通りゃんせ通りゃんせ通りゃんせ
ここはどこの細道じゃ
天神さまの細道じゃ
◆◆◆
呼び出されて久方振りに高専に来ている。先の死滅海游だの宿儺との大戦だので彼方此方の結界が綻びを来たしており、それの修復に助力して欲しいとの事。こちらが命懸けで繕った所でどうせ非術師共は理解も感謝もせず識りもせず暮らしていくだけ。全く割に合わぬ。せめて気晴らしに何か──おや、あれに見えるは……丁度良い。少しばかり揶揄って遊んでやろうぢゃないか。
「やあやあ日車寛見君だね?」
狭い廊下、立ち止まり振り返る姿見は如何にも生真面目で潔癖。
「予々お会いしたいと思っていたよ。弁護士先生なんだってね?伊地知が呪術界の法整備をしてもらって助かったと言っていた。それだけでなくたったの数ヶ月で一級認定とは恐れ入る。天才術師との称号も伊達ではないようだね」
「失礼、どなたでしょうか?それと今はもう弁護士ではありません」
「これはこれは失敬。私は宇佐美と云う者だ。君と同じ一級術師だよ。今術師界隈では君の話題で持ち切りでね。たった数ヶ月の経験だけであの宿儺との大戦を生き抜いたとかなんとか。君、まるで英雄ぢゃあないかってね」
日車の表情が曇る。勿論こちらはこの者が大戦後に高専から離脱した事、自らの罪を非術師の法で裁かれたかったが叶わなかった事、その後の処遇に総監部があの手この手で術師界隈に引き留めた事は聞いている。そして、あの日下部がそれに一役買って出た事も。
「…英雄は私ではなく学生達でしょう。私は最善の策を持っていながら使いこなせず敗北しました。その後を戦い抜いたのは…」
「──嗚呼知っているよ。知った上で言っているんだよ」
「皮肉ですか?」
「話が早くて助かる」
「初対面のあなたに何故こうも嫌われているのか解りませんが…その様子でしたら先約がありますのでこれで失礼させて頂きます」
「おや?嫌っているのが解ったのかい?流石は天才だ。…まぁ待て、君とはこんな話をしたかった訳ぢゃないんだよ」
返しかけた踵を止め、日車は顔色ひとつ変えずにこちらを見据える。
「君……君さぁ、日下部のお気に入りなんだって?」
抑えなくてはと解りつつも、口元が弛む。心底愉快でニヤニヤと嗤ってしまう。
「…お気に入りとは?」
「君をこちら側に引き留めるのにアレが尽力したそうぢゃないか。あのお人好しの人たらしの朴念仁が…」
「日下部はその様な低俗な人物ではない」
キッパリと日車が言った。僅かに眉間に皺が寄っている。成る程、能面のお人形さんと言う訳でも無かったか。これは失策ったなぁ。さあてどうしたものか………。
「おっなんでぇこんなとこにいたのかよ。何してんだよお前、図書室前に来いってメールしたろが」
「おや、噂をすればなんとやら」
「あ?うわっ宇佐美!?え、なに、日車お前こいつと知り合いだったの?」
「いや、先程声を掛けられただけだ」
「君……昔馴染みにうわっだなんて失礼ぢゃないか?」
「あーはいはいごめんごめんすいませんでした」
「気の無い謝罪は受けたくないね」
「つかお前も来る?」
「…主語から話たまえ」
「今から日車と飯行くんだけど」
「それに私も同行しろと?」
あっけらかんと全く……少しは場の空気を読んだらどうだい。日車君も呆れているぢゃあないか。本当にこの男は……調子が狂う。
「…宇佐美さんが来られるのであれば俺は遠慮させてもらう」
「は?」
「私も同感だ」
「ほ?」
全く何なのだこの男は。莫迦なのか阿呆なのかその両方なのか。
「…先約は君だったのだろう?だったら君が行くべきぢゃないかな」
「……どうも」
「ほんじゃ、またな」
日下部は背を向けてヘラヘラと去っていく。その後を日車君が追う。
「…君、彼とは長いのか?」
「ん?ああ、同期」
「そうか…」
「あいつおもしろい奴だったろ?変なとこあるけど」
「……同意しかねる」
2人の雑談が遠のいて聞こえなくなるまでぼんやりと見送る。あの日車君とやらを謁見できただけでも収穫だ。
「…まぁ面白いものが見れたので良しとしてやろう」
それにしても日下部は全く。一目視て解る程べったり彼を自分の残穢で塗れさせておいてあの涼しい顔はどうだ。お前ならもっと痕跡も解らぬよう纏わす事もできる癖に。あれはわざとか将又無意識なのか。是非とも烏女に感想を賜りたいものだ。して日車君もあれが視えているのかいないのか。視えていて受容しているならお互い似たもの同士お似合いか。しかしあの根無草の薄情者がこうも変わるとは……。
「くふ……くわばらくわばら」
独りごちた嗤いが狭く長い廊下にカラカラと響いて消えた。
◆◆◆
行きはよいよい帰りはこわい
こわいながらも
通りゃんせ通りゃんせ