厄災、後に光「外すから力入れとけよ」
そう言って日下部は腕を吊っていた三角巾を外す。骨は繋がったようだが、ずっと固定されていて固まってしまった腕は動かし辛かった。
「焦んな、ゆっくり伸ばせ。そうそう真っ直ぐにできるか?」
言われた通りに動かす。痛みはないが、土壇場で初めて発動させた反転術式は不完全だったのか、表面が引き攣るような違和感があった。
「腕触るぞ。痛かったら言えよ?」
日下部が肘と肩を支えながらゆっくり曲げたり伸ばしたりを繰り返し、二の腕の筋肉をぐっぐっと押しながら状態を確認する。
「指は?」
「大丈夫だ曲がる」
親指から順番に内側に折りたたみ、また開いてグーチョキパーとあれこれ動かしてやる。
「よし、そんだけ動くなら上等だな。つっても無茶はすんなよ」
うなづいてゆっくり肩を回してみる。固定されていたせいか最初はバキバキと音がして日下部を心配させたが、何度かやるうちに普段通りに動かせた。
「念の為同じ事を右腕でもやっとけ、左よりマシとはいえ無茶したのは変わらんからな」
「君は手慣れいるな。武術をしているとリハビリやストレッチも学ぶものなのか?」
「…あーまぁ、そういうのもあるけど……身内にそういうのがいてな」
日下部が頭を掻く。
「ま、そんだけ動かせるならもう三角巾で支えなくても大丈夫かもな。念の為に家入にも診てもらえよ」
「ああ」
日下部に見守られながら腕を曲げたり伸ばしたり捻ったりした。初めはあった引き攣りもだいぶ緩和したように思う。
不意にノックの音、2人して扉に視線を向ける。
「すみません、今大丈夫ですか?」
「おう伏黒か、大丈夫だ入れ」
日下部の返事に扉が開き、会釈をしながら伏黒君が入ってきた。
「あの…すみませんでした、俺が弱かったばかりに迷惑かけて」
深く頭を下げて言う。
「だーもう要らん要らんそういうのは」
苦笑いして日下部が肩をすくめる。
「あと、その日車さんと話したい事があって…」
少し気まずそうに俯いて言う。
「俺はかまわない。聞かせてほしい」
伏黒君は顔を上げて話出そうとして思い直したようにもう一度口を閉じた。そしてしばらく考えた後に遠慮がちに口を開く。
「本当は虎杖が直接言った方がいいと思ったんです。…でも、日車さんは虎杖を避けているみたいだったので…俺から話したいと思ったんです」
「ああなぁ。お前露骨なんだよ」
言われて俺は目を伏せる。おめおめ生き延びてしまった引け目から虎杖と対面すると気まずく、あの時託した剣が役に立たなかった事も申し訳なかった。
「俺も…自分に生きる価値が無いと思いました。自分の弱さでたくさんの犠牲を出して、それでも尚生きようとは思えなかった」
伏黒君は一旦言葉を切り俯く。次を切り出すまで覚悟を決めているのだろう。その間日下部はポケットをあさって飴を取り出すと、一本を俺にすすめた。それを断って話の続きを待つ。
「…俺は自分を責めてみんなに合わせる顔がなかった。でもそんな俺にですら、あいつは言ってくれたんです。『生きてほしいとは言えないけどお前がいないと寂しい』…と」
俺は目を閉じて仰ぐ。虎杖の真っ直ぐな優しさと強さが痛いほどに理解できた。池袋で感じたあの焼けるような光。
「だから俺も、日車さんにも生きてほしいって思うんです。……すみません。迷惑をかけた身でこんな事言える立場じゃないのはわかってはいるんですが…」
「…ああ。ありがとう、本当なら俺がちゃんと虎杖と向き合って聞かなくてはいけない話だったな。君に無理強いしてしまった…申し訳ない」
「…だとよ!そこで聞こえてんだろ、さっさと入ってこい虎杖!」
日下部がやってられないと言いたげに大きく伸びをした。俺と伏黒君で扉の方を見やると、ゆっくりおずおずと扉が開き、虎杖が入ってくる。
「ごめん日車、本当は俺が言わなきゃいけなかったのに伏黒に代弁させて。…俺、日車が生きていたくないくらい辛い事を経験したのもわかるんだけどさ、でもやっぱり日車がいなくなるのは…嫌だ。ごめん俺のわがままばっかりで」
虎杖は弱り切った顔で笑う。俺は……。
「お前らぐだぐた面倒くさいんだよ。生きてたら丸儲けだろ。申し訳ないと思ってんだったら生きて背負ってくしかねぇだろ」
俺の頭をくしゃくしゃと撫でて日下部が言い放つ。
「俺は……こんな俺でも生きている事が許されるのだろうか…」
「許されるよ!…とごめん、そう思う。日下部先生が言ったみたいに生きて責任背負っていこ、俺も、俺も自分がした事そうやって生きてく。だから、日車も一緒に」
敵わないなと、思った。目の前に手が差し出されている。手を取ると若い力で強く握られた。