最後の晩餐に何が食べたいかって話になってさ、と黒尾が言い出した。普通ならねえだろと既にこの時点で夜久衛輔はちょっとうんざりしていた。黒尾ののろけはもう聞き飽きた。国境を、六時間の時差を越え、何故このような話を律儀に聞いているのか。
親子丼って答えたのよ、ちょうどお昼に食べたのが美味かったから、あのとろとろの真ん中に黄身だけ割ってあってらそれがまた濃厚でおいしくて、とどうでもいい情報をくれる。和風だしが、醤油が、半熟の卵が、白飯が恋しくなる話をつらつらと、デリカシーのない男だ。
そしたら研磨が言ったのよ…その親子丼、おれにちょっとちょうだいって! 俺もう舞い上がっちゃって……自分の顔を手で覆い、照れている黒尾の姿が目に浮かぶ。食欲が一気に減退した。
「それで?」
「次の日がちょうど研磨の食べたいって言ってたキルフェボンの新作の発売日でさ、定時で上がって並んじゃった」
研磨は自分が有利に運ぶように甘い言葉をくれることがある、という話は以前にも聞いた。分かっていても学習できないのだと黒尾は言う。惚れた弱み、どんな裏があっても、そこにひと雫の本音があると思えばやはり嬉しい、などと言っていた。
「今回は本当に騙されたっていうかさ……どれだけ検索しても元ネタがないのよ、すごくない?」
最後の晩餐、おれにちょっとちょうだい、に、元ネタがない、なんてことがあるだろうか。
「さすがにこれは本気のやつじゃん?」
夜久衛輔は宇宙に放り出されたような気持ちになった。フレーメン反応の猫と同じ表情で幾億の星の中をさまよう感覚。
キッモ、という言葉と、それはガチだな、という言葉と、言葉にできない感情で肥大していくモヤモヤ。黒尾はまだ何か喋っているが、頭に入ってこない。
「もう寝るわ」
辛うじて一言告げて、電話を切った。電話を切った瞬間、モヤモヤは言語化された。
俺、明日世界が終わる日に、一緒に過ごす相手がいない。
呆然として、でも黒尾に言った言葉の通り、布団に入ったら即寝た。疲れてたし、深夜だったし、何より元々寝つきがいいし。
寝て、起きて、思い返したら、だから何なんだっていう話だ。明日、世界? 終わらねえだろ。