舞台、アトランティス
カップリングなし
オチが…助けて
ノミと石頭を使い一つの石を削る。頭の中に思い描く形になるように、余計な部分を削らないように慎重に、だが大胆に手を動かしていく。村正は世話になっている天秤の女神の石像を恩返しだと、依頼された仕事だと言い仕上げていく。もはや彼の仕事場ともなったこの場所に、訪問者のコツコツと革靴が石の地面を叩く音が木霊する。
「今日も今日とて女神像を彫っているのか」
「あん?まぁな、依頼されたにはきっちりこなすさ。一日一体をノルマにしてる」
「一日で出来るクオリティではない気もするが…」
彼はこの部屋の壁沿いに並べられている女神像を見渡す。
「そこは儂の腕の見せ所ってな」
「職人肌、というやつか。石像は教会にも置かれているが、こうもしなやかで逞しい物は中々見ない」
男は完成され並べられている女神像の表面に指先をするりと滑らせる。何の引っかかりもなく滑らかな感触を返す石像に目を細める。
「筋肉を、人体をよく理解している像だ。素晴らしいと感嘆さえ覚えるよ」
「そいつは重畳。手前みたいな似非神父でも分かる像が彫れてるってなら儂もやり甲斐があるってもんだ」
村正は一度手を止め、道具を彫りかけの像の近くに置くと、訪問者であり今は仕事上の相方の枠に収まっている男へ向き直る。
「世間話から入るってンなら敵襲じゃぁ無さそうだが。なんの用だラスプーチン」
「何、そう身構えるものでもない。女神から君の様子を見てきて欲しいと頼まれてね」
「儂の?」
村正は首を傾げラスプーチンを見返す。
「ずっと工房に引き篭もっていてはいけない、と。あと食料調達を私に任せきりにするのもどうかと思う、だそうだ」
「そんなに任せてたか?」
「少なくとも今日の食糧調達はもう終わったな。主に木の実と魚を獲ってきた、女神に毒の有無は確認済みだ。しかし、オリュンポスから持ってきた食材も減ってきた。まだここに留まる必要があるのなら一度取りに戻らねばなるまい。だがまぁ、そこは追々考えるとしよう。調理の方は任せても?」
村正は立ち上がると腕を目一杯伸ばし、身体のコリをほぐす。
「ああ、任された。しかしまぁ、味噌と酒とてで作ってはいるが久々に本格的な和食が食いてぇな」
村正はオリュンポスにて、少しズルをして作成期間を大幅に縮めた手作りの味噌や酒を持ち寄り、料理に当てている。しかしここはギリシャ異聞帯。和食に必要なものが基本的に存在しないのだ。村正はラスプーチンの隣を抜け、廊下へ出て厨房に向かう。置いていかれる形になったラスプーチンだが、すぐにコンパスの差で隣に並ばれる。
「酒は持ってきて正解だった」
「君の作る酒は日本酒だからな。アルコールの匂いを嗅ぐと、私も久しぶりにワインが飲みたくなる」
ラスプーチンは物足りないという表情をしながら口寂しげに唇に触れる。
「わいんってーと、洋酒か。葡萄酒」
「あまり馴染みがないか」
「まあな、日本酒もうめぇぜ?今夜にでも飲んでみな」
クイっと手で盃を傾ける動きを見せる村正にラスプーチンは苦笑いを返す。
「生憎、一人酒は苦手でね」
「おいおい、儂の酒だぞ。一人で飲む気だったのか?」
「しかし状況が状況だ。二人揃って酒気を帯びるのは不用心すぎやしないかね」
「浴びるほど飲むわけでもなし、問題ないだろ」
「それもそうだな」
二人で並んで歩いていると厨房への道に金髪縦ロールの女神が待ち構えていた。
「やっときましたわね。いくらサーヴァントの身なれど貴方方は疑似サーヴァント、寝食はしっかりなさい」
「怒られちまったな」
「だな」
女神はじとっと二人を見据えるがすぐに目を閉じ、息を吐く。
「言いたいことはそれだけです。それと一応、近くに敵勢力等の気配は感じられません、とだけ伝えておきますわ」
村正は肩をすくめながら厨房へと入っていき、ラスプーチンは中へ入らずに外の開けた場所へと向かった。
ラスプーチンがコートを脱ぎ、上は黒いインナー姿の状態でいわゆる型の通りに突きや蹴りを繰り出し技の練度を上げていると、20分ほど前に見た女神が現れる。
「相変わらず惚れ惚れするような筋肉ですわね」
「これはこれは、女神に見苦しいものを見せてしまったようだ」
「見苦しくなどありません。千子村正も鍛えられてはいましたが、貴方も服の下にそのような肉体を隠していたとは。怪しげな武術を修めているだけのことはあります」
「お褒めに預かり光栄です」
15分以上は動き続けていたであろうラスプーチンだが、汗を一筋も垂らさず、息が上がった様子もない。
「洗練されていますわね、舞に通じる美しさすら感じます」
彼の武術、八極拳は師のそれとは違いオリジナリティー溢れる殺人に特化したものであり、そこに美しさなどが潜む余地はない。ただただ相手の生命を刈り取ることを目的とし、実際、数多の異形や魔術師が彼の前に倒れていった。
「女神といえど趣味が悪い。このような老体の武など、使い潰しこそすれ観賞し讃えるものではなかろうに」
「いえ、いえ、否定します。貴方の過去、悪行、人間のそれらを裁くは我が役目。ですが、貴方が積み重ねてきたものを貴方自身が否定するのはいけません。この女神の御眼鏡に適ったのです。誇り、より高みを目指すべきものなのです」
金を溶かした様な色をしたアストライアの眼は真っ直ぐに泥を溶かした様な色のラスプーチンの眼を貫く。その視線を居心地悪そうに受け止めるラスプーチンにアストライアはフッと笑う。
「まだまだ精進が足りませんわね、求道者」
「これは手厳しい」
「おーい、飯できたぞー」
ご飯食べました
夜
酒盛り
「酒の肴に作ってみたんだが。どう思う?骨煎餅」
「魚の骨?」
「美味いぜ?」
ポリボリバリ
「初めて飲むが、悪くない」
「イケる口だな。じゃんじゃん飲みな」
一升瓶を二人で飲んでいく。
「ふふ、ふふふ」
顔を酒気で赤く染めたラスプーチンがクスクスと笑い出す。
(酔ったら笑い出すタイプか)
村正は火照る身体をそのままに向かいのラスプーチンを観察する。いつもいつも腹に何かを抱えているくせに隙らしい隙を見せない男の無防備なソレは、村正に物珍しさと好奇心を覗かせる。
オチが、オチが思いつかん!!!!