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    zeppei27

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    zeppei27

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    pkmnで初めて二次創作をしました。名前変換のないアオキの夢小説です。
    アオキ……!アオキに美味しいものを食べさせたいし、普通を追求する異様な姿も書きたい、という一心で書いています。無関係の第三者を前に、気負いがない姿をするアオキも見たかった……他の面々と食べるアオキも、いつか書いてみたいと思います。

    馴化 普通、というのは日常の積み重ねだ。ルーチンをこなし、スケジュール通りに時間を進め、その流れに揺蕩う。驚きも突発的な事象もなく、全ては手中に収まる範囲の些事である。自分のできることを頑張り、それ以上は必要ではない。目立たず、誰かの目に留まることなく普通は通り過ぎてゆく。まるで日の当たる人間にそっと寄り添う影のように、普通はいつでもそこにある。

     朝がくれば夜が追いかけ、そして一日が終わる時の安堵をアオキは何よりも願っている。誰しも人生の大半であろう普通を手放してまで特別を求める人間の気が知れない。当たり前に積み上げてきたものが、一瞬にしてバラバラに崩れ去った後の絶望は計り知れない。確かに、普通には輝かしさや物珍しさはないだろう。だが失ったらば取り戻しにくいことに変わりはない。

     期待しすぎず、約束された一日を過ごす。アオキの有り様に苦言を呈する人間は多いが、サラリーマン人生の中で培ってきた処世術でどうにかこうにか生きている。ポケモンリーグのトップが変わった際に二つばかり異常事態が紛れ込んだものの、アオキのささやかな”普通”は守りたい。ポケモンバトル?ジムリーダー?そんなことよりも、自分の日々は捗々しくない営業努力と――

    「いらっしゃいアオキさん。いつもの?」
    「はい。お願いします」

    約束された美味。仕事を終えて宝食堂の扉をガラガラと開ければ、今日のご褒美が顔を待ち受けている。閉店間際だからだろうか、常連客がわいわいとごちゃつく姿もどこか力尽きかけた様子が見受けられる。カウンター席に座り、黙って出された生ビールが嬉しい。お通しはポテトサラダか。塩昆布が程よい甘塩っぱさを与えてくれて疲れた体に染み入る。今日も良い普通の日だったな、と自分を褒めてやりたくなる気がするのはこの瞬間くらいだ。

     温かいおしぼりで手を労わりながら、アオキは三つ隣に座る人物に目を止めて微かに眉を上げた。紺色の作業着を着た、自分と同じくらいの男性が静かに揚げ出し豆腐を食べている。ちまちまと惜しむように食べている様はともかく、異様なのは男性の飲み物だ。よく冷えているためか汗ばむグラスに入った乳白色のそれは、紛れもなくミックス・オレである。ミックス・オレと胡麻豆腐。あまりの異常さにアオキは眩暈がしそうになった。今日もか。

     実は、この男性に出くわすのは今回が初めてではない。ある時はマリナードタウンの場外にある海鮮丼屋で、またある時はハッコウシティの歯が溶けるように甘いパンケーキの店で、またある時はベイクタウンのオーブン料理屋でと、その数は両手に余る程だ。今日のように相手が先に来ている時もあれば、自分の後に入ってくる姿を見たこともある。場所も店もバラバラだというのに、こんなに顔を合わせる人物というのも珍しい。

     生ビールを傾けながら、今日一日を振り返る。新しいチャンピオンが現れたことに触発されてか、最近はジムチャレンジが活発でなかなか外回り営業をする時間が割けない。あの子供が、大人になりきった自分にとっても刺激的すぎるのだから、普通を簡単に手放せる人間が触発されるのも納得がいく。上司のオモダカは、おそらく見込み通りだと喜んでいるに違いない――アオキは”普通”が掻き乱されて疲れきっているというのに。

     胡麻豆腐を突く男性は、アオキ以上に目立たない見目をしている。自然と認識できるようになったのは、彼の飲むミックス・オレがどう考えても彼が食べている料理に合わないと気づいたためだった。パンケーキにミックス・オレ、坦々麺にミックス・オレ、今は追加注文したらしいゴーヤチャンプルーにミックス・オレ。全ての料理はミックス・オレの脇役に過ぎないとでもいうかのように頑なにグラスが置かれている。メニューを見返してもミックス・オレがない店もあったので、その場合は店側とどう取引をして飲んでいるのか窺い知れない。こんな普通の、羨ましいくらい日常に霞んでしまいそうな男性の癖を見つけて以来、アオキのごく当たり前の日常には彼が追加された。

     パルデア地方全土を飛び回る自分に方々でかち合う事態に、当初アオキはストーカー、という不穏な単語が頭をよぎったものだ。こんなおじさんに?だがジムリーダーは一部の地域では非常に熱狂的に崇められており、本業のためかどうかはさておきジムの運営にも大きく寄与していると聞く。配達員が人気という話も小耳に挟んだこともアオキを惑わせた。あれほど没個性の存在のどこに人気を見出すというのか。こうしたことに詳しいだろうチリに相談しようかと考えるも、揶揄われて終わるだろうと一蹴した。幼いポピーはもちろん、逆に事態をややこしくしかねないオモダカやハッサクは論外である。

     他人と必要以上に関わり合いにならなかったことが、こんなところで躓く羽目になるとは思いもよらなかった。好んで誰かと何かをする、というのはアオキの人生でそう多くはない。他者に期待することは即ち絶望の始まりである。予想を外れた結果に、一喜一憂するのは疲れてしまう。自分はこんなにも普通で無事に日々を送りたいだけだというのに、非日常の方から近寄ってくるのは災難としか言いようがない。転じて言えば、アオキは世に言うところの孤独であるのかも知れなかった。

    「はい、お待たせ。今日は賄いで作ったビーフ・シチューもサービスでお出しします。評判が良かったらメニューにも出すつもりだから、後で感想を教えてくださいね」
    「……ありがとうございます」

    ビーフ・シチュー!アオキのいつもの、は『店主の好きに任せて適当なものを頼む』の意味だったのだが、ここまで重たいものは予想外だった。夜中のビーフ・シチュー。色々な懸念が頭に思い浮かぶも、空腹が全てを塗りつぶしてゆく。好意で出されたものなのだ、受け取るのもまた普通に違いない。手を合わせて、いただきますと呟く。

    なんとなくだが、ミックス・オレの男性もこちらを見たような気がした。




     良い選択だ。ムロイは視界の端でサラリーマンの元に運ばれてきた料理を見て心中密かに舌を巻いた。宝食堂には裏メニューが存在するとはジムチャレンジにもなっているほど有名だが、ビーフシチューとは完全に想定外である。今日はもう流石に胃袋には入りそうにもないが、次回来る時には絶対に挑んでみるとしよう。ビーフシチューに焼きおにぎりという付け合わせも素晴らしい。宝食堂は安定の味わいだ。

     失せ物探しを生業にしているムロイにとって、訪れた先々での食事は唯一の楽しみだった。失せ物次第のめちゃくちゃなスケジュールを整えてくれる時間、普通の人々はこんな生活を楽しんでいるのだろうなと憧憬を込めて浸るひと時は貴重である。自宅に帰っても、洗濯と睡眠に取られてしまってほぼほぼ料理もしていない。一つ案件が終われば次の案件が追いかけてくる。商売繁盛でありがたい。

     失せ物は、こっそり探したい結婚指輪から入れ歯(信じられないが本当にあった)、連絡が途絶えた家族まで様々だ。時にはポケモンが落とすものも頼まれることがある。そうとなればどこまでも遠征するというわけで、毎日決まりきったことをすることが苦手なムロイにはぴったりの商売だった。どこの街を行っても、自分と関わり合いのない他人の日常生活が広がっている。誰かに仕事の話をすることもなければ、時間を共有することもない。ずっと一緒にいるのは、相棒にしているイッカネズミたちだけだ。

     ある意味、自分は孤独なのかも知れないと考え始めれば背中がすうっと冷たくなる。今更他人だらけのこの日常に入って、収まるなど自分にできる気がしなかった。毎日同じ人と顔を合わせて共に仕事をし、一日を繰り返すなど、想像するだけで心臓がギューっと締め付けられる。また一から入り込もうとするくらいならば、酷寒の海に飛び込んだ方がマシだ。

     そのムロイにとって唯一慣れきった存在が、件のサラリーマンだった。生業上、人の顔は覚えるのだが、こんなにも顔を合わせる人間は他にいないので驚いたものだ。営業職をしているのであろう男性は、幹線道路や街中、そしてムロイが目当てにしている料理屋で悉く出会った。自分が感じやすい人間であれば、今頃プロポーズをしてもいいと思うほどに運命的でさえある。

     もちろんそんなことはない。単に二人の行動範囲がたまたま絡み合い、食の好みが合致しているだけの話だ。自分はともかく、相手はムロイのことなど認識さえしていないだろう。自分の没個性は誰よりも自分が熟知している。セールスマン――アオキと自分は大違いなのだ。

     気になることはすぐに調べる常で、ムロイはとうにアオキの正体を知っていた。失せ物探しで培われた技術を使うまでもない。彼はここチャンプルタウンのジムリーダーであり、数々のチャレンジャーの心を折っていく『普通』さを愛してやまない男だった。普通?どこがだ。アオキについてある程度調べたムロイの感想としては、この男性は普通からは程遠く異様だ。第一、何を持って普通と呼ぶのだろう?どうせ主観的にしか判断できやしないというのに、無欲そうでどこまでも頑固にしがみつく人間の姿はひどく眩しかった。

     自分にはあんな風に執着する勇気がない。せいぜい彼の食べっぷりに感心し、美味しい部分だけ追随するのが関の山だ。ゴーヤーチャンプルーを平らげると、ムロイは箸を置いて店員を呼んだ。

    「すみません、焼きおにぎり二個追加でお願いします、塩昆布と梅干し付きで」
    「良いけど、塩分取り過ぎじゃないかい?野菜ももう少し食べた方がいいと思うよ」

    ずけずけとした物言いは、自分が顔馴染みになった証左だろう。何度となくポケモンの落とし物探しを依頼されたこともあり、ムロイは曖昧な笑顔を浮かべた。外食三昧なのだ、健康に留意する云々以前の状態に決まっている。だが、細やかな普通の時間を守るためには相手の言い分を聞き入れることも必要だろう。

    「うーんじゃあ……焼きおにぎり一個にして、海藻サラダください」
    「了解。ムロイさんには長く通ってもらいたいからね」
    「はは、ありがとうございます」

    海藻サラダはメニュー外の品だ。裏メニューでさえなく、店主が自身の健康に留意して賄いに出すようになった一品である。とあるポケモンが落とす成分がミソで、そのために何度自分とイッカネズミが苦労したか知れない。おかげさまで海藻サラダはムロイに割安提供されるのだから、良しとしよう。

     気分を整えるためにミックス・オレに手を伸ばすと、ムロイは視線を感じて目玉だけをそろりと動かした。アオキだ、一体なんのために?自分が注意を引くような真似をした覚えはなかったし、話すきっかけはどこにもあるまい。たまに街で見かけた際、店を選ぶ参考にさせてもらっていることがバレたとも考えにくい。人を尾行する際にはもう一匹(と呼ぶべきか)の相棒であるワッカネズミにお願いしている。仕事の傍で、アオキがどの店に入ったか確認させたのは流石にやり過ぎだったろうか。

     しばし考えあぐね、ムロイは結局無視を決め込むことにした。袖擦り合うも他生の縁とは言うが、自分には関係ない。運ばれてきた海藻サラダに思い切りレモンを搾りかけると、ムロイは普通を満喫した。

     ただずっと、アオキがどんな顔をしてビーフシチューを食べているかは妙に気になって仕方がなかった。




    「すみません、今日は厨房器具の修理をしてるんですよ」
    「……そうでしたか。では、また今度に」
    「よろしくお願いします!」

    悲劇だ。口では愛想の良いことを返しつつも、アオキの気持ちは暗澹たるものになっていた。北1・2番エリアで新しいジムを作るかどうか、検討をする営業会議に出かけるまでは良い。この辺りに大きな街がなく、地形の面からもジムを作るかは今回も見送られたのも、織り込み済みの結末だった。問題は街がないというのは即ち料理屋の類もほぼないということで、事前に調べた目当ての店がほぼ唯一である。

     一応、チェーンの串焼き屋と流行りのキッチンカーが弁当を売りに出してはいるが、アオキの求める味わい深さからは程遠い。道も悪ければ運も悪い。空腹を埋めるためにはこの際チェーン店に行くより他にないのだろうか。あらゆる店で平準化された味を出せるというのは、普通を志す自分に通じるものがあるとも言える。串焼きにしようか、いっそ諦めてクレープも良いか。ポケモンセンター前の広場でぼんやり考え込んでいると、まるで白紙の中に放り投げられたように落ち着かない。日常がぐらつく。

    「あの、すみません」
    「……どちら様でしょう」

    空腹が頂点に達しようとしたまさにその時、背中から聞き覚えのある声がかかった。正確には、自分に向けられることのなかった他人の声である。先日の夜にも耳にしたはずだ、と思い返しながら振り向けば、やはりあのミックス・オレ男性が佇んでいた。

    「えっと、あの……あー、なんというか……美味しい店を知ってるんですけど一緒にどうです?」
    「は」

    天の助けである。寝耳に水の事態に、何を言い始めたのだろうとアオキはまじまじと相手を見つめてしまった。へどもどとした態度の男性は、それでもめげずに言葉を続けた。この胆力の強さは自分よりもよほど営業に向いているかも知れない。

    「角切屋、あそこの牛カツのお店が閉まってたから当てがないんじゃないかと……あなたのことは、時々見かけてました。変な話をしているのは承知してます。ただ、あなたがあんまりにも途方に暮れているみたいだから」
    「……変わった人ですね。ちなみにどこにあるんです、そのお店とやらは」
    「え」

    昼休憩の時間は限りがある。以上自体が飛び込んできたとはいえ、もはや日常は脱線した後だ。こうなれば時間内に全部収めるより他にない、とアオキは腹を括っていた。言い出した側の男性は一瞬目を泳がせると、知り合いの店なんです、とはにかんだ笑顔を浮かべた。

    「俺はムロイです。失せ物探しを仕事していて、こっちは相棒のワッカネズミとイッカネズミ。店はあっちです。筍料理、お好きですか」
    「自分はこういうものです。筍料理、良いですね」

    名刺を差し出しながらアオキはムロイの足元にじゃれつくネズミたちを見ていた。ノーマルポケモンの使い手という点は好感度が高い。ムロイの職業はあまり耳にしないものだが、確かにそれならば方々で顔を合わせるのも理に適う。自分が認識するくらいなのだから、相手が認識するというのも道理で、アオキは素直にこの遭遇を受け入れた。

     しかも、筍料理とは。この辺りを業務時間に歩いている際、竹林が見事だと耳にしたものの、調べた限り筍料理の店はなく忘却の彼方に葬ったのはもう随分前になる。足を運ばないうちに新しい店ができたのだろうか?ムロイが真実を口にしているのかどうか、他の人間であれば疑うだろう。だが、こんなにも普通の自分を狙って何になる。何をすると言うのだ。自ら非日常に足を踏み入れたアオキに、失うものはさほどなく、目下急務は休憩時間内に空腹を満たすことである。

     竹林に足を踏み入れて十分ほどだろうか、革靴の限界を感じつつ(新しく買うにはまだ早いと思うと惜しい)たどり着いたのは木造建築の家だった。伝統的な石造りの家か、整備された鉄筋コンクリートで作られた家が主流のパルデアでは珍しい。ムロイは慣れた様子で家の裏側に回ると、縁側に腰掛けていた老夫婦に手を振った。

    「約束通り、お昼食べに来たよ!友達も一緒なんだけど、大丈夫かな」
    「あんたが友達とは珍しい。一人くらい増えても大丈夫だとも。中に入って手を洗いな」
    「はーい。アオキさん、上がりましょう」
    「……ここは店なのでは?」

    店にしては妙に馴れ馴れしい。宝食堂の常連扱いとなった自分でも、ここまでの対応を受けることはないだろう。ムロイは縁側で靴を脱いで上がると、アオキにも脱ぐように促した。

    「月に何回か、知り合いだけに開く店なんです。半分は趣味みたいなものですね。俺が筍掘りを手伝うお礼として、事前に話をすればご馳走してくれるんですよ」
    「……素晴らしい」

    真実素晴らしいと思った。手を洗い、居心地の良い床に穴が掘られたテーブル席につく。老夫婦はホウエン地方出身なのだとムロイは説明した。夫婦は旅行中、ここの筍に感銘を受けて居を構えることにしたのだという。二、三やりとりをしているうちに台所の方からお膳を持った夫婦が現れた。ほわりと広がるのは出汁の香りだろう。悪くない。

    「はい、存分に楽しんでおくれね」
    「「いただきます」」

    筍ご飯に筍のホイル焼き、漬物、筍汁、煮物、天ぷら、胡麻豆腐に見えるがこれは筍が混じっているのだろうか?雅な細工を施した皿に盛られた料理たちは、気取らないが丁寧に作られたことが見て取れる。面白いのはリンゴのように剥かれた筍の横に、マヨネーズが添えられた逸品だった。他のものはさておき、こればかりは目にしたことがない。ここで採ったものは新鮮だろうが、まさか生なのか。逡巡していると、いつの間にかミックス・オレを片手にしたムロイが柔らかな声を発した。

    「生でも食べられる筍の種類があるんです。びっくりするほど美味しいですけれども、数が少ないから市場には出回らないんですよ。食べてみてください」
    「なるほど。……これはなかなかいけますね」
    「でしょう」

    しゃくしゃくとした食感に続いて、瑞々しい筍の汁がじゅわりと口の中に広がってゆく。繊維は柔らかく、うっすらと甘い味わいは果物のようだ。2回目はマヨネーズを、との勧めに従ってつければ、味わいは一層濃厚なものへと変化を遂げる。美味しい。目当ての料理は逃したが、十二分に価値がある時間を過ごしているとアオキは目を細めた。

    「ここね、誰も連れてきたことがなかったんです。でもあなたなら、喜んでもらえると思って」
    「……あなたは変わった人だ」
    「かもしれませんね。何にせよ、アオキさんが喜んでくださったなら何よりです」

    俺は美味しいものが好きですから、とムロイは言う。何にでもミックス・オレを合わせる人物の舌が確かとは言い難いが、間違ってはいないのだろう。さりげない、味のある店を探す人間に会うのは初めてだった。二人して静かに箸を動かす。胃袋が、空白が満ちてゆく。土産の筍ご飯お握りまで受け取って、昼休憩はギリギリ間に合った。

    「ありがとうございました。今度、お礼をさせてください」
    「楽しみにしてます」

    ムロイとはどこで会おう、どう連絡しよう、とも特に交わさず互いに分かれていった。自分達はどこかで胃袋に導かれて出会うと分かりきっている。足が向くのは落ち着きどころ、ムロイという同伴者がいるのは普通から逸脱しているが、向こうの知っている店を知る機会でもある。悪くない話だ、とアオキは結論づけた。仕事が食事に置き換わっただけの、『普通』の出来事と言って良いだろう。

    かくして袖は擦り合い、アオキとムロイはささやかなご飯仲間として過ごすようになった。ムロイという逸脱を受け入れた時点で既にアオキの普通は崩れているのだが、ごく当たり前のような顔をして分かれた二人に知る由はない。


    〆.
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    zeppei27

    DONE傭泥で、謎のスパダリ(?)ナワーブに悩まされるピアソンさんのお話です。果たしてナワーブの真意はどこにあるのか、一緒に迷いながら楽しんでいただければ幸いです〜続きます!
    ご親切にどうもありがとう/1 他人に配慮することは、相手に目に見えぬ『貸し』を作ることである。塵も積もればなんとやらで、あからさまでなしにさりげなく、しかし何とはなしに伝えねばならない。当たり前だと思われてはこちらの損だからだ。返せる程度の親切を相手に『させた』時点で関係は極限に達する。お互いとても楽しい経験で、これからも続けたいと思わせたならば大成功だ。
     そう、クリーチャー・ピアソンにとって『親切』はあくまでもビジネスであり駆け引きだ。慈善家の看板を掲げているのは、何もない状態で親切心を表現しようものならば疑惑を抱かせてしまう自分の見目故である。生い立ちからすれば見てくれの良さは必ずしも良いものではなかったと言うならば、曳かれ者の小唄になってしまうだろう。せめてもう少し好感触を抱かせる容貌をしていたらば楽ができたはずだからだ。クリーチャーはドブの臭いのように自分の人生を引きずっていた――故にそれを逆手に取っている。
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