Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    mtn_xxx_

    @mtn_xxx_

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 1

    mtn_xxx_

    ☆quiet follow

    スノウ様とフィガロが雑談しているだけのSSです。

    #まほやく_SS
    mahoyaku_ss

    21gの絵本「知っておったか。魂の重さとやらは21gらしい」

    唐突に、スノウ様が俺を振り仰いでそう言った。今日はホワイト様とは別々に過ごす日らしく、寂しいからと半ば無理やりお茶会に誘われ、魔法舎からほど近い野原でお喋りに興じていたが、いつの間にか同席していた子供たちは川遊びに夢中だ。夏にぴったりの微笑ましい光景を横目に木陰で涼んでいる俺たちの足元には猫。南の国に比べれば湿度も低く、風もそよいで眠たくなるような穏やかさと倦怠感。テーブルの上に山ほどあった菓子もオーエンが強奪していったし、お開きの空気を感じて食器類を片付けながら向かいに目を向ける。

    「誰に聞いたんですか」
    「シャイロックが言っておった。人間は死後、21g軽くなるそうじゃ。それが魂の重さだと」

    なるほど、彼が好きそうな小咄だ。酒の席に於いて真偽はそれほど重要じゃない。中々膨らませ甲斐のありそうな話題だし、スノウ様に振る舞うツマミとしてはさぞや味がするだろう。与太話だとしても、暇つぶしには丁度よさそうだし、乗っかるとしよう。一度片づけたテーブルの上に綺麗なポットを用意し、茶葉と湯を入れて蓋をする。すでに漂う柔らかで上品な香りに、流石は皇室御用達だと差し入れてくれたアーサーの顔を思い浮かべながら真白のカップを手繰った。

    「たった21gか。それがなければ死ぬっていうのに、随分と軽いんですね」

    そもそも、実態がないのだから何と比較して軽いか重いかを判断すればいいのかも分からないが、俺たち魔法使いが死後成り果てるマナ石は、少なくとも21gを超えるだろう。もちろん個体差はあるが、長い年月を生きていたものが質量あるものに変化して、吹いて飛ぶほど軽いという事はない。けれど、マナ石は量より質だ。重ければ偉いという事ではないし、それで人間より魔法使いの方が偉いということもない。それでも……俺は聞いたことがなかったけれど、死後、遺体が21g軽くなることには恐らく医学的根拠があるだろう。それを魂の重さだと言うのは、些か軽微な気もする。命の価値も、尊厳も。
    足元の猫を拾い上げ、自分の膝の上に乗せたスノウ様が愛おしげにそれを撫でた。

    「だから価値があるんじゃろう。たったそれっぽっちを、失くしてはならんのじゃ」

    小さな手が形をなぞるようにしなやかな背の上を滑る。穏やかに細められた瞳は、目の前の生き物よりずっと遠くを見ているらしい。失くしたのではなく、一度奪ったその価値を誰よりよく解っているのだろう。ふたつのカップに紅茶を注ぐと、沈みかけた空気を一瞬で華やかな香りが攫っていった。

    「それで、思い出したことがあってのう。ほれ、昔、北西の辺鄙な村にルーシーという幼い魔女がおったじゃろう。人間の男に惚れ、自分と同じく長生きさせようと、あれこれ試しておった」

    懐かしむような声色につられて、俺も記憶を辿ってなんとなく空を仰ぐ。そういわれてみればそんな名前の魔女がいたような気もするが、数百年、数千年と生きるくせに、魔法使いも人間と同じ脳みその造りなもんだから、よほど印象深い出来事でない限り忘却してしまう。思い出しあぐねている俺を見てか、スノウ様は猫を撫でながら言葉を続けた。

    「いずれは皆死ぬ。命そのものを引き延ばすことはできぬと教えたのじゃ。そうしたら、空っぽになった肉体に沢山想いを注ぎ込んだら、それが魂となって生き返るのではないか、と言っておった」

    子供の考えることは可愛らしいのう。そう言ったスノウ様の表情は、幼稚な思考を嗤うものではなく、ぬいぐるみや絵本でも見るようなものだった。このひとからすれば、大半のものは幼くて可愛いものに映るだろう。そんな夢物語をどの口が語るのかと思わなくもないけれど、力を持たない幼子とは対極に位置する者が、絵本を読み聞かせるような語り口でなければ逆に事だ。魂を繋ぎ止める行為ですらゾッとするというのに、理を捻じ曲げようと本気で思えば、禁忌に触れてしまえるほどの力があるのだから。
    ……そういえばチレッタが死んだ後、ルチルに読んでやった絵本の中に、死んだ猫の墓前で毎日会いたいと願っていたら、その猫によく似た子猫と出会い、生まれ変わって会いにきてくれたんだって喜んでハッピーエンド、という話があった。そういう、願いや想いが報われてほしいという考え方は、大昔から変わらないのかもしれない。まぁ、その絵本はチョイスミスじゃないかとレノに窘められたんだけど。なんだか余計なことを思い出したな。
    カップを手に取り、紅茶を一口啜って流し込む。遠くからミチルたちの笑い声が聞こえた。

    「それができるなら、今頃この世界は蘇生者で溢れ返ってますね」
    「ホワイトも生き返るかのう?」
    「……ご自分が一番お解りでしょう」
    「フィガロちゃんノリわる~い」

    頬を膨らませて軽く足をバタつかせたスノウ様の膝上から、猫が驚きながら飛び降りた。何となく目で追うと、猫は川辺の方へ向かっていき、その先にはいつ合流したのか、ホワイト様が子供たちに混じって談笑していた。こちらに気づいて大きく手を振ってくる様は、一見本当に子どものようにも見えるし、生者と変わりなく見えるのに、スノウ様の心次第で消えてしまうような不確かな存在なんだってことを、今でも少し信じられないでいる。オズの心に天候が左右されるように、いつかその日がくるのかもしれない。カップを置いて軽く手を振り返すと、満足そうな顔をして川遊びに戻っていった。

    「我が死んだら、生き返るまで想ってくれる?」
    「ええ……?うーん、まぁ……仮にそれができる世界だったとして、それくらいはしてあげてもいいですよ」

    でも、二人分はちょっと荷が重いな。膨大な時間がかかって、そのうち想うことに飽きてしまうかもしれない。ああ、オズに手伝ってもらえばいいのか。あいつは自覚が薄いけれど、ホワイト様が死んで虚しくなるくらいには、お二人のことが好きだから。アーサーの手も借りよう。果たして蘇生システムが複数人からのポイント制でも機能するのかどうか、分からないけれど。ルーシーという魔女がまだ生きていて、いつか再会できたら聞いてみるとしよう。
    可笑しな妄想が膨らんでいく俺の頭上を、ざぁ、と風が抜けていく。少し冷えてきた気がする。シャイロックがくれたツマミもそろそろ味がしなくなってきた頃合いだし、お開きにして帰ろうと紅茶を飲み干すと、カップの向こう側の細められた瞳と視線がかち合った。

    「……なにをにやにやしてるんですか」
    「だって、21g分もくれるんじゃろ」
    「それくらいなら」

    そう言うと、満足げとも意地悪げともとれる満面の笑みを浮かべながら、同じように紅茶を飲み干して空っぽになった底を見つめていた。小さな手にも収まる白磁のそれをソーサーへ置くと、軽く伸びをしながら席を立った。ころころとした機嫌の良い声が近くなる。

    「ほほ、言ったじゃろう。たったそれだけが大事なんじゃと」

    椅子に掛けたままの俺の隣へ立ち、背伸びをして頭を撫でてくる。2000年以上生きている俺の頭を撫でるなんて、この二人くらいだ。思わず苦笑いがこぼれるけれど、少しだけ背を丸めてしまうくらいには、嫌じゃない。あたたかい手も、冷たい手も。彼らにとって、抱き上げた猫と、オズと、俺が、大差なくても、俺は死んだ猫の墓に通いつめはしないし、二人がいなくなった世界に、もしかしたらほんのちょっとだけ、俺も通り雨を降らすかもしれない。まぁきっと、そんなことは起こらないけれど、そんな冗談が思いつくくらいの情はある。
    けれど。愚かしい行為の代償も、お二人の苦悩も孤独も、それなりに近くで見てきたつもりだ。冗句に現実を持ち込むのは興醒めかもしれないが、込めた想いが魂に成り得るという理屈が通じる世界だったとして、スノウ様のホワイト様に対する愛情や後悔が今なお21gに満たないというのなら、きっとほかに生き返る者などいないだろう。そう思えば、魂とやらの価値は随分高価だと知れる。だからみんな、夢を見るんだろう。こんな世界があったらいいなと希望を込めて、絵本に描いたりするんだろう。意味がなくたって、こうして与太話に花を咲かせて笑うひとがいるなら、悪くないかもしれない。
    遠くから俺たちを呼ぶホワイト様の声が聞こえる。半日ほど別々に過ごしていて恋しくなったのか、スノウ様は嬉しそうに顔を綻ばせて早く行こうと服を引っ張った。立ち上がり、歩幅を合わせてみんなの元へ向かう。

    「スノウ様は、俺が死んだら祈ってくれるんですか?」

    そう訊ねるとふと立ち止まり、満足げとも意地悪げともとれる先ほどと同じ笑顔で俺を見上げて、「断る」と言った。視界の奥で、きらきらと水面が揺れている。

    「生きていけるほどたっぷりの愛情を期待しておるぞ。親孝行しておくれ、フィガロや」
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🙏😭😭😭💴💴👏🙏🙏🙏😭😭😭👏👏👏🍼🍼😭😭😭👏👏👏🙏🙏☺🙏😭😭🙏😭🙏👏💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖👏👏👏🕓🕓🕒🕒↪⭕🍤🌞☺💖😭😭
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works