俺にお前は殺せない「ごめんなさい」
サギョウ、は、苦しそうに言った。
突如とした吸血鬼の大量発生、サギョウと共に行動できていたのは現場に着くまで。
そこからはそれぞれ対応に追われ見失った、そして俺自身も満身創痍の中、視界の端に入った緑色。
「サギョウ!」
路地裏で蹲っているそこに駆け寄り、上げさせた顔。
覗き込んだ瞳、は──
真紅。
息を呑んだ。
血に染まっている左首筋。
「ごめんなさい」
苦しそうに呟いた、その唇の両端には、尖った、対の牙。
それがこちらへ向くより一瞬早く俺は身を翻して駆けた。サギョウ、は、飛ぶ様に追ってくる。
「吸 血 鬼 になっ、 ちゃ ったぁ ぁぁぁ‼︎、!!」
出来るだけ人の居ない通りを選び、逃げ切れないだけの、敢えて落とした、速度で走る。
「せ んぱ いの血、を ちょうだ ああぁぁいぃぃあ ぁぁぉぁ‼︎」
サギョウ、は付いてくる。
そうだ、こちらへ来い。
辿り着いた袋小路、落ちる月明かりで明るく、挟んでいるのはそれなりに高いビル。
「せ、んぱ ぁ い」
げらぁと笑いながら、ゆるりと、サギョウ、は近付いてくる。
「せんぱ、いも、おなじ、に、なり、ま、しょう よ」
伸びてくる両手、それは俺の両肩を掴んだ。
目の前でぐぱりと開かれる口。
月明かりに光る牙。
俺は、笑ってやった。
「化けるならもっと上手くやれ」
次の瞬間──
目の前の、サギョウ、ではない、サギョウに化けた吸血鬼のこめかみに、弾丸が突き刺さった。
「が……あ……?」
麻酔弾でも当たりどころによっては眠るだけでは済まない。
目の前の、吸血鬼は、消滅はせずとも身体のほとんどを塵にしながらぐしゃりと地面に落ちた。
「あいつが、不本意に吸血鬼に、なったとしたら──」
聞こえているだろうか、いや、聞こえていなくても構わない。言っておかなければ気が済まなかった。
「俺に言うのは、『僕を殺して』、だ」
口にしながら舌を打った。想像したくない現実、だが想定しておくべきもしも。
吸血鬼の緩やかな再生を待つつもりはない、拘束の手筈を取っていた俺の元に、近付く足音。
「僕じゃないって分かってたなら、なぁんですぐさま斬らなかったかなぁ?」
そう言った、サギョウは、呆れの中にも何かもっと、別の感情も含めている様に聞こえた。
「……偽物でも、できれば俺の、手には、掛けたくなかった」
吸血鬼を縛り上げながらちらりと覗き見たサギョウの顔は、予想通り俺に呆れつつ、どこか誇らしげだった──ように見えた。
「ま、あちこち走り回ってわざわざ僕の目に偽物が入るようにして狙撃しやすい場所に誘き寄せてくれたのには、ふふ、感謝してますよ」
「意図を汲んでくれて何よりだ」
立ち上がって改めて見つめた瞳は、いつもの色。
俺はこっそりと、安堵の息をついた。
「さ、残りを片付けましょう」
「そうしよう」
とうに変身を解き、拘束を終えた吸血鬼を担いだ俺と、サギョウは、残りの吸血鬼を片付けるために走り出した。