリヴァイにエルヴィンは言った。聞き返そうとしたが、エルヴィンはもうテレビのほうに向き直って、リヴァイの方を見ていなかった。こうなってしまうと、たとえリヴァイが部屋の中まで戻って、どんなに問いただしても無駄だ。経験で知っている。
     仕方なしになにも言わずに帰った。来週、と言われたからなるべく早くにまたエルヴィンに会いに行きたかったが、なかなかチャンスがなかった。土日はクソったれな母親の「神様」の活動に連れて行かれた。逃げ出すとあとが大変になることは経験で知っている。
     月曜は部活で残されて、火曜日はクラスメイトの金づるくんに誘われてゲーセンに行った(金づるくんの代理で格ゲーをやってランキングにのせて小金を稼ぐ。持つべきものは金持ちの友だ)。やっとエルヴィンのアパートに行けたのは水曜日の夕方だった。
     ニートじゃなくなるとは、どういうことだろう。リヴァイはエルヴィンのことをなにも知らない。住んでいる部屋と日がな一日ぶらぶらしていること、格ゲーはめっぽう強いがパズルゲームは大してうまくないこと、飲むのは焼酎ばかりだが本当はビールが好きなこと、タバコは十代から吸っていること、女優は乳よりも脚で選ぶこと。それしか知らない。ニートのいま、どうやって生活をしているのか、家族はいるのか、なにも知らない。
     とうとう就職するのだろうか。そうしたら、いままでのようにふらりと訪ねていっても、あの部屋にはいないのだろうか。金ができたら、あんな風呂なしの小汚いアパートからは出ていってしまうだろうか。実はあのぼさぼさの髪を整え、ひげを剃りさえすれば、エルヴィンはガタイのいいイケメンだ。どこかの女に養われるくらい簡単だ。
     あの、テレビとちゃぶ台とせんべい布団以外なにもない西日のさす部屋でエルヴィンと会えなくなると考えると、腹のなかがぐるぐるしてきた。もともとリヴァイとエルヴィンはなんの関係もない。連絡先も知らない。エルヴィンがちょっとでも生活をかえたら、会うことすら難しい。
     学校からアパートに向かう道すがらに、なじみの酒屋で大五郎のペットボトルを買った。ここのジジイはエルヴィンを知っているから、エルヴィン用と言えば面倒なことを言わずに売ってくれる。
     ペットボトルを抱えて、さびの浮いた階段をのぼる。どうしよう、もうエルヴィンがいなかったら。どこかに行ってしまっていたら。たまたま知りあったただの少し不幸な中学生のことなど忘れて、新しい仕事を新しい部屋で迎えていたら。もう会えなかったらどうしよう。
     表面の合板がはがれかかったドアをノックする。いつもだったら中から開いてるよ、とセキュリティ意識のかけらもない返事が返ってくるはずが、なにもなかった。耳をすませてもテレビの音も聞こえてこない。
     本当にもういないのか。来週、と言われていたのに水曜日まで来られなかったから、こんなことなら金づるくんとゲーセンなんか行くんじゃなかった。真面目に部活になど出るのではなかった。クソババアにくっついて「神様」のところなどにいくのではなかった。
     後悔と未練たっぷりにドアノブに触れた。ためしに右に回したら回った。ためしに手前に引いたら開いた。カギもかけてない、馬鹿じゃないのか。不用心。盗られるものがないと言っても、テレビくらいもっていかれるかもしれないじゃないか。
     玄関土間に入って室内を見る。台所兼の廊下の向こうが部屋だ。ちゃぶ台が目に入る。その下に寝転んでぴくりとも動かない大きな身体も目に入る。
     ――死んだら、ニートではない。
    「エルヴィン!」
     運動靴を乱暴に脱ぎ捨てて、リヴァイは部屋のなかに走りこむ。ちゃぶ台の下で横になったエルヴィンの胸に耳を当てる。とくん、とくんという音を聞いて、ほっと息を吐いた。
    「どうしたの、リヴァイくん」
     エルヴィンが左手で目をこすっていた。大きな右手がリヴァイの頭の上にきて、ぽんぽんと後頭部を叩く。急に腹がたってきて、その手を乱暴にはねのける。
    「おまえ、まだ、ニートのままじゃないか。なんだよ、ニートじゃなくなるって! こんな時間から、昼寝してるなんて、ニート以外じゃできないだろ。てめえは働いてないんだから、まだまだニートじゃねえかよ」
    「あー、リヴァイくん、気にしてくれちゃったの? 俺がニートじゃなくなるって」
     ふたたびおりてきた手がそのままリヴァイの頭全体に広がった。力が入り、頭がエルヴィンのスウェットに押しつけられる。
    「かわいいな、リヴァイくん。でも俺、本当にもうニートじゃないよ」
     手のひらの下から、リヴァイはエルヴィンの顔を見た。馬鹿なことをと思ったが、男の顔は笑っていなかった。
    「ニートって十五歳から三十四歳までの、働いてないやつを言うの。だから俺はもう、ニートじゃない」
    「え……」
     三十五歳になったということか。正確な年齢も初めて知った。
    「誕生日だよ。お祝いしてよ」
    「突然言われても、なんもねえよ」
     せめて先週に言ってくたらいいのに。そう思ったときにはエルヴィンの大きな手が脇の下に入ってきて、ずるずると引き上げられていた。すぐそこに、ニートだった男の、長い金のまつげに縁取られた青い目がある。
    「キスでいい」
     まったく色っぽくない、かさかさの唇。ほんの少し、リヴァイが顔を下げれば、そこに、届く。
    「大五郎が、ある。持ってきた」
     あと二センチの距離で止めた。言葉をつむぐ声が、エルヴィンの唇から入って彼の吸う息になったかもしれない。
    「なあ、ニートじゃあなくなったなら、おまえはなんになったんだ?」
    「ただの無職」
     暇ができれば、今日もリヴァイはただの無職の部屋に通う。
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    きたまお

    TRAINING特殊清掃員のりばいさん2今日の現場も一人で死亡した老人の住まいだった。大きな庭のある戸建ての二階で老人は死んでいた。老人には内縁の妻がいたが、折り悪くその妻は姪と一緒に十日間の海外旅行に出かけていた。家の状況から見て、老人は内縁の妻が旅行にでかけた初日の夜に倒れたようだった。さらに悪いことに、寒がりの老人は自室の暖房を全開にしていた。
     年齢のわりに老人は身体が大きかったようだ。ベッドに残された痕跡でそれを知ることができた。おそらく老人はリヴァイよりも二十センチ以上は背が高い。二階の部屋は天井が傾斜していて、ベッドは天井が低い方の壁にぴたりとくっつけておかれていた。
     リヴァイが最初にやることは、遺体のあった場所に手をあわせることだ。神も仏も信じてはいないが、これだけは行う。手をあわせているあいだはなにも考えていない。一緒に仕事に入ったことのある同僚には経を唱えたり、安らかに、などいうものもいたが、リヴァイは頭をからっぽにしてただ手をあわせる。これはもう習慣だった。
     後輩と一緒に、まずマットレスを外す作業をした。いくらかはまだ生きている虫がいる可能性があるので、殺虫剤を全面に散布する。動くものがなくなったこ 1271

    きたまお

    TRAINING特殊清掃員のりばいさん「先輩はどうしてこの仕事についたんですか」
     行きの車の中で無邪気に後輩が聞いてきた。最近入ったこの後輩は、始めは短期アルバイトの大学生だったはずが、気がつけば正社員として登用されていた。なんか、これがオレの天職だって気がついちゃったんですよね、と大声で事務員に話しているのを聞いたことがある。
     リヴァイはウィンカーを一瞬出して隣の車線に割り込みながら、ぼんやりと答えた。
    「別にやりたくてやったわけじゃねえよ。たまたま、クソみたいな伯父が便利屋をやっていて、そのクソが仕事だけ受けて逃げ出した尻拭いであばらやの清掃に入ることになって、そこからまあたまたまだ」
     母の兄である伯父には、昔からいろいろ迷惑をかけられてきた。便利屋の仕事を借金とともに押しつけられたのが、最たるものだった。
     最初から特殊清掃だったわけではない。ゴミ屋敷の片付けなどを行っているうちに、割のいい仕事として特殊清掃ももちかけられた。六月にベッドで死亡して、一週間発見されなかった老人の部屋の清掃だった。遺体はすでに警察が持ち出していたがベッドには遺体のあとが文字通り染みついていた。床や壁にこびりついている虫を片付けると 674

    きたまお

    TRAININGエルリワンライの没軽くブラシをまわすと、面白いように泡が立った。その泡をブラシの先端にとり、リヴァイが無言であごをしゃくった。上を向けということだろう。
     もみあげから下、あごの先に向けてブラシが小さな円を描くように動いていく。なめらかな動きの中で、ブラシと肌の間に泡が立っていくのがわかった。すこしこそばゆく、しかし気持ちがいい。
     カミソリの扱いは慣れたもの、あっというまに泡をぬぐうように刃があてられて、エルヴィンの無精ひげは姿を消した。最後にぬるま湯の入った桶を寄せられ、身体をうつ伏せに倒せと言われた。
    「すすぐくらいは左手だけでも可能だとおもうんだが」
    「おまえにやらせたら、ベッドが水浸しになりそうだ」
     顔をすすぎ終わり、乾いた布で水分を拭き取るまでリヴァイの世話になった。
    「自分であたるよりも、ずっといいな」
     エルヴィンはすべすべになった自分のあごに手を触れる。
    「以前から、おまえのそり残しは気にはなっていた」
     ひげそりの準備は、エルヴィンが目を覚ます前からやっていたらしい。目を開けたらちょうど、至近距離にリヴァイがいて、手にしていた石けんを取り落としそうになっていた。すぐに医師が呼ばれ、 1958

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