6の皆様 in とある名作映画パロ!(1)▽
ティナは、とある国の主要都市の駅で働いている。
仕事内容は改札窓口の切符販売員。
所謂ICカードのない時代、乗客はティナの窓口に現金で運賃を支払い、ティナはそれに応じて切符を渡す。
肉親を早くに亡くしたティナは、この駅からほど近い場所にあるアパート住まいで、同居人はモーグリ1匹。
気の良い同僚やアパートの近隣住民ともそつなく交流し、独り身の寂しさは紛れてはいるものの―――
毎年クリスマスのこの時期、家族連れやカップルが楽しそうに改札を行き交うのを見ていると、どうしても溜息が出てしまう。
いつか私も、誰かと素敵な家庭を築ける日が来るのかしら。
そう、毎日決まった時間に切符を買いに来る彼の様に素敵な誰かと…。
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ティナが想いを寄せているのは、平日の毎朝7時半の電車で通勤している、とあるビジネスマンだ。
すらりとしたスマートな長身に、一つに束ねた美しいブロンドが特徴の、まるで王子様の様な佇まいの彼。
名前は知らない。
だが彼は切符を買うとき、決まって「今日も素敵だよ、レディ。行ってきます」と挨拶をしてくれるのだ。
内気なティナには気の利いた返事などできる筈もなく、「ありがとうございました」と他の客にするのと同じ挨拶をするので精一杯。
もっと彼とお話ができたなら。
彼の様な人が恋人になってくれたなら…いつか一緒に家庭を築いてくれたなら、どれだけ幸せなんだろう…。
「モグ。今日もあの人は格好良かったわ。どこに住んでいるのか、どこにお勤めされているのかも分からないし、私なんかがあんな人と親密になれる筈ないって分かっているけれど…
…ちょっとだけ夢を見てみるだけなら、良い…わよね?」
「クポ〜」
ティナはモグをふかふかしながら、眠りに就いた。
そんな彼女の物語は実に唐突に動き出す。
一週間後、クリスマスイヴの日―――。
▽
この年のクリスマスイヴは平日。
ティナの勤務する駅でも、朝から多くのビジネスマンが普段と変わらず行き来する。
憧れのあの人は今日も出勤されるのかしら?
いつも彼の乗る電車の来る7時半を、つい意識しながら待ってしまうティナ。
そしてその時は訪れる。
「おはよう、レディ。今日も素敵だよ」
「お、おはようございます!行ってらっしゃいませ……素敵な、クリスマスイヴをお過ごしください…」
何度も脳内でシュミレーションした、たった一言の挨拶を遂にティナは口にする。
すると彼は一瞬驚いた顔をするも、直ぐに爽やかな笑みを浮かべ
「そうだね。いつか叶うなら君と、イヴの夜を過ごしてみたいものだ。
それじゃあ、行ってきます」
片手を挙げて颯爽と改札を通過しホームに入る彼を、ティナは夢心地で見送る。
なんて素敵な人。
きっとあんな言葉は色んな女性に言い慣れているに決まっているけれど、私もそんな事を言ってもらえるなんて。
これだけでも今年のイヴは幸せに過ごせそう―――
「―――駅員さん!!来てくれ、喧嘩だ!!」
突如聞こえた大声にはっとティナが顔を上げると、目の前を男性の駅員が数名ばたばたとホームに駆けるのが見えた。
「ティナ、手を貸してくれ。怪我人が出ているかもしれない」
内ひとりの駅員に促され、ティナも慌てて窓口に『休止中』の札を立ててホームへと走る。
▽
ホームで揉め事に巻き込まれていたのは、まさかのティナの想い人であった。
「あんたフィガロ重工の社長さんだろ!!財布のひとつやふたつ恵んでくれてもバチは当たらねえだろうが!」
駅員二人に取り押さえられながらも支離滅裂な事を罵るチンピラは、この時間になっても酒の抜けていないタチの悪すぎるのごろつきだ。
まさに被害者となった彼は、殴られたらしい左頬をハンカチで抑え柱に背を預けている。
ティナは慌てて彼に駆け寄り、声をかける。
「だ、大丈夫ですか?救護室で手当を…」
「それには及ばないよ。仕事の邪魔をして済まなかったね、レディ。この御礼はいずれ必ず―――」
「―――なに女なんかに調子くれてんだテメェ!!!」
突如ごろつきがキレた。
取り押さえていた駅員を凄まじい力で振り払い、猛然と彼とティナに向かって突進してくる。
「レディ、下がるんだ」
「でも!あのひと、普通じゃ……!」
「うるせえ!死んじまえー!!」
駅員がごろつきの背後からタックルを試みるも、一歩及ばない。
彼はごろつきの拳をもろに喰らい、その衝撃のままホームから滑落し線路の上に倒れ込んでしまう。
「大変だ!!」
駅員が即座に非常停止ボタンを押すも、時刻は7:29―――
間に合わない。
いつも彼の乗る電車が、今まさに彼の倒れている線路に減速もせず進入する!
ティナは咄嗟にホームを飛び降り、線路上に崩れたままの彼の身体を抱きしめ―――
▽
「―――お手柄だったな、ティナ。よくあの電車の迫る一瞬で彼を抱えて線路脇へ退避してくれた」
「レオさん……駅長。いいえ、本当に無我夢中で…。私…」
彼とティナは最寄りの大病院に搬送された。
ティナはかすり傷で済んだものの、彼は線路に落ちた際に頭を打った様で、意識が戻らず集中治療室で処置を受けている。
「間もなく彼のご家族も到着するとのことだ。私は駅に戻らせて貰うが…大丈夫だな?」
「はい…。私もご家族に事情をお話したら、直ぐ仕事に戻ります」
「いや、君は今日は休んだ方がいい。怪我は軽くとも精神的にショックを受けただろう、自宅で休むかどこかで気晴らしをすると良い…無理はするな。警察だのの対処も当座我々に任せてくれ」
レオ駅長の心遣いに感謝し、ティナは深々と頭を下げる。
やがて一人取り残された廊下で、ティナはガラス越しに眠る彼の顔を見つめる。
こんな時はつい独り言が出てしまうもので―――
「…まさか、イヴの日にこんなことになるなんて。私がもっと前に出ていれば…きちんと庇えていたなら、あなたは大怪我なんかせずに済んだ…。お客様も守れず駅員失格よ…」
涙が滲むのを抑えきれない。
ティナは肩を震わせ、彼に詫び続ける。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい―――
あなたの様な素敵な人と、いつか幸せになりたいと思った。そんなのは大それた夢だわ。
あなたと婚約して…結婚して家庭を築くなんて、そんなこと」
「―――あら。あなたが彼の婚約者なの!」
「…え!?」
涙ながらの独り言は、誰がどう見ても婚約者の嘆きであった。
通り掛かった若いナースが即座にティナを婚約者と決めつける。
「あ、違うんです!今のは…!」
「おおまかな事情はレオさんからも伺っていたけれど、そう…婚約されていたのね。素晴らしいわ、未来のご主人の人命救助、立派よ」
「で…ですから私…」
「ちょうどご家族の方到着されたので、お呼びしますね。
フィガロさーん。こちらです!婚約者の方お待ちですよー!」
どたどたと複数の足音と共に、彼の家族親族が一気に治療室に勢揃いする。
「なに エドガーに婚約者!?初耳だゾイ!」
「いたとしたってジジイに言うわけないじゃん、いちいちうっさいんだからさ」
「…マッシュ。お前知ってたのか?」
「聞いてたような、聞いてないようなだなあ。何しろ兄貴はそういう話が多すぎるからな!」
「おい筋肉ダルマ!婚約者サンの前でそーゆーの言ったらダメだろ!?」
「あっ!そりゃそーだ!わはは すまんな!ええと―――」
やいのやいのと大騒ぎしていた家族一同の視線が一斉にティナに集中する。
「あっ…あの 私は…!」
いけない。とにかく誤解を解かなくては。
自分は婚約者ではなく、偶然彼を助けただけの、
「こちらティナさん。ティナ・ブランフォードさんよ。
エドガーさんが線路に落ちた時に、咄嗟に自分も飛び降りて助けてくださったの。
駅員さんとしても婚約者さんとしても、素晴らしい対応じゃないかしら?」
金髪の麗しいナースは、まるで我が事の様に誇らしげにティナを紹介した―――
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その後のフィガロ家の面々は蜂の巣を突いた様な大騒ぎであった。
患者である長男エドガーは完全にほったらかし、ティナを包囲し何処で出会っただの何故結婚まで踏み切れただの質問攻めで、最終的には治療室から若い医師が飛び出してくる始末。
「セリス!この人らどっかに移動させてくれよ!命に別状ないとは言え意識不明の患者なんだぜ!」
セリスと呼ばれた金髪のナースははいはい、と苦笑しながら一同にエドガーの容態を簡潔に説明する。
命には別状はないこと。
だが頭部への衝撃で昏睡状態が長引いており、いつ頃目覚めるかは現時点では定かではないこと。
患者へ四六時中の付き添いを要する事はないが、なるたけ見舞いには来て患者の身の回りの着替え等の交換を―――
「―――承知した。息子同然の甥でござる、拙者も毎日見舞いに来るとしよう」
「親父もお袋も海外支社の視察で直ぐには戻れないだろうからなあ。俺からも電話で逐一連絡しとくぜ」
「ねえ、今夜はどーすんの?イヴのホームパーティ、リルムも準備してきたけど色男がこんなんじゃ…」
「せっかくの事じゃ、久しぶりに集まるとしよう。ティナさんにも是非来て貰いたいしのう」
「え……私も…ですか?せっかくのご家族水入らずのイヴなのに」
「遠慮は要らん……将来の家族だろう」
黒尽くめのスーツ姿の男性が、ティナに参加を促す。
「だが俺からも少々あんたに確認したい、事故当時の事などをな。
―――爺さんたちは先に行っていてくれ」
男性は家族一同を先に行かせて、ティナと二人きりの時間を作る。
「足止めしてすまん。俺の名はシャドウ。
カイエンの身内の者だ」
「よ…よろしくお願い致します」
「単刀直入に聞く。あんたは本当はエドガーの婚約者などではないな?」
「!!も、申し訳ございません…!!
「いや 責める気はない。この事態はあの看護婦の勘違いと我々親族の思い込みの激しさのせいだ。
…その上で…あんたに頼む。
このまま、奴の婚約者のふりを続けて欲しい」
シャドウは澱みなく言い、ティナに深々と頭を下げる。
「えっ…!?そんな。どうして嘘を…!?」
「連中の反応を見ただろう。エドガーという男は暇さえあればそこら中に女を作る性分でな、結婚などどう足掻いても不可能だと全員が諦めていたのだ。
そこにあんたの様な女性が現れ、奴の婚約者で、しかも命の恩人だと言う―――
あのお祭り騒ぎも納得できるだろう?」
エドガーのとんでもないプレイボーイという素顔に落胆しつつ、シャドウの頼みを無下に断ることもできないティナ。
「あれの意識が戻るまでで構わない。時が来たら、俺が親族に事実を伝える―――虚実は混ぜるがな。
久方ぶりなのさ…あの様に家族一同が幸せそうな顔をしたのは」
「シャドウさん…」
「無茶な頼みなのは承知の上だ。俺の悪事の片棒を担がせるのは忍びないが…」
「…いいえ。元はと言えば私も、勘違いさせてしまう様な態度を取ったのがいけなかったんです。分かりました、少しの間だけエドガーさんの婚約者のふりをさせて頂きます…!」
▽
フィガロ家のホームパーティーは笑い声の絶えない、とても賑やかな会になった。
久しく家族との交流から遠ざかっていたティナは幼少期を思い出し、とても懐かしい気持ちで彼らを見守っていた。
やがて最年少のリルムがティナの隣に座り、めいめい談笑する家族を改めて紹介する。
「まあ、初見で全員覚えるのは無理だと思うけどね。
えーと、リルムのことは分かるでしょ?色男と筋肉ダルマの妹ね。歳めっちゃ離れてるけど気にしたらダメ。
それで向こうのソファでヨダレ垂らして寝てるのが、リルムたちのジジイ。ストラゴス。
隣で瞑想してるのがカイエン叔父さん。ござるだよ。
部屋の隅っこにいるのがシャドウ。カイエン叔父さんの息子で、リルムたちの従兄弟!」
「シャドウさんは従兄弟だったのね…」
相変わらず表情を表に出さないシャドウだが、注意深くティナの周囲に気を配っているのは分かる。
「―――リルム、私たちも紹介して頂戴。病院に行きそびれてしまったから初めましてよね、ティナ?」
「ダリル叔母様!」
「…叔母様。誰に向かって言ってるの?」
「あーっ…と ごめんなさい!ダリルさん!」
咥え煙草に切れ長の眼、額に掛かる長い金髪をかき上げティナに微笑む妙齢の美女だ。
たしかに「おばさま」などという呼び名は決して似合わない。
「ま、血縁上はリルムたちの叔母で間違いはないけれどもね。つまり私とカイエン、リルムたちの父親は兄妹ということで―――
…ふふ。大丈夫、ティナ?ついてこれてる?」
「は、はい!なんとか」
「さらにもう一人よ。私の愚息、リルムやエドガーたちの従兄弟」
「―――セッツァー!きてたんだ、何百年ぶり?!」
「相変わらずやかましいな、リルム」
リルムの頭をがしがしと雑に撫でながら、セッツァーと呼ばれた銀髪の青年はティナにじろりと視線を向ける。
「で?何者だ、あんた」
「ちょっと!何をバカ言ってるのよ、あたしがここに来るまでに話したでしょうが。エドガーの婚約者で命の恩人さんだって―――」
「ああ恩人さんってのは間違いないだろうさ、証人も山ほどいるだろうからな。
だが婚約者ってのは疑わしいもんだぜ。あのスケコマシに将来を決めた女がいるって、この中の誰か一人でも知ってたのか?」
和やかな会が一瞬にして静まり返る。
セッツァーは完全にティナを疑っている様だ。それも、かなりの確信を持って。
どうしよう―――
―――助けを求めるティナの視線をキャッチしたシャドウが一歩進み出ようとしたそのとき、別の方向から助け舟が入る。
「我が息子ながら情けないわ。なに、あんた僻んでるの?同い年のエドガーに先を越されたって」
「はあ!?何でそうなるんだよお袋、」
「お袋と呼ばれる筋合いはないわよ!ダリルさんと呼びなさい!!」
「まあセッツァーも兄貴とどっこいのタラシだからな!先を越されて悔しい気持ちは分からんでもないが、そう気を落とすなって!」
「だから違う!!」
豪快に笑いながらマッシュにバシバシと背中を叩かれ、セッツァーは完全に形成不利になる。
シャドウもここは乗り切れそうだと判断し、進み出た脚をスッと戻すが―――
まさかここにきて強敵が出現するとは。
一同に揶揄われまくったお陰でこの場ではそれ以上追求する事はなかったが、セッツァーは間違いなくティナを疑っている。
さて、どこまで誤魔化し切れるだろう。
ティナとシャドウは言葉を交わす事なく共通の難問に頭を悩ませる…。
続