この神父に餌を与えないでください赤い弓兵が朝食を終え、食堂から出て行くマスターの後をつける。廊下に出て左右を見渡すとすぐ近くにマスターがいた。
「マスター、少しいいか」
「ん?エミヤ、どしたの?」
エミヤと呼ばれた白髪褐色の男は手短に済ませるよ。と一言断る。
「最近召喚されたラスプーチンのことなんだが、あの神父が最後に食堂に顔を出したのが5日前なんだ…彼は擬似サーヴァントなのだろう?流石に食事は取らねば不味いと思ってね。マスターは何か知らないか?」
エミヤはこのカルデアのサーヴァントの中でも最古参である。故に彼は先天的な性格もあり、周りを気遣う癖がついてしまった。今でも何か異変を感じたらすぐにマスターに報告に来てくれる。現にマスターもそこまで見ていなかったので助かっている。
「ラスプーチンか、あまりお腹空かせてる様子もなかったけど…今後は気にかけるよ、ありがとうエミヤ」
「私も彼を見かけたら食堂に連れて行くよ」
用事を済ませたエミヤはさっさと食堂に戻っていく。それを見送りさて、と考える。
(言われてみればって感じだな。時間が合わないだけかと思ってたけど)
とにかくまずは話を聞こう。とマスターはラスプーチンを探しに歩き出した。
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「和食と言ったら出汁、出汁と言ったら鰹節、鰹節といったら鉋、鉋と言ったら木材、木材と言ったらひのk、っていた!」
マスターは一人でマジカルバナナをしながら件の人物を探していた。一人でマジカルバナナは寂しくないかって?割と頭の体操としてちょうど良かったりするのだ。
「ラスプーチンやーい」
「マスター、私に何か」
少し声を張り呼びかけると長身のラスプーチンが振り返る。その手に何か持っているようだ。
「おん?マスターじゃねぇか」
「あれ、キャスニキ。いたんだ」
ごめん、見えなかった。2m近いラスプーチンにかかれば180cm超えだろうと容赦無く隠れてしまう。
「何してるの?」
「こいつ放っておくと全然飯食わねぇからよ。ちょっとした栄養補給だ」
ラスプーチンの手に収まっていたのは500円玉サイズの包装された数枚のクッキーだった。
「これどうしたの?」
「ブーティカの嬢ちゃんに頼んで作ってもらったんだよ。俺の分のついでにな」
「ふーん」
「私はいらないと言っているのだが」
ラスプーチンは手の中の袋を鬱陶しげに眺めている。
「あ、そうだ。ラスプーチン、ちゃんと食堂でご飯食べないと。エミヤが心配してたよ」
「んだと?おい神父、お前飯はちゃんと食えよ」
二人に詰め寄られラスプーチンは苛立たしげにクッキーの袋をマスターに渡す。
「そもそも、私にあれやこれやと食べ物を渡して胃袋を空けさせないのはそちらだろう。私を一方的に悪とみなすな」
え?と二人の音が重なると同時、槍を持った全身青いランサーが話しかける。
「おい、クソ神父。ちゃんと食ってんのかよ、これやるからちゃんと食えよって、どうした?」
ランサーのクー・フーリンが空いたばかりのラスプーチンの手に袋詰めされたラスクを置く。その一連の自然すぎる流れを見たマスターは『どうだ、分かったか』と言わんばかりの顔をしているラスプーチンとランサーの顔を何度も往復する。
「槍ニキも、ラスプーチンに食べ物あげてるの?」
「あ?何だよマスター、もってなんだ。もって」
「こちら、キャスニキからラスプーチンに渡され横流しされたクッキーです」
マスターはランサーに見えるように手の中のクッキーを持ち上げる。3秒ほどクッキーを見つめたランサーはそっとキャスニキへと視線を送る。視線を受けたキャスニキはそっと目を逸らした。
「なんでテメーまでこいつに飯やってんだ」
「ほら、なんつーか、ほっとけない…みたいな?」
「二人ともいつもこういうのあげてるの?でも流石にこれで丸一日は動けないでしょ」
ラスクをマスターに再度横流しにした神父は静かな声で「………今にわかる」とこぼした。
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「コトミネ、飯はちゃんと食っているだろうな?これは王からの施しだ、心して食せ」
「あ、コトミネー。これあげますね、ちゃんとご飯食べてくださいよ?では僕はこれで」
「ラスプーチン、これをあげるわ。何でもポッキンアイスと言って二人で分けるアイスだそうよ。面白いわよね」
「綺礼、顔色が優れないように見えますよ。これを食べてください。きちんとした食事、休眠をとってくださいね」
「おぉ、コトミネ。丁度良い、この我自らこれを賜わそう。何、礼などいらん。健やかであれよコトミネ」
一日ラスプーチンを見て分かったことがある。施されすぎである。朝はクー・フーリンで始まり昼からおやつ時にかけて英雄王に小さい英雄王、アナスタシアに天草四郎、さらにトドメの賢王だ。これだけ大小様々な食べ物を毎日渡され平らげていたのだとしたら食堂に顔を見せないのにも納得がいくというもの。
「まさか、これを毎日?」
「おいおいマジかよ」
「ちゃんと食ってたわ」
マスターと、面白そうだと言ってついて来ていたクー・フーリン’sは絶句する。いやいや構われ過ぎだろう、今時幼女でもここまで物もらわねぇぞ。と物陰で言い合っているとまた一人ラスプーチンに近づく人影が。
「ラスプーチン、今日の具は焼き鮭「確保ぉ!」!?」
まさかの追加注文である。これ以上は看過できないとマスターの指示のもとクー・フーリン共がその人物を捕らえる。
「手前ら、どういう了見でこんなことしやがる。答えやがれマスター」
両サイドから腕を掴まれた男、千子村正は手に持った皿を落とさないように大人しくしつつも目は不満げに指示者を見据える。
「残念だよ村正、君までそっち側だったなんて」
「そっちてどっちだよ、マスターも食うか?握り飯」
「うん、食べる。けどそれも一旦置いといて、だ。ちょっと何人かお呼び出しをしなくちゃいけなくなりました」
マスターは端末を使い、マシュに連絡を入れた。
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「皆さんは何で呼び出しを喰らったのか、分かっていますか?」
時と場所が変わり食堂である。ピークである夕食時を過ぎればそこは閑散とした空間となる。マスター名義で放送呼び出されたのは今日ラスプーチンに食べ物を渡した人物たちだ。
「わかる訳なかろう、共通点がない」
「お兄さん、僕何も悪いことしてませんよ?」
「ヴィイが何かしてしまったのかしら」
わいわいと集められた面子が互いの共通点を探す。マスターは横に控えていたクー・フーリンに向かい頷くと二人はラスプーチンを連行してくる。新たな人物の登場にさらにハテナが止まらない英霊たちを一通り眺めたマスターは話を切り出す。
「えー、皆さんをお呼び出ししたのはラスプーチン関与です」
それだけで何人かは察しがついたようで「いや、まさか」「え、ここにいる全員?」とざわめく。
「単刀直入に言います。ラスプーチンを餌付けしないでください。彼だってちゃんと食堂でご飯も食べられます。何か食べさせたいならクッキー1枚程度にとどめてください」
マスターの言葉を聞き、何も言わないながらも「え、貴方も?」「自分だけじゃなかったのか」「ここにいる全員食べさせてたの?」と顔を見合わせ目で会話していた。
「皆さんが食べ物を与えるから、無下にできないラスプーチンは全部食べて食堂に顔を出さなくなりまして。料理長が心配しておりました。再三言いますが、彼に、食べ物を、与えすぎないでください!」
マスターのお願いに頷く者数名、面白すぎて腹を抱えて爆笑する者が2名、気まずそうに顔をそらす者数名。
「というか何で皆してラスプーチンに食べさせてたの」
「使命感?」
「食べてないイメージが」
「食に関心がないのもどうかと思い」
「儂は使徒の時からの癖で」
「美味しい物を共有したかったの、シェアハピ?」
「若干1名深掘りしたい言葉が聞こえましたが今回は無視します。伝えたい事も伝えたのでこれにて解散で」
ぞろぞろと食堂から出て行く英霊たちを眺めてたマスターはそろぉと退室しようとしているクー・フーリン’sにも釘を刺す。
「二人とも、分かったね」
「「はい!」」
後日、食堂でエミヤ手製の激辛麻婆を食べる神父の姿が目撃された。