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    maru_chikaita

    千至好きな字書き。
    ここは千至の短い文章置き場です。

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    maru_chikaita

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    2021ジュンブライベスト裏側の千至のお話。
    【千至】幸福フューチャーズ

    雪白東の知人から依頼された、結婚式のコンサルティングと披露宴での芝居。
    いよいよ明日に本番を控え、卯木千景はMANKAI寮の一〇三号室にて結婚式で着る上下黒のスーツを用意する。ガーメントバッグにスーツを仕舞いながら、これを着て左京さんと並んだらなかなかの迫力だろうね、と他人事のように考えた。
    完全なる「玄人」の左京を隣に置きながらそれに負けないどころか、同室人に言わせれば「先輩の圧勝」と言われる自分の雰囲気に千景は一切頓着しない。言われても「そうかな」と胡散臭い笑みを浮かべて終わりだ。
    そんな同室人――茅ヶ崎至は、部屋中央のソファを挟み、向かって右側のスペースで三つ並んだディスプレイを睨んでいた。中央の画面にはゲームの試合風景。右側にチャットのテキストが流れ、左側にはプレイ中のゲームとは無関係の動画が流れる。
    千景はソファ越しにちらりと見遣り、まるで聖徳太子だ、と無言で息を吐いた。しかし、ここで千景が「そろそろ部屋を片付ければ」と声を掛けても、どうせその言葉は至の耳には届かない。散らかった部屋の床を見て、来週末辺り掃除の頃合いだろうか、と千景は考えた、その時。
    至はキャスター付きのゲーミングチェアを後方に滑らせ、ソファの背凭れ越しに千景を見た。ごろごろと車輪が床に擦れる音が聞こえて、何、と千景は肩越しに振り返る。直後、千景は軽く目を瞠った。
    二人の間には、黒色の三人掛けのソファ。至は右手にランスロット、左手にガウェインのフィギュアを持ち、二つ揃えてソファの背凭れに置いた。
    ランスロットのフィギュアがガウェインのランスロットを見る。至はランスロットのフィギュアを操りながら、かつて舞台で演じた「ランスロット」の声ではなく、至の声のままで台詞を口にした。
    『先輩、ご結婚おめでとうございます』
    『ああ、ありがとう』
    自身の台詞に続き、至は少し声を高くして千景の台詞を声に出す。唐突に人形劇を始めた至を、千景はソファ越しにじっと見つめた。
    『本当に目出度いですね。先輩が人並みに結婚できるなんて。ぜひすてきな家庭を築いて、末永くお幸せにお過ごしくださ、い……』
    へらりと緩んだ表情で言葉を紡いだ至が、不意に口元から笑みを消し、そして、言葉も消す。口を噤んで声を止めた至は、瞼を伏せて唇に苦みを滲ませた。
    『あー、ちょっと、俺は結婚式に参加できないと思います。すみません』
    ってことで、と至は瞼を持ち上げ、ソファの背凭れ越しに千景を見据えた。
    「ってことで、俺は欠席でヨロです」
    「突然、どうした」
    ようやく視線を向けた至に、千景は怪訝に眉根を寄せた。至は唇に苦いものを残したままで、それでも真意の見えにくい曖昧な笑みで話を続ける。
    「ちょっと変なこと言いますけど」
    「お前は変なことしかしないし、言わないだろう」
    「だから、その延長線的な何かです。つまり、俺を先輩の結婚式に呼ばないでくださいね、ってことです」
    「は?」
    至が淡々と告げた台詞に、千景は思い切り顔を顰めた。誰が、いつ、結婚するんだ。意味が分からない。明日披露宴で芝居を見せる身でありながら、千景は結婚式という行事に一切興味がなかった。何を言ってるんだ、お前は。
    千景は呆れた目を向けようとするが、先に至が千景から視線を外した。口元には、相変わらず微妙な笑みだけが残る。
    「先輩って、参列者に笑顔が溢れるような結婚式にしたいんでしょ」
    「……ああ、あれか」
    至の言葉を聞き、千景はようやく納得する。結婚式のコンサルティングを一任された東が、参加する劇団員に「どんな結婚式を挙げたいか」と質問した。東相手にはぐらかすわけにいかず、かといって突然結婚に興味が持てるはずもなく、我ながら無難な回答を出来たと思う。
    その話が、何らかの流れで至の耳に届いたのだろう。
    常の至であれば「先輩が結婚とか似合わな過ぎてワロス」とあっさり流しただろう。そのくらいに、この男は精神が強いし、そもそも自分以外の人間に対して意識がすこぶる希薄だ。千景が「明日から長期出張に出て三年は戻れない」と言い出しても、今みたいに中途半端に笑って「いてら」と返したに違いない。
    そう思って、いたのだが。
    至は相変わらず千景を見ない。目線を脇に外したままで、つらつらと言葉を口にする。
    「俺は、ほら、皆みたいに真っ直ぐ笑うのが得意じゃないし、結婚式にまったく似合わないっていうか、何か、先輩が神様の前で愛を誓ったり、見世物みたいにファーストバイトなんてしてたら飯噴ものなんでしょうけど、そういうのはちょっと笑いのツボが違うっていうか、笑えないと思う気が、して」
    至の声が徐々に萎み、口元に滲んだ笑みが薄くなる。それでもかろうじて唇に浅い弧を描き、至は口を閉ざした。
    そう、きっと、千景が去ると言い出した時に、至はこんな顔で見送るのだろう。それは、決して、至が何一つ痛みを感じていないわけではなく。
    「……ちなみに、茅ヶ崎はどんな結婚式が挙げたい?」
    「え?」
    突然話を振られ、至はぱちりと大きく瞬きする。ほら、言って。千景が顎をしゃくって促し、ええと、と至は視線を彷徨わせた。
    「全然想像つかないですけど、今どきのチャペルみたいに縁もゆかりもない神父の前じゃなくて、どうせならナイランのアーサー王に永遠の愛を誓いたいですかね。ほら、前にナイランの地方公演の時にテーマパークに寄ったじゃないですか。ああいう場所ならはまりそうですよね」
    「なるほど。あそこなら貸し切りしやすそうだね」
    分かった、と千景は頷き、ゆったりと歩いて部屋中央のソファに腰を下ろした。至が両手に握り締めた二つのフィギュアのうち、ランスロットだけを手に取り、千景は握り締めたフィギュアを真正面から見つめる。
    「そんなムード満点の場所で、俺が一人きりで式を挙げるなんてあまりにも間抜けと思わないか、相棒」
    「は?」
    何言ってるんですか、と呆けた顔で眺める至に、茅ヶ崎は来ないんだろう、と千景は唇を歪めた。
    「茅ヶ崎が結婚式に来ないなら、俺は一人きりだ」
    「いや、あの……」
    「新郎一人では到底笑顔になれないし、やっぱり結婚式は中止かな」
    残念だね、とランスロットのフィギュアに語り掛ける千景に、至がソファの背凭れ越しに手を伸ばす。むんずとランスロットのフィギュアを掴み、踵を返して自分のパソコンデスクへと戻った。ランスロットとガウェインのフィギュアを並べて机に置き、至はすぐにソファへと戻ってくる。
    背凭れ越しに見つめる至の表情。唇を僅かに尖らせ、拗ねた色が垣間見える。腹の奥から込み上げる笑いの衝動を、千景は懸命に押し返した。顔には、相変わらずの胡散臭い微笑だけ。
    「ランスロットとガウェインが結婚するのは、俺がアナフィラキシー並みの解釈違いを起こします」
    「面倒くさいオタク、乙」
    「先輩に面倒くさいって言われたくないです」
    至は今度はゲーミングチェアではなく、ソファの正面に回って千景の隣に腰を下ろした。不貞腐れた顔を見せ、半眼で千景をじっと見る。
    そして、僅かの後、至の瞼が持ち上げられた。紅赤の双眸が完全に姿を見せ、千景の姿を捉える。至は膝に両手を置き、千景に視線を残したまま頭を下げた。
    「だから、えっと、フィギュアじゃなくてこっちの方をよろしくお願いします」
    「ぷっ」
    「ここで笑うのはあまりにも失礼すぎる」
    むかつく、と舌打ちされ、ごめんね、と千景は珍しく素直に謝った。至は間近でじろりと睨み、すぐに表情を戻して「まあ、いいですけど」とにやりと笑む。
    「俺も、幸と莇にデコられてる先輩見て爆笑しますし、どうせ。だから、結婚式での笑顔担当は任せてくださいね」
    「構わないよ。俺も花嫁姿のお前を見て確実に笑うからお相子だ」
    「えっ、俺ってそっち側の格好なんですか」
    まじで、と嫌そうに顔を顰める至に、どっちの茅ヶ崎も隣で見せてよ、と千景は耳元で囁いた。



    【幸福フューチャーズ】おわり
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