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    ロシアで電話相談を受け付ける夜久さん

    #夜久衛輔
    yagyuEisuke
    #灰羽リエーフ
    grayFeatherRieff.

    夜半の通話 珍しい相手からの電話の着信に、迷ったものの結局出てしまう。
    「夜久さん、俺……」
    「まずは挨拶だろうが」
    「こんばんは! 俺、卒業したらモデルになろうと思ってて、それで」
    「俺のこんばんはを待てよ!」
     電話口の声が涙ぐんでいて、面倒臭えなと思うものの、相談を持ちかけられる程の仲でなし、それで? と続きを促したものの相手は無言だった。
    「話の続きはなんなんだ?」
    「夜久さん、こんばんはって言わないんすか?」
     ああ、死ぬほど面倒臭え。
    「言わねえから、話の続き」
    「それだけっていうか……モデルって言っても東京じゃなくて、アリサと一緒にフランスに行くことになってて、つまり俺、パリコレとか目指す感じでモデルになるんです」
    「よかったな」
    「今のうちに俺のサインとかいります?」
    「いらねえよ」
    「モデルとしてのインスタアカウント、繋がってくれますか?」
    「それおもしろいの?」
    「俺がかっこいいだけです」
     鼻で笑った、相手はまた鼻を啜った。
    「電話してよかったぁ」
    「なんなんだよ、おまえ」
    「夜久さん、俺に興味ないじゃないですか」
     それに頷くほどデリカシーがないわけではなかったが、沈黙は答えになってしまった。
    「それにモデルとか、フランスとか言ってもどうでもいいでしょ」
    「おまえは俺をなんだと思ってるんだ」
    「俺に興味なくても叱ってくれるし、俺と同じくらいかっこいいと思ってます」
     そこでまた、ズビ……と鼻をすする。汚えなと言えば話が逸れるので黙っていた。
    「俺、三年だからもう叱ってくれる人いないし、かっこいいからもてるし、そんなんでモデルになるとか言ったらキャーキャー騒がれるじゃないですか」
    「知るかよ」
    「でも、勉強したくないから専門学校行くとか、はやく自立したいから就職するとか、そういう話なんです、俺がモデルになるの」
     何となく、言わんとしている事が分かった。
    「そういう風に話を聞いてくれる人に、進路の話、したくて」
    「それでも俺は、フランス行ってもがんばれよ、位の事は言うぞ」
    「夜久さん……」
     ズビズビ鼻を鳴らしながら、リエーフは泣いていた。美しいがゆえ、特別であるがゆえに孤独なのだろう。本人の気持ちとしては。
    「おまえ、この話、研磨にもしただろう」
    「なんで分かるんですか!?」
     どうして分からないと思ったのか。
    「おまえがそういう奴だからだよ」
     そしておそらく、研磨も似たような反応をしたのだろう。面倒臭そうに、興味なさそうに、薄っぺらな優しさで最低限の労いの言葉をかける。
    「そういう事はちゃんと心配して、応援してくれる奴に話せよ」
     けれど研磨はこんな事は言わない。だから結局のところ、こちらに電話をかけてきたのだ。
    「たとえば?」
     おまえの交友関係なんか知らねえし。
    「黒尾とか、海とか?」
     本当に適当に出した名前だが、この上なく的確な人選だった。少しの沈黙のあと、ボソボソと話し始めた。
    「夜久さんに、黒尾さんや海さんがいるみたいに……芝山も、犬岡も、球彦もいて、あいつらなら、話、聞いてくれると思います」
    「いるじゃねえか、友達」
    「……いました」
     いましたと言って、咽び泣いているが、泣きやむまで付き合うつもりはない。風邪ひくなよと言って、相手は鼻声で返事をして、電話を切った。本当に何だったんだ、とは思わない。
     どんなに能天気で、自信家で、神からあれこれ与えられていたとしても、友情だけは思うようにはいかない。親の次か、時にそれを上回る親密さゆえに、気持ちを裏切られた時のダメージは半端ない。進路という先の見えない決断について夜半に思い悩み、普段よりメソメソしてしまったのだろう。
     遠く離れているので、何の力にもなれないし、親身にアドバイスするわけでもない。けれどそういうポジションの需要もそろそろ分かってきた。
     けれど、向こうが夜中のセンチメンタルな気分でも、こちらはまだ日が暮れてもいないのだ。
     そこのところを日本に住まう誰も彼も分かっていない。深夜テンションの相手と日中に話すのは面倒なのだが、正直なところ、まあちょっと、かなり、面白くはある。だからついつい、電話に出てしまう。
     ペロッと舌を出し、唇を舐める。母親に頼んだ日本のリップクリーム、早く届かないかな、などと考えて、もうさっきの電話のことはさっぱり忘れてしまっていた。
     ただ、久しぶりに日本語で、日本の知り合いと会話をした喜びは、チームメイトに機嫌がいいなと言われる程度に夜久衛輔を満たしていた。
     

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