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    maru_chikaita

    千至好きな字書き。
    ここは千至の短い文章置き場です。

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    maru_chikaita

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    pixivにアップした【アンダンテ・スピアナート】のつづきです。
    山に行ったあとは海に行く千至。
    3まで書く予定です。

    【アンダンテ・スピアナート 2】よく晴れた、ある土曜日。
    茅ヶ崎至は仕事が休みにも関わらず珍しく早起きし、ガレージキットの即売会の為に臨海地区の展示会場に向かった。
    目当ての品は、来年発売予定の新作フィギュア。即売会開催期間中、試作品が展示されるとの案内が至の元に届いた。何としても、通販予約開始前に実物を確認しておかなければならない。千景がいればきっと「無駄すぎる使命感」と一蹴しただろうが。
    電車を乗り継ぎ、臨海地区の会場最寄駅へ向かう。至と同じく即売会へ向かう猛者。確実に目的地が違うであろう、家族連れ。付合いたてらしき、微妙な距離感のカップル。朝早いのに、電車は割と混み合っている。
    今回、至の目的は買い物ではない。なので、電車内の同胞たちよりも幾分余裕ある心持ちで会場に向かった。最寄り駅に到着し、会場で目的の試作品の出来映えを確かめ、適当に会場内をひやかしてから帰途につく。
    大量の荷物を抱えた乗客が多い中で、ボディバッグだけを身に付けた至はドア傍でスマートフォンを手に取った。今回確認した試作フィギュアの予約開始日をスケジュールアプリに登録。続けて、ついでに目についた別の模型の予約日も登録しておく。到着日が待ち遠しい、と考えてから、ふと、至は眼差しを遠くした。
    (また先輩に文句言われるだろなー……)
    まあいいけど、と心の中で付け足した。ちっともよくない、茅ヶ崎。卯木千景の声が脳内に響いたが、至はそれを聞かなかったことにする。
    MANKAI寮の一〇三号室で暮らす、千景と至。最初は夜ごと姿を消していた千景だったが、春組第四回公演千秋楽を終えた頃から出張の時以外は夜も一〇三号室で過ごすようになった。とはいえ、出張の頻度は高く、月の半分は部屋にいない。
    しかし、冬組第四回公演を迎えた頃には出張の頻度が徐々に減り、春組第五回公演を終えた今となっては月に一、二度の出張を除いてほぼ寮の部屋にいる。
    そして、千景の滞在時間に比例して、至に対する小言も増える。
    このフィギュアの価値がわからないなんてかわいそうですね、先輩は。まったく理解したくないし、一生可哀想で結構だ。容易く想像できる、近い未来の二人の遣り取り。素っ気ない態度と、冷たい台詞。片付けろとうるさいくせに、部屋に転がしても勝手に捨てたりはしない。
    そんな千景は、木曜から出張にでている。三泊の予定で、明日には戻るという話。へえ、そうですか、週末に出張なんて流石社畜先輩。至の軽口に対して、千景は「北海道土産を買ってくるよ」と応えた。行先なんて訊いていないのに。どうせ、嘘だ。はいはい、と至は適当に流した。北海道土産なんて、東京の店でも余裕で買えてしまう。
    乗換アプリで天鵞絨駅の到着時刻を検索する。即売会会場に長居しすぎた。帰ったらちょうど夕食の時刻だ。今日の当番は監督さんだっけ。つまりは、カレーか。はは、と引き攣った至の顔が電車の窓に映った。窓越しの空は、東の縁が僅かに茜色に侵食される。
    臨海地区を縫うように抜ける高架の走行路。大きな橋を渡り、ぐるりとカーブを描き、やがて、対岸の駅に到着する。終点だ。
    電車を降り、至は乗り継ぎ駅に向かう人波に混ざる。埠頭の間近に迫るビル群の壁。それでも、頬を撫でる風は天鵞絨駅のそれよりも強く、ぬるい。肌がべたつくような独特の感覚。風が吹いたほうを、何となく見る。あっちが海が、と眺めた至の視界を、見知った影が横切った。
    (え……?)
    今しがた、すれ違った男。先輩、と咄嗟に飛び出しそうになった声を、至は慌ててぐっと吞み込んだ。千景がこんな場所にいるわけがない。今は北海道にいるはず。そう、いる「はず」だ。逡巡は一秒にも満たなかった。
    「よし、俺は何も見なかった」
    至は一度だけ瞑目し、乗り継ぎ先の駅へ向かう、否、向かおうとしたのだが。
    「俺達はどうしたってこの街で出会う運命なんだな」
    「は?」
    「なんてね」
    驚愕を混ぜた至の声と、背後から聞こえたよく知る笑い声。そして、突然に至の腕を包んだ体温。背後から手を掴まれ、ぐいと後方に引っ張られる。振り返れば、眼鏡越しに薄花色の瞳がにたりと細められた。
    「奇遇だな」
    「……俺は何も見てませんよ」
    「もう手遅れだ」
    千景は手を離さず、そのまま至の目的地とは逆方向へ歩きだす。ずるずると引きずられ、至は早々に諦めて千景について歩くことにした。駅舎を出れば、潮風がさらに強くなる。ビル群を背に片側三車線の広い道路を渡り、高速道路の下を潜る。コンクリートの箱のような建物の間を抜けれは、青と茜を混ぜた光が滲む海が見えた。埠頭には小さな船舶が並び、少し離れた場所に中型の客船が停泊する。
    「あれに乗ろう」
    客船を指差して告げた千景に、どうしてですか、と至は至極尤もな台詞を吐いた。
    「夜まで時間を潰したい」
    ずっと一人でうろついていたら怪しまれるからね。千景の口から出たのは、すこぶる物騒な台詞。唇に人差し指をあて、内緒だよ、とウィンクしてみせた千景に、はあ、と至はやる気のない相槌を打った。
    「ラスボスの共犯なんて物騒すぎる」
    「そういうポジション、お前は結構好きだろう」
    軽やかに笑い、千景は至の手を引いて券売所へ向かう。至の返事を待たずに二人分のチケットを買い、乗船される方は、と埠頭に流れるアナウンスを聞きながら乗船口へ向かった。係員にチケットを渡し、迷うことなくタラップを渡って客船に入る。
    「船のレストランで、食事もとれるらしいよ」
    入口すぐに設置された看板を示し、千景が肩越しに振り返った。お前に借りを作ったことだし、フルコースでも奢ろうか。千景の言葉に、至は首を左右に振った。
    「返してもらいすぎて、お釣りがでると怖いんでいらないです」
    「そう」
    じゃあ、上に行こう。千景は至の手を離さない。螺旋状の階段を上がり、最上階へと向かう。喫茶室兼、ラウンジのようだ。家族連れや一人客がちらほらと見えた。千景と至は窓際のテーブルに向かい合わせで腰を下ろす。そこで、ようやく二人の手は離れる。
    停泊中の船は、波の動きに合わせて微妙に揺れる。ふわふわと足元が覚束ない感覚。フルコースの代わりに、と千景はサンドイッチとコーラ、そして、自分用にホットコーヒーを注文した。
    ピイーッ。
    汽笛の音が船中に木霊する。出航だ。客船は緩やかに動き出し、陸地が徐々に遠くなる。穏やかで、それでも波立つ海。茜色の領域が増える。もう日没が近い。
    窓の外には、タラップと先程チケットを渡した乗船口が見えた。港の係員が客船に手を振り、家族連れの子供が窓に貼り付いて懸命に手を振り返した。それを見た千景が口元を歪めて話す。
    「お前も手を振ってみたら?」
    「はーい、先輩、笑ってくださーい」
    「俺にじゃない」
    至が外用の笑顔でひらひらと手を振れば、千景の唇の端がぴくりと震えた。至は僅かに舌を出し、窓越しの景色を眺める。
    「この船って、どこに向かうんですか」
    船乗り場は後方に去り、見慣れない港の施設が眼前に現れた。レストラン付きの船だから、景観のいい場所を適当に回るのだろう。おおむね二時間程度の航路といったところか。至が適当に予想しつつ質問すれば、そうだね、と千景は相槌を打ってから一瞬だけ黙った。
    「俺の故郷」
    「は」
    「にもつながる、空の玄関口」
    空港と、夢の国の傍も通るよ。湾をぐるっと一周して元の場所に戻る。千景はコーヒーカップの周囲に円を描くようにして人差し指を滑らせた。ふうん、そうですか。至は聞き流すような相槌を返し、ふたたび視線を窓の外に投げた。
    海沿いの倉庫街。コンテナを運ぶ巨大なクレーンが、夕陽の光を背負って聳え立つ。それをぼんやり眺めるうちに、船は白い橋の下を潜った。ついさっき、俺は一人であの橋を電車で渡った。何だか不思議な気分。至はぽかんと唇を開いて眺めた。
    「お前は、今日はどこにいたの」
    「ガレージキットの即売会です」
    「ああ、あそこの会場か」
    なるほど、と頷いた千景は、僅かに視線を鋭くした。う、めっちゃ睨まれてる。何も買ってませんよ、まだ、一応は。三か月後に届いちゃいますけど。至は誤魔化すように笑い、千景から視線を逸らした。
    「お前は、」
    「今度は何ですか」
    窓から視線を外さずに返事すると、こっちを見ろ、と言わんばかりに千景に手を掴まれた。はあ、と至は仕方なく正面に座る千景を見る。
    「お前は、俺がなぜここにいるのか訊かないんだな。それどころか、見ないふりをしようとした」
    「だって、先輩は俺にそうしてほしいでしょ」
    「さあ、どうかな」
    飄々と返事した至に、千景はテーブルに肘をついて挑むような眼差しで見据えた。至は一切動じずに、肩をひょいと竦める。
    「見てほしい時はちゃんとそう言ってください。俺はそういう空気を読むのは苦手なんです」
    「空気読みは得意そうなのに?」
    「先輩相手だとデバフがかかるんです」
    へらりと笑って応える至に対して、千景も淡い笑みを向ける。胡散臭い笑顔を向け合う二人の傍らで、家族連れが賑やかな声を放った。あれってもしかして。ああ、そうじゃないかな。喫茶室に響いた声に二人の緊張感は緩み、千景が至から手を離して唇を解く。
    「そろそろ空港だ。デッキに出てみよう」
    おいで、と千景は告げて、振り返らずにデッキに出る。至は千景に続いて喫茶室を出て、デッキに繋がるドアを開いた。
    「うわ、」
    ドアを開いた途端に、強烈な海風が全身に叩きつける。さすが海の上。陸とは比べ物にならないくらい風が強い。うわ、うわ、と至は声を洩らしながら何とか甲板に出た。先に出た千景は甲板の先端でその身を風に晒す。鶯色の髪が風に煽られる。
    「髪が潮風でべたべたになりそうです」
    「なりそう、じゃなくて確実になるよ」
    「先輩のさらさらヘアーはどうせチートパワーで除外でしょ。むかつく」
    「生まれつきの髪質だ。諦めろ」
    笑いながら告げた千景を恨めしげにひと睨みし、至はそのまま甲板の最後尾まで歩いた。柵から上体を乗り出せば、船に割られた波が白い泡を立てる。西日が反射して、眩しい。顔を顰めた至の傍らで、千景が「あれだ」と海の向こうを指差した。
    「あれが、空港だ」
    千景の長い人差し指の先端を見れば、離陸する飛行機の機影が見えた。見慣れない機体の模様と、日本語ではない航空会社名。目を凝らして読み取ろうとするが、上昇した機体はあっという間に小さくなった。
    「あの飛行機、どこに行くんでしょうね」
    「この時刻ならデリー行きかな」
    「さらっと暗記してる、ワロ」
    軽口を返し、至は空港を眺めた。何度も足を運んだことのある場所だが、海側から見たのは初めてだ。しばらくの間眺めるうちに、また別の機体が飛び立つ。茜色の空に溶ける白い機影。その姿が豆粒になり、至は唇を薄く開いた。
    「先輩は、どうします」
    「質問してくれたところを悪いけど、質問の意味が分からない」
    「あの中の、どの飛行機に乗って帰ってきたことにしますか」
    着陸待ちで空をぐるぐると回るジェット機を指差し、至はあらためて問い掛けた。先程から至を「お前」と呼び続ける千景。一度も名前で呼ぼうとしない。つまりは、やはり、そういうことなのだろう。
    「そうだね。明日の昼過ぎの便がいいかな」
    「りょ」
    「それまでの間、俺はここにはいない」
    「ということは、俺はずっと独り言ばっかり言ってるわけですね。めちゃくちゃやばいじゃないですか、俺って」
    軽快な声で返し、至は柵越しに海を眺めた。船で陰になった部分が、漆黒に染まる。根っからのインドア派の至は好き好んで海なんて見に行かない。運動神経も死滅している。落ちたらひとたまりもないな、と思いながらも、吸い寄せられるようにじっと黒い水面に見入る。
    波が立ち、割れて、黒い渦が生まれる。ぐるぐると、まるで催眠術のように。至はその渦の中心をじっと見つめた。
    直後、ぐいと背後から強い力で引っ張られた。本日二度目の感覚。しかし、今日の再現とはならず、至の身体はそのまま千景に背後から抱き締められた。身体の両側から伸びた千景の手が、至の身体を捉える。え、と至は唇を引き攣らせて停止した。何だ、この状況は。無言のままで暫し佇み、至はゆっくりと口を開く。
    「あー、えっと、もしかして豪華客船エチュードですか」
    裏声を使って有名映画の主題歌を英語で歌い出した至に、違うよ、と千景は至を抱き留めたまま耳元で告げた。じゃあ、何ですか、意味が分からん。憮然と続けた至に、そうじゃない、と千景は再度否定の言葉を口にする。
    「俺は、今、ここにいないから」
    「それはさっき聞きました」
    「だから、これは俺じゃない。俺じゃないけれど」
    耳元で、多分、至だけが聞こえるぎりぎりの音量で、もしも茅ヶ崎が海に落ちたら、と千景は声に出した。至の鼓膜を揺らす千景の声。茅ヶ崎、と響いた音が、至の胸をぐらぐらと揺らす。
    「今度は、一人きりでは行かせない」
    「今度は、って何ですか。俺は海に落ちたことなんて、」
    「茅ヶ崎は何でも一人で成し遂げてしまうだろう。この間の公演だって、成功したのは茅ヶ崎のおかげだ」
    千景が付け足した台詞に、なるほど、と至は頷く。そして、それ以上に深く聞こうとしなかった。一人で海に落ちた、誰か。その存在を確信しながらも、至は一度だけ瞑目して胸の奥に仕舞いこむ。
    千景の腕に手を掛け、軽く押す。そうすれば、拍子抜けするくらいにあっさりと千景の手から力が抜けた。踵を返せば、千景は困ったように眉尻を下げてこちらを見ている。先程までの強引さが嘘のように、今はもう所在なさげに佇んでいた。
    至は千景に真正面から向き合い、千景の両手を握った。真っ直ぐに見据え、唇の端を持ち上げる。
    「てか、俺が海に落ちて溺れたら普通に迷わず助けてください。チート先輩なら俺を助けるくらい余裕でしょ」
    「でも、俺は、今、ここにいない。いつだってお前の傍にいられるわけじゃない」
    「先輩が助けにくるくらいまでは頑張ります。でも、俺の運動神経はお察しなんで」
    できるだけ早く帰ってきてくださいね、と至は笑い、千景から手を離した。千景は常の薄笑みに苦みを混ぜる。
    「やっぱり予定が早まったことにして、明日朝イチの便で戻ることにしよう」
    「じゃあ、俺はそれまでの間、頑張って犬かきでもがきます」
    「はは。お前はどうせ朝方までゲームして、昼過ぎまで爆睡だろう? だから、まあ、起きた後でいいから」
    千景の右手が伸び、至の蜜色の髪を一房掬った。潮風で湿った髪を、千景は親指の腹で緩やかに撫でる。
    「そこにいるべくしている俺を、その目で見てほしい」
    そう告げた千景の表情が、陰に隠れた。僅かに顔を覗かせていた夕陽が、完全に水平線へと姿を消す。それでも、淡く微笑む唇の形だけはかろうじて見て取れる。
    (今、それを言っちゃうんですね、先輩は)
    嘘を吐くには、真実を混ぜるのが肝要。千景を取り巻くすべてはあまりにも虚構に塗り固められていて、しかし、きっとこの男はこういう場面で完全な嘘を吐かない。吐けない。
    「俺は、千景さんを、ちゃんと見ますよ」
    至は背伸びして千景の耳元で囁くと、朝方までのゲームの予定をこっそり消して「午前二時就寝」と書き換えた。



    【アンダンテ・スピアナート 2】おわり
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