ぢごくの交流戦前半はいらいと「お疲れさん、先生。遅くなっちまったが、この前の三連戦の反省会ってことで乾杯な」
「乾杯、バルフレア。こちらにはいつまで滞在できるんだ?」
「アンタが寂しがってくれるなら、いつまでだっているつもりだが」
「寂しい…というより、悔しい思いの方が強いかな。分かってはいたが…星たちは強かった。どこからでも繋がり始める打線、鷲の天敵左投手の充実……それに比べて我らが鷲たちは、一勝するので精一杯……」
「だからさ、もう鞍替えしちまえよ。
俺も贔屓の暗黒期は何度も見てきたが、もうストレスと失望の毎日だぜ?それが1シーズンで終われば良いが、何年も続く時もある。
アンタの贔屓は創設してまだ歴史も浅いから、本物の暗黒期なんて経験したこともないだろうけどよ。あれほど虚無の日々はないぞ」
「…だが君も、贔屓がそんな暗黒期にあっても他のチームに鞍替えすることはしなかった。そうだろう?」
「…。まーな」
「確かに、星のチームは魅力的な選手が多い。監督も投手コーチもだ。だから私も陰ながら応援するし、試合結果も公式SNSもツブサにチェックしている。
だが本格的に追うとなると…
やはり、鷲ほどの熱量に至るまでは中々難しいだろうな」
「そうだろうな…分かってるさ。アンタは簡単に地元と贔屓を裏切らない。それでこそ、バッシュ先生だよ」
「世間は監督休養だの親会社売却だの、根拠のないゴシップで囃し立てているが…
仮に、万一の事が起ころうと私は所属する選手を応援する。
まぐれで日本一になれるほど、この世界は甘くないだろう。その中で一度は間違いなく優勝できたチームだ。きっと何年後…何十年後にはまた輝かしいシーズンが訪れる。私はそれを待つよ」
「スケールでかすぎんだろ、流石に大袈裟だな。それにその言い方だと今年や来シーズンはもう諦めたって感じがするぜ?」
「はは。ものの例えだ。もちろん、まだ今シーズンも何が起こるかわからないからな」
「そうそう。取り敢えず、アンタの贔屓には今後のセのチーム全部薙ぎ倒してくれる事を期待するぜ。
ああ、虎に勝ち越してくれたのは有り難かったな。えらく壮絶な試合になってたが―――」
▽
「―――でも、ねえ。ほんとにあんな事起こるんだね!野球選手があんな大泣きするところ、リルム初めて見たよ」
「私も。他のチームの若手さんがベンチで悔し涙する映像は時々見かけてたけど、あのオゴーくんがね…。
試合後一人で歩けないくらい泣き崩れて、ヒカルくんに支えられてベンチに戻る姿……じーんとしちゃった。ロックはもう泣き腫らしてたけど」
「エラーで招いたピンチは失点に繋がりやすいし、そうして失点した試合の勝率は一気に下がる……
あの夜のオゴウ外野手は、過激な虎ファンさんの密集するライトスタンドの真ん前で相当プレッシャーを感じていたと思う。
そのさなかにエラーしてしまって…あの時のライトスタンドの雰囲気は凄まじかったわ」
「そいでさ、よりにもよってエラーの切り替えも出来てないうちにまたオゴーのところに打球が飛んだんだよね!それがまた失点につながって、リードしてた試合が一気にビハインドに……」
「中継でも相当動揺している表情が分かったわ。そもそも最近エラーが多いのよ!試合展開的にオゴーくんが悪目立ちしてたけど、虎の三連戦でウチのエラーは結局幾つ?ええと……
6つ!?そんなんじゃ勝てるものも勝てないわよ!」
「だから、心ない批判も増えていたのよね…。やる気がないとか、チームは空中分解しているとか……
そんなこと、現場にいない人には分かりっこないのに」
「それでビハインドのまんま9回裏のツーアウトまで来てさ?リルムも生きた心地しなかったよ!このまま負けたら絶対引きずって大型連敗はもちろん、オゴーもしばらく立ち直れないかもしれないって。イップス…だっけ、そういう事もあるんじゃないかって」
「なってても、おかしくなかった。あのまま負けていたら。
でも、こぶちゃんが救ってくれた…凄かった。虎の守護神ユアサさんの初球を叩いて逆転サヨナラ3ランなんて、そんなこと起こるなんてね…」
「コブだってしょっ中エラーしてるもん!この前の日の試合なんてワンプレーで二つもエラーしてさあ」
「取り返したかったって、インタビュー記事にも書いてあったね。きっとどの選手もみんなそうなのよ。
一度エラーすると、直ぐにやる気がないとか散々言われるけど…みんなその瞬間を全力でプレーしてる。なのに、自分のミスのせいで勝てる試合を落とすかもしれない。
サヨナラ勝ちの瞬間に泣き崩れたオゴウ外野手の気持ちは想像するだけで辛くなるけれど、彼が一人じゃなくて本当に良かった。
同級生のヒカル捕手やユキヤ外野手が一生懸命励まして、勝ったんだからもう大丈夫だよって何度も言ってあげてる姿は…忘れられないわ」
「ああ、思い出したらまた泣けてきちゃう!ティナ、動画見せて!こぶちゃんの3ランからノーカットでお願い!」
「リルムも見る!ねえ、今夜お泊まりしてって良いでしょ?」
「ふふ、大丈夫よ。ストラゴスにはちゃんとメールしておいてね」
翌日、カードが変わって竜との試合でオゴウ外野手は攻守ともに大活躍、鷲は一か月ぶりの連勝を挙げた!
まだまだ厳しいシーズンには違いないけれど、文句も泣き言も全部終わってから。絶望するにはまだ早い!
女子会inティナのお部屋は夜が明けるまで続いたのでした!