1/2ずつのこころ「ささささ寒……っ」
いつの間にここにいたのだろう。
ガタガタと身体が震え、目の前には雪国ならではの白い風景が広がっていた。さっきまでミスラと西の国にある魔法使いの雑貨屋にいた……はずだった。臓腑まで凍えるような痛いほどの冷たい空気に、歯がガチガチと鳴る。辺りはどこまでも白一色で、まるで色のない世界にでもいるようだった。
「こここ、ここはっ、どど、どこ?」
どもりながら問いかけた声は、しんしんと降る静寂の世界に飲み込まれるように搔き消えた。北の国であることは間違いないだろう。見渡す限り木々も建物も何一つなく、少し離れた真っ白な雪原の中にただミスラが一人で佇んでいるだけだ。
「……ミスラ?」
自分の声も雪が埋めていく。ミスラはゆっくりとこちらを振り向いた。
「賢者様?」
「……はい」
「声と気配はするのに見えないな。賢者様、そこにいるんです?」
ミスラは私のほうを見た後、周りを見回して不思議そうな顔をした。まるで私が見えていないみたいだった。長い腕を前に伸ばし、空を撫でている。
「ここです! 私ここにいます」
背中を丸めながら雪の中に埋まった足をなんとか引き上げ、吹き付ける北風に逆らうように必死の思いでミスラのもとへ歩いた。急速に足先が痛む。10mもない距離がほど遠く感じた。
「ああ、そこですか」
どうやら私の居場所を把握したらしい彼は、その長身もあってか雪深さを物ともせず、ずんずんとこちらに近寄る。あっという間に私の前まで辿り着くと、ミスラは探るように手を伸ばしてきた。しがみつくようにその骨ばった手を両手で握る。ミスラの体温が冷えきった私の手にじんわり移って、染み渡っていく。
ミスラと私は無言でそのまま手を握り合い、やがて全身がぽかぽかとして来た。凍傷と低体温症の危機は去ったらしい。
「――あなたに結界を張りました。これで寒くないでしょう?」
「はい……! 死ぬかと思いました。ありがとうございます、ミスラ」
「それで、あなたどこで呪いを貰ったんですか?」
「……えっ? 私、呪われてるんですか」
その質問に愕然とした。
「はい、見えなくなるだけの呪術のようですけど」
「てっきりミスラが見えなくなっちゃったんだと思いました……」
「その程度の魔法、俺には効きませんよ。まあ、しばらくしたら解けるでしょう。まったく、そんなものにかかるなんて世話のかかる人だ」
「す、すみません……」
呆れたように言われ、申し訳なさが胸中に込みあげる。
カインの厄災の傷みたいに触れば視認できる、といったものではないらしい。
(魔法舎に帰るまでに呪いが解けなかったら、みんなを驚かせちゃうなあ。そうなったらファウストに相談してみようかな)
「あの、ミスラ。私たちは確か西の国にいましたよね?」
「いましたね」
「ここは北の国に見えるんですが……」
「ええ、北の国っぽいです」
「えっと……、空間魔法つかいました?」
「用もないのに使いませんよ。これは俺じゃありません。大方、店にあった魔道具が暴走でもしたんじゃないですか? いわくつきの古臭い物も飾ってありましたし。それに……ここ、ちょっと違和感あるな」
変わり物や珍しい物があるというその雑貨屋は、ムルたち西の魔法使いの間でなかなかの評判らしい。一見ただの玩具やガラクタに見えるようなもので、面白い掘り出し物があるかもと立ち寄った。呪具に興味を持つミスラも心なしか楽しそうに見ていたのだった。
ふと、妙に存在感を放つ額縁が飾られていた。キャンバスには白い絵の具を塗りたくったような筆のムラがある、ただの白だけだった。それがなぜか奇妙で、見入っていたのは覚えている。そうしたらこの雪原にいたのだ。
ミスラには悪いけれど、自分一人でここに飛ばされなくて良かった。ミスラが巻き込まれていなければ、間違いなく私は凍死していたことだろう。
そう思った矢先――ハッと突然顔をあげたミスラは何かを言いかけて、吹ぶいてきた雪の中に突然姿を消した。
「ミ、ミスラ」
煙のように、掻き消えるようにいなくなったことに驚きつつキョロキョロと辺りに人影がないか探したが、どこにも姿が見当たらない。
手に残ったミスラの温もりまでも消えていく。
(もしかしてこれも何かの魔法? ミスラ大丈夫かな。でも私一人じゃ探せないし、帰れないや)
頭が混乱すると共に心細さが込み上げてきて、泣きそうになる。一瞬で絶望の淵に落とされたような気分だった。
「ミスラ……誰か……」
震える声で名前を呼んだ時。突然バサバサと雪の空を切り裂いて鷲のような大きな鳥が姿を現した。
「わっ」
驚いて思わず後ずさる私の目の前で、その生き物はクロエより少し小さい小柄な老人へと姿を変えた。頭から足先まで覆う黒い衣服を身に着けており、顔は銀色の仮面をつけているため表情が分からない。
「えっ、人……?」
私が狼狽えていると、その老人は地面にふわりと着地した。
「やっと見つけました」
しゃがれ声で言ったかと思うと、目深に被っていたフードを取り払い顔をこちらに向けた。
仮面の下から現れた肌はあまりにも白くて、まるで彫刻のようだった。
(なんて無機質な雰囲気のお爺さん……)
すると私の目の前で突然老人の姿がぐにゃりと歪んだのだ。
「ひえ」
驚く私の目の前で、老人は精悍な若者へと姿を変えていた。
元老人だった若者は私に向かって手を差し出して。
「初めまして、賢者様」
この人は私が見えている。しっかりと視線を合わせてきているのだ。差し出された手に躊躇したものの、あくまで挨拶なら……と握手を交わした。ひんやりと冷たい手だった。
「あなたはどなたですか」
「あの白い絵の作者。今はその中の住人です。ようこそ賢者様、我が作品の中へ」
整った顔立ちが品よく笑いかける。
「……私に何かご用が?」
「賢者を作品にしたかったのですよ。少々邪魔でしたので、赤毛の若造には退場してもらいましたがね」
「作品……? ここは北の国では?」
「確かに北の国です、私の絵の中の、ね。幻のようなものですよ。と言っても、北の国なので寒さで死にますけど」
ミスラを消したり、絵に人間を取り込んだり、そこそこ強い魔力の持ち主なのだろう。
「元の場所に戻してくださいませんか」
「私にはもう、それだけの魔力は残っていないのです。さっきの男に消費してしまいましたから。なにぶん地縛霊ですし」
(地縛霊 こんなくっきりはっきりした触れる霊体、初めてだ)
「長年私の作品に合う人を探していました。出来る事なら、私の最期を見届けてほしいとも思ってましたが」
誰かと一緒にいたかった、と聞こえるような寂しさを内包した言葉は、彼がこの絵に留まり続けている理由なのかもしれない。切実な想いが未練になってしまったのだろう。
「だから私と共にいてくださいませんか、賢者様。あなたは私の作品に相応しいから、ここに来たのです」
「それは……出来ません。私の帰りを待ってくれる人たちがいるので、すみません」
「……どの道あなたは帰れませんよ。私にしか見えない術がかかっている限り。ここで野垂れ死ぬか私と共にいるか……さあ、どうします?」
柔和な微笑みに不気味な恐怖が見え隠れする。もとより帰す気なんてないのだと。
じりじりと迫ってくる男に、背中を見せたらダメだと勘が告げている。
ここから自力で出られないなら、外から出してもらう他ない。後退りながら、さっきまで一緒にいた燃えるような赤毛の、気だるい男が脳裏に浮かぶ。
「ミスラ……」
無意識に口からその名が零れた。
「誰も来れませんよ、ここは私の世界ですから」
雪の重みに足が縺れバランスを崩した瞬間、腕を掴まれて。
「もう逃げられません」
「《アルシム》」
聞き覚えのある声が背後から響き、長い脚が脇腹を掠めるように突き出てきて男の腹を勢いよく蹴り飛ばした。腕を掴まれていたせいで私も前につんのめったが、強い力で肩を抱かれて後ろに寄りかかる体勢になった。
「ミスラ!」
背中がミスラの胸板にドンっと当たり、人肌の温かさが上半身に広がる。
「はあ……やっと見つけましたよ、賢者様」
少し焦りが滲む艶声が頭上から降り注ぐ。吹き飛んだ男に目もくれず、ミスラは私の体をくるりと反転させて、至近距離で向かい合う形になった。どことなく顔色が良くないように見えた。
「怪我はないですよね? 俺にはあなたの姿が見えないので、多少当たっても仕方ないと思ったんですけど」
「すれっすれでした……! でもナイスタイミグです!」
(あの蹴り、絶妙にあの人のみぞおちに入ってた……。あれに巻き添え食ってたら無事じゃなかったかもなあ。でもミスラは、私に当たらないギリギリを狙ったんだろうな)
明らかに急いで探してくれたのだろう。安堵の表情になった彼の額には汗が浮き出ていた。あのミスラがこんなに余裕のない姿を見せるなんて、そうとう心配をかけたらしい。くすぐったいような暖かい気持ちになる。
「とっととこんなとこから出ますよ」
「だめだよ」
地縛霊さんはゆらりと立ち上がり、吹き飛んだのが嘘のようにぴんぴんしていた。
「あなた、もう思念体でしょう? 死んだのなら死人らしく、天国なり地獄なり黄泉の国に行ってくださいよ」
「その子が私のものになるなら、輪廻の輪に乗れるかもしれないけど」
「はあ? 賢者様、俺よりあんなのがいいんですか?」
「いやいや、そういうわけじゃっ」
これがもしや修羅場というやつだろうか。世界の強者№2と幽霊に命を取り合いされている。せめてもう少しロマンチックな奪い合いをされたかった。
「俺の方がいいに決まってるでしょ。あなたは俺が面倒見ないと、すぐ死にかけますから」
「どうせ人間は死ぬのだから、ここで命を落としても問題ないだろう? 私の魔法で魂をつなぎとめれば、永遠を生きるようなものだ」
「いやいやいやいや まだ死にたくないです私!」
「ほら、あなた振られましたよ。残念ですが、この人には俺がいるので諦めて消えてください」
少々意味合いが違うけど、地縛霊さんに諦めて頂きたいのは本心だ。
「ならば力ずくで――」
「《アルシム》」
すかさずミスラの放った巨大な氷槍が、地縛霊さんの周辺一帯を貫く。クレーターを作るほど地面が抉れた。
「私は実体が無いから物理は効かないよ」
つららのような槍の影から現れた男は無傷だった。
(これじゃあミスラに不利な消耗戦だ)
何か無いかと荷物を漁ってみる。中にあったのはネロに貰ったパンだった。
(あっ! このパン、ネロがミチルやリケと焼いたって言ってたやつだ)
デニッシュによく似ているけれど材料が違うからか、サクっとしているのにムチっともしている不思議な触感で、味もとても美味しかったのだ。そのため出かける前にミスラの分と私の分の二つ貰ってきた。
(そうだ……あの人は、寂しさのあまりここにいるんだったら)
ミスラと地縛霊さんがそれぞれ挑発するように睨み合っている中、私はネロのパンを毟り取って口に運んだ。この寒さでもあまり固くならずに噛める。まさかこんな場所で、こんな状況で食べるなんて思いもしなかったが。
(うん、しみじみと美味しいな……じゃなくて! )
一口分の食べかけのパンを大事に紙に包んで、私はミスラの袖を引っ張った。
「ミスラ、このパンをあの人に渡したい」
「……は?」
素っ頓狂な声をあげて、ミスラは眉根を寄せた。
「何を言ってるんです? 幽霊に食べ物なんて必要ないでしょう」
「食べる事が重要なんじゃなくて、『一緒に食べる』ことが効果的かもしれない」
ミスラにはピンと来ないようだ。
「賢者様、私に何をするつもりですか」
私たちの様子を静かに伺っていた地縛霊さんも、怪訝な顔をしている。私は彼のほうへ歩きだすと、「賢者様…!」と離れた気配を察したのか、ミスラが手首を掴んだ。
「試させてください、ミスラ」
地縛霊さんに先ほどの包んだパンを差し出す。
「このパン、すごく美味しいんです。一緒に食べましょう」
「……一緒に食べる? その平べったいのを?」
半分にちぎったパンの、食べかけじゃないほうを彼に見せた。
「はい、どうぞ。食事……とまではいかなくても、美味しい物を食べると落ち着きますよ」
地縛霊さんは恐る恐る手にとってかじってくれた。それを見て私もかじった。
「ね、美味しいでしょう?」
「……ああ」
地縛霊さんは口元をほころばせて食べていた。
「だれかと同じものを同じ時間に、共に食すのは何百年ぶりかな」
「私は一人の食事も好きだけど、みんなと食べるのもいいものです。
ただ一緒に食べて、美味しいねって言いあえる人がいる。それだけで、心は寂しくない」
「そう……だね。うん。君と食べるこのパン、本当に美味しいよ」
孤独な気持ちを一瞬でも埋めることができたら……根拠はないけどきっと何かは変わる。
「すき間風が吹くようだった胸の虚空が求めていたのは、こういう事だったのか」
なんとなく満足したような、さっきよりも幾分晴れやかな顔をして、地縛霊さんはパンを食べ終わると背を向けた。それはもう、ミスラと戦う気がない意思表示だった。
「ご馳走。
賢者様、礼を言おう。求めすぎて忘れていたものを、やっと……取り戻せたようだ」
「私もあなたと、美味しいって気持ちを共有できたことが嬉しいです」
「ああ。たったそれだけのことではあるが、ささやかながらいいひと時だった。それで十分だ。
君にかけた術を解呪しておく。少ししたら君の姿がそこの男にも見えるようになって、出られるはずだ。それまでに、一つ綺麗な所を見ていくといい」
地縛霊さんが雪原の彼方へ指差した先に、特別な場所があるらしい。そうしてすぅっと消えていった。
♢♢♢
「俺は早く寝たいので、さくっと行きますよ」
途端に私はミスラに腰を抱き上げられてしまう。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
驚く私に構わず、ミスラはさっさと箒に乗ると私を前に乗せて後ろから抱きかかえる。いつもは後ろに乗せるのに……と思いつつ、箒は上昇を始めて地面が離れ、つま先がつかなくなる。次の瞬間にはグンッと空高く舞い上がっていた。
(う、うわっ!)
思わずミスラの腕にしがみついたが、その手は震えて止まらない。
(こ、怖い……っ!)
見下ろせば地面がものすごい勢いで遠くなっていくのが分かる。雲の上のあまりにも高い場所まで来たせいで平衡感覚がなくなってしまいそうだ。
ミスラの箒はアルプス山脈のような鋭利に尖った山々が連なる方へ向かっていく。雪はもう止み、雲が晴れて所々雄大な自然が目下に現れた。
すると麓にゴツゴツとした岩場に囲まれた大きく口を開けた洞窟が見えた。
「あれが……、――っ」
ミスラの箒は急降下し、その洞窟の中へ躊躇うことなく飛び込んでいくと、風を切るようにさらに速度を上げた。
まるでジェットコースターに乗っているようだった。張り出した岩を高速で避けるたび、グワングワンと振り落とされそうな感覚が襲う。必死にミスラの腕にしがみつく。
ジェットコースターは乗れるけれど、それはぶつかるものがない安心感があるからだ。
耳元でゴウゴウという風の音だけが響き、ただただ怖くてギュッと固く目を瞑っていた。
どのくらいの距離を飛んだのか、突然にミスラの動きが止まったのが分かった。
「着きました。もう目を開けてもいいですよ」
ミスラがそう言うので、瞼を持ち上げる。
(……ここは?)
ふと視界の中にキラキラと輝く何かが見えて、思わず目を凝らした。
(なにこれ……)
それはまるで粉のような粒子だった。天井から降り注ぐ光にその粒子が反射している。
「わあ!」
頭上を見上げると、そこにあったのは天井などではなく、大きな穴だった。ぽっかりと開き、雪と氷が入り混じったような真っ白で冷たい壁が天に向かって続いている。その壁の中に大小さまざまな透明な水晶のようなものが埋まっており、光の当たり加減で虹色にも見える。
「これは聖石……? 滅多に発掘されない鉱石ですね。ムルなら飛びつく希少なものですよ」
太陽の光に照らされた洞窟の深部は、まるでこの世のものとは思えないほどの幻想的な光景だった。
「すごい……」
私は思わず感嘆の声を上げた。大きな氷柱のような水晶のような、いくつもの美しい聖石の柱が神殿を思わせる。この場所でしか見られない風景だろう。
しばらく見つめていると、ミスラが私の荷物をおもむろに開けた。
「私のこと見えるんですか?」
「もう見えますよ。ここの石の力は浄化作用が強いので、呪術除けや解呪に使われたりします。――あった」
荷物から取り出したその手には、もう一つのネロのパンがあった。ミスラの分だ。
それを雑めな手つきでちぎって……
「賢者様」
三分の一くらいになったパンをずいっと渡された。
「それはミスラのためのパンだから、ミスラが食べていいんですよ。私さっき食べましたし……」
「俺とは一緒に食べないんですか」
「え……」
「一緒に食べるのが、あなたはいいんでしょう?」
(私がさっき地縛霊さんに言ったこと気遣ってくれてるんだ)
「ミスラはどうですか?」
「別にどうもありませんよ。ずっと独りで食べてきてましたから」
「そう…ですか……」
思いのほか落ち込んだようなトーンで返してしまった。ミスラにも、少し期待していた自分がいたらしい。
「けど――」と言いよどみ、がぶりとワイルドに食いちぎり、ごくんと飲み下して男らしいのど仏を上下させた後。
「あなたとなら、こういうのも悪くありません。消し炭か肉があればもっといいですね」
「っ…! じゃあ次は用意してきますね」
「あなたもあんな男と食べるより、俺と食べたほうが断然楽しいと思いますし」
(ん? ミスラさん?)
「オズやフィガロよりも、俺のほうがあなたを満足させてやりますよ」
なぜだか対抗心が沸いているようで、ミスラは不敵な笑みを湛えている。
「き、期待してます!」
「あなたがそう言うのも当然でしょう。俺はやれる男なので」
ふふんと、整った顔面から繰り出される自信に満ちたイイ笑顔が眩しい。このままその破壊力抜群のご尊顔に目がつぶれてもいいかもしれない。
(なんかご利益ありそうだな……)
「賢者様、何ですか? 俺に手を合わせて」
その後、洞窟を出ると雑貨屋に戻っていた。店主に経緯をかいつまんで話すと、もういわくつきじゃなくなったなら要らないと、その絵をもらい受けた。真っ白だったキャンバスには雪化粧した鋭利な山と青空が広がり、雪原には3人の人物が食事をしているような絵に変わっていた。
それからは任務先や買い物で、ミスラと私は二人でよく食事を取るようになった。もしかしたら、ミスラがそれとなく二人になるようにしてる……ような気がしなくもない。私と食べる時間を楽しく思ってくれてるかもと、角砂糖二分の一くらい自惚れて。
【賢者の書 追記】
美味しいとみんなが食べていたネロのパンは何か、という疑問が沸くと思うので記しておく。
バターやミルク、たまごをぜいたくに使ったリッチな生地に、ラム酒にじっくり漬け込んだ干しぶどうをたっぷりと練りこんだ、味も見た目も私の世界にあるパン・オ・レザンにとても近かった。
ぶどうはたわわに実る豊穣、ツルが伸びる様は生命力の象徴とされ、ぐるぐるの渦巻きはかたつむりを模しているとか。かたつむりは「前にしか進まない」から縁起がいいパンなんだ、とネロが教えてくれた。
私と魔法使いの皆さんが昨日より前に進めることを祈って、コーヒーと共に頬張った。
じゅわっと浸みだすラム酒の芳醇さとジューシーな干しぶどうが、さっくりとしたデニッシュ生地とハーモニーを奏でる逸品。運気をあげたい時にも朝食にも、どうぞ召し上がれ。