今日のキスは、なんの味?俺がベッドでゴロゴロしている間、シメオンは、ベッドの脇にもたれていつものように本を読んでいる。
それは、いつもの光景ではあるのだが、一つだけ、違うことがある。
シメオンの口から、カラコロと軽快な音色が聞こえてくるのだ。
「ん?シメオン、なんか食べてる?」
俺は、ベッドから、シメオンの肩口に顎を乗せ、シメオンにたずねる。
すると、音が止み、俺の方を向いたシメオンの顔が眼前に迫る。
「うん、飴玉。たまに食べたくなるよね」
「わかるー。口寂しい時ちょうどいいよね」
べぇっと出したシメオンの舌の上には、しましまの柄が入った丸い飴玉がちょこんと乗っかっていて、開いたシメオンの口からは、ソーダ味の甘い香りが漂い俺の鼻をくすぐる。
「天使にも癒しが必要なんだよ。この飴、一緒に食べる?」
「食べるー!」
小首を傾げてシメオンが聞くので、俺はベッドの上から、斜め上へと元気よく手を挙げた。
「ちょっと待ってね。今、持ってくるから…」
シメオンは、テーブルに置いた飴玉の袋を取ろうと腕を伸ばしながら腰を上げたが、俺は、その伸ばした腕を、反対にベッドの方へと引っぱった。
「そうじゃなくてっ」
力任せに引っぱると、シメオンはドスンと元の位置に尻もちをつくと同時にベッドにもたれかかる形になり、驚いて俺を見たその顔に、俺は唇を近づけた。
「えっ!?…んんっ!」
状況が飲み込めず、何か話そうと口を開いたところに容赦なく舌を滑り込ませる。
「んーっ…」
逃げていかないように後頭部を押さえつけると、舌をさらに深くに差し込んで口内を蹂躙する。
絡めとった舌の上には先ほどの飴玉があり、二つの舌に挟まれたそれは二人の熱でみるみる溶けていき、甘い唾液となって、互いの口内を満たしていく。
飲み下した唾液はいつもより甘く、ソーダの味がした。
「…ん…まって…ちょ…んん…」
シメオンは、必死に俺の胸を押し返しながらなにか話そうと懸命に抵抗する。
わかっている、シメオンはこんなつもりじゃなかったはずだ。
だからこそ、もっと虐めたくなってしまう。
「…だって、『この飴』一緒に食べるんでしょ?」
しばらく、眉間に皺を寄せながらなすがままになっているシメオンを楽しんだあと、ゆっくりと唇を離す。
二人の口元を繋ぐ銀糸は蕩けた水飴のようで、途切れた糸はシメオンの口の端をテラテラと光らせた。
「…はぁ…そ、そういう意味じゃ…」
荒い息を吐きながら、垂れた銀糸を手の甲で拭う。
シメオンの言う『この飴』と俺の言う『この飴』に齟齬があったことを指摘されるが、そんなことは最初からわかりきっている。
だって俺は、自分に都合のいいように解釈する生き物だから。
「…違った?」
俺が、わかっているという風にニヤリとシメオンに聞き返すと、次第にシメオンの頬が紅潮する。
口元を拭うフリをして手で顔を隠しているが、何も誤魔化しきれていないのは、俺から見れば明らかだ。
「違った…けど…」
シメオンが、ごにょごにょと何か言い淀む。
そこに俺は、トドメの一撃を刺すのだった。
「けど?」
「…ばかっ」
鼻先が触れるほど顔を寄せてシメオンを瞳いっぱいに映してたずねると、耳まで真っ赤になったシメオンが、俺の首にしがみついてきた。
すぐそこにある唇に触れるだけのキスをすると、俺は腕を伸ばしてテーブルにある飴玉の袋に手を突っ込む。
そこから適当に一つ取り出し、個包装を開けて口に含むと、そのままシメオンの唇に飛び込んだ。
再び、二人の舌の間で溶けはじめた飴玉は、今度はイチゴ味だった。
シメオンが、俺にしがみついたままベッドへと這い上がってくる。
俺は、シメオンを抱きしめてベッドを転がり、飴玉を味わいながらシメオンを組み敷いた。
少しだけ唇を離すと、目の前のシメオンは蕩けた顔をして、名残惜しそうに半分口を開けたまま舌に飴玉を乗せて、俺を潤んだ瞳で見つめる。
これから、飴玉よりも甘い甘い時間が二人を待っている。
そう思うと、期待に胸が高鳴り、興奮を抑えきれずに、待ちわびるシメオンの唇へとしゃぶりついた。
今日のキスは、イチゴ味。
いつもより甘ったるいキスが、二人の思考を溶かしていった。