「好きだ」
なんて望んでいなかった。
ただせめて、今よりももっと後になっても、
「そんな奴もいたな」
と、思ってもらえる程度、記憶の片隅に残っていられたら、それでいいと、漠然と考えていた。
それなのに。
目の前の想い人は、僕がとっくに捨て去って、振り向かないようにしていた望みを、ぶつけてきた。
怯えているような、悲しそうな、苦しそうな、痛そうな──
恐怖、に、染まった、双眸で。
どうして、が、いくつも頭の中でぐちゃぐちゃに混ざり合った。
どうして僕なんだ。
どうしてあなたなんだ。
どうしてそんな、今にも、泣きそうな、くせに、僕から目を逸らさないんだ。
何をくだらない冗談を、と、そうでも言って笑い飛ばせと声がした。
それはもうひとりの僕。
そうすれば向こうはきっと諦める、こちらにその気はないのだと知って。
そうするべきかもしれない、そうすれば、きっと、収まる。
だけど。
そんなこと、できるかよ。
「大丈夫!」
気付いたら声が出ていた。
「大丈夫ですから!」
いつの間にか駆け寄っていた。
「怖くないですから!」
咄嗟に握った手は、震えていた。
「大丈夫」
どうしてこんなことをしたんだろう。分からない、でも、分かる。
ふと思い出したのは、子供のころ。
妹とふたりでの留守番、ほんの少しの時間、一緒に遊んで、時々喧嘩して、いつもどおりだったそのとき、地震が来た。
怖かった、泣きたかった、だけど僕は、お兄ちゃんだからと、そう思うより早く妹の腕を引っ張っていたんだ。
「こっち!」
ふたりで入ったテーブルの下。
「こうして!」
うつ伏せになって、身体を丸めて、頭を腕で抱える、習ったダンゴムシの体勢。ぐしゃぐしゃに泣いてる妹を宥めて教えて、揺れが治るのを待った。
大した震度じゃなかったんだ今思えば、でもそのときは、必死だった。
守らなきゃ、って。
「大丈夫、こわくない」
ああそうだ、あの時も僕はそう言った。そして妹は、溢れかけていた涙を引っ込めて頷いていた。
あの時と、同じような、感じ。
今にも泣きそうな、人を、ましてそれが想い人なら尚更で、放っておけなかったんだ、僕は。
とは、いえ。
「えっと──」
間近で見つめ合った瞳。何を言えばいい?分からない、どうしよう。
だけど。
金色の相貌は、驚きに満ちている。
ああよかった、恐怖は、消えている。
そのひとつだけで
「……良かった」
安心してしまった僕は、箍が外れてしまった。
「僕も、好きですよ」
口にしてしまったと、ようやく自覚したのは、息も出来ないほどに強く強く抱きしめられてからだ。
『good-bye Fear』