午後八時を回った頃、楽は大和を乗せて車を走らせていた。
「悪いな。いきなり外で食うことになって」
「それは別に良いけど…でも珍しいね、楽が外で食べようって」
「まぁ、ちょっとな」
「???」
楽が車を走らせているのには理由があった。
楽は大晦日と言えば年越しそばだったのだが、大和は家にほとんど一人だった為、適当に済ませていた。
楽はそれであればと、実家に大和を紹介すると同時に年越しそばを食べれば良いのではないかと考え、急遽実家に向かっていた。
― ―
楽が車を停めた。
(ここどこ……?どっかの店…?)
楽の案内のもと店の前に行くと『そば処山村』と書いてある。明かりは点いているものの暖簾が仕舞われている状態。つまり営業は既に終了している。だが、楽は店に入ろうとしていた。
「ちょ、楽っ!」
「ん?どうした?」
「ここ営業終了してるよ。今から入るのダメだって」
「大丈夫だよ」
「いや何も大丈夫じゃな…「ここ母方の実家だから」
「へ?」
「いつまで店の前で話してるの!寒かったでしょう?早く入って!」
店の前で楽と攻防を繰り広げていると快活な女性が店から姿を現した。
「おう。急に頼んで悪かったな。大和、入ろうぜ」
楽はどうやらその女性と知り合いのようで、大和は入店を促される。大和は状況が掴めず
「あ、ウン…」
としか言えないのだった。
「テーブルは片付けちゃったからカウンターでも良い?」
「大丈夫」
「天ぷら蕎麦でいいわよね?」
「おう。あ、大和何かトッピングするか?」
「ぇ、ぁ、ぃや、大丈夫…」
「あ、お袋。コイツが紹介したいって言ってた大和。今一緒に住んでる恋人」
「!?!?ぇ、ぁ、ぇ、に、二階堂大和です…?」
「ちょっと!急に紹介するから困ってるじゃない!ごめんなさいね、楽が突然。楽の母です。宜しくね、大和くん」
「よ、宜しくお願いします…」
「ふふっ、緊張しちゃって可愛いわね〜!今いくつなの?」
「17、です」
「17!?」
「!?」
「楽!ちょっとこっち!」
「何だよ?」
「あんた、ちゃんと合意の上で付き合ってるんでしょうね!?」
「当たり前だろ!?俺のこと何だと思ってんだよ!?」
「アンタちょっと強引なとこあるじゃない…!グイグイ押して無理矢理付き合わせてるのかと思っちゃったわよ…」
「さすがにそんなことしねぇよ!!」
(……何かヒソヒソ話してる…)
小声で話し合っている親子に戸惑いを隠せないでいると楽の母親に肩を掴まれ、思わずビクッと体が強張る。
「大和くん、ちゃんと合意の上で付き合ってるのよね?」
「え」
「やっぱり楽に無理矢理…!?」
「ぇ、ぁ、違います!ちゃ、ちゃんと合意です…」
『無理矢理ではない』その意思を伝えようと勢いよく声を出したものの、いざ口に出すと恥ずかしく尻すぼみになる大和。
その様子を見た楽の母は、ちゃんと思い合ってるのだと分かり安堵の顔を浮かべるのだった。
(お袋も充分強引だろ…)
二人の様子を見ながら楽はそう思ったのだった。
― ―
カウンターに案内され、二人は蕎麦を食べていた。
楽の母は大和のことをいたく気に入った様子で蕎麦を食べる大和を見ていた。
大和は猫舌の為、フーフーと息を吹きかけ慎重に蕎麦を啜っている。
(フーフーする度に、眼鏡が曇ってる。可愛い)
「美味いか?」
「ン。年越しそば初めて食べた」
「エ!?大晦日は年越しそばでしょ!?」
楽同様、母も驚いていた。
大和は面食らってポカンとしたかと思えば、フハッと吹き出すように笑い出した。
大和は何故笑っているのだろうか。
「ぁ…すみません、楽さんも同じ事言ってたので…親子だなって」
『楽さん』
言われた内容より気になる言葉が耳に流れ込んできた。
「お!『楽さん』って良いな!夫婦みたいで!」
「ハ何言ってんの!?」
楽の母は二人のやり取りを見て楽が本気で大和のことを好きなんだと感じた。
何故なら楽に恋人を紹介されたのはこれが初めてなのだから。
― ―
蕎麦を食べ終わり、片付けを買って出た楽を待っていると、楽の母がこちらにやって来た。
「??えっと…」
「楽、あなたのこと相当好きなのね」
「ヘッ!?!?」
「だって恋人なんて初めて紹介されたもの」
「初めて…」
「…あ!ごめんなさい!無神経だったわね」
「あ、いや、大丈夫です。本人に聞いたことあるので…」
「あら、そうなの?あんまりそういうこと言いたがらない子なのに」
「その頃はただの居候だったと言いますか…」
「なるほどねぇ。大和くんの可愛さに楽がコロッと落ちちゃったのねぇ」
「ヘァ」
「やだもう照れちゃって〜!可愛いわねぇ!」
楽の母は嬉しそうに大和を見ている。
大和は恥ずかしさに照れつつも『楽の初めて』に嬉しさを隠せないのだった。
― ―
「おい、大和のこといじめんなよ」
「いじめてるなんて人聞きの悪い!ちょっと色々聞いてただけよ。ね、大和くん」
「あ、ハイ…」
「言わせてねぇよな?」
「だ、大丈夫だから…!」
そんなやり取りをしながら、二人は店を出る。
「楽、大和くんのこと大事にするのよ」
「分かってるよ。じゃあまた大和と来るよ。良いお年を」
「えっと、そば美味しかったです。…また来ても良いですか?」
「当たり前よ!いつでもいらっしゃい!良いお年を」
「…ありがとうございます。…良いお年を」
帰宅し風呂を済ませた二人はリビングでまったりとした時間を過ごしていた。
「……楽」
「ん?」
「家に行くなら言ってよ…知ってたらもうちょっと服、考えたのに…」
「え?別に変じゃなかったぞ?」
「そういうことじゃなくて!きちんとした格好じゃないと失礼だろ!」
「別にいいんだよ、お袋堅苦しい感じ好きじゃないし。あと、大和にとっちゃあんまりイメージがないかもしれないけど、実家だと思って気軽に行ってほしいなって。だから今日はあえて言わなかった。言ったらお前ガチガチに緊張しそうだし」
「ウッ…………そりゃ、緊張するでしょ…!」
「ハハッ確かに言っても言わなくても緊張してたな」
「うるさい!」
― ―
「…………おばさん、優しい人だった」
「優しいか?どっちかと言うと強いって感じだろ」
「……パワフルって感じ」
「確かに」
「あと性格がちょっと楽と似てる」
「それは言われたことあるかもな」
「ちょっと強引なところもあるけど…別に嫌じゃなくて。あと、こっちが答えを出すのを待ってくれるのも似てる…かも」
「へぇ、そう思っててくれたのか。嬉しいよ」
「い、今のやっぱなし!」
「何でだよ!?」
そんなやり取りを繰り広げているうちに日付は0時を過ぎようとしていた。
「…………楽」
「どうした?」
「えっと…出会ってまだ1年経ってないけど、今年1年アリガトウ…ゴザイマシタ」
「おう。こちらこそありがとな」
「色々あったけど……今年が人生で一番楽しかった…から、来年は俺も楽にそう思ってもらえるように、頑張り…マス」
「今でも充分楽しいよ。でも、毎年一番楽しかったを更新していこうぜ」
「…うん」
時計の針が一番上で重なると同時に、楽の唇にも大和の唇が重なった。
「あ、あけましておめでとう楽。…今年もよろしく。こ、今年初めてのキス奪っちゃった…なーんて」
そう言いはにかむ大和。
あまりに可愛さに楽は最高の一年になると確信した。
「あけましておめでとう、大和。新年早々可愛いことしてくれるじゃねぇか。こちらこそ宜しくな」
そう言い、楽は大和にキスを返すのだった。