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    ななみ

    @nanami_xH

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    ななみ

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    ・ゼロくんの日常
    ・pixivにあげていたものを再喝、エリオス初作品でした。
    ・4/1よりゲームを始めましたので、それ以前のイベストは把握できていません。そことの齟齬がある可能性がございます。
    ・ディノ・アルバーニの話ではありますが、洗脳状態の彼を中心に書いておりますので彼らしさはほぼありません。
    ・栄養バーやゼリーを無表情でもくもくと食べルバーニ見たい人生でした。

    夜明けは遠い ――とにかく、頭が痛い。今のディノの思考は3割がそれで埋まっている。1割でそれ以外の雑然としたものを処理して、残りは機能せずただ空白としてそこにあるだけだった。


     綺麗に揃えられた近未来的な白いコートと黒いヘルメット。それらを身に纏う人間が何人もいる光景は、他人から見ればどこか機械じみて不気味に見えているだろう。実際このうちのどれだけが人間なのか文字通り機械なのか、はたまた機械のような人間かなんて地上の人間には全く関係がないのだから、どう思われたところでどうってことない。身内や親友がいるわけでもあるまいし。そもそもディノ自身この組織がどういう者たちによって構成されているのか知らないし、この不気味な集団の中で自分がどれにあたるのか考えたこともなかった。これから考える予定もない。
     ざかざかとロストガーデンへと降りる階段を一歩ずつ踏みしめる。今は『歩く』という行為に集中していないと、少しでも気を逸らせばこのまま倒れてしまいそうだ。今自分が歩いているのは最後尾、仮にディノがここで足を踏み外して別に前を歩く同胞たちを巻き込んでしまっても、それらがどうなろうが知ったこっちゃない。だが、ここで無駄に騒ぎを起こして地上のものに感付かれたり、今日はこのロストガーデンにいるだろうシャムスやシン辺りに見つかると面倒なことは目に見えている。それは出来るだけ避けたいと、ヘルメットを外してこめかみのあたりをぐりぐりと刺激してなんとか意識を保っていた。
    (……アタマ、痛い……)
     最近こうなることが増えたと思う――というより、今まで何ともなかったのにここ数日で急に頭が痛むようになった、が正しいだろう。自分の中にある一番古い記憶は4年前、瓦礫の中で何者かに背を向けたところから始まり、途切れたかと思えばもうその次の瞬間にはこの部屋にいた。そこから今までただ粛々と自分の仕事をしていただけで頭痛に関して特に思い当たる節はない。何度か思い出そうとしたが、この4年間の記憶も全てがぼんやりとしていたり抜け落ちている部分が多かったりと、自分の思考すらうまく形になっていないようで不快な感覚だけが残ってしまい、いつも数秒で「まあいいか」と諦めるようになっていた。
     気付けば同胞たちはそれぞれ自分の寝床やシャワールームに向かっており、ひとつの塊の様だった白と黒の集団は散り散りになっていった。その例に漏れず、ディノも自分だけの目的地に向かいゆっくりと歩を進める。
    「……」
     シャワーを浴びる気分にもなれない。もう今日は自室に帰って眠ってしまいたい。
    今は遂行するべき命令も何もない。それならば、イクリプスのために尽くすのが己なのだと刻み込まれたそれ以外のものを持っていないディノは今なにもかもがどうでもいい――はずだ。それなのに、何かが何かを捕まえたがってあちこちを掻き毟っているような気味の悪い感覚がずっと頭と胸の真ん中で暴れ回っている。誰だか何だか知らない『それ』は何かを伝えようとしているようだが、どうせその声の主は従うべきシリウスなわけがないのだからと吐き捨てた。
     暴れまわるものが大人しくなるまで、目の届く場所にあったちかちかと切れかけのネオンをぼんやりと眺めていたその時、ふと強い匂いを感じて思わず周囲を見渡した。油――おそらくチーズの匂いだ。それだけじゃないいろんなものが混ざった匂いだという事は分かるが、その細かい内訳を言い当てるスキルも知識も今のディノにはなかった。見渡した中で見えたのは、商売に成功して機嫌がいいのか、若い顔立ちの薬の商人がゲラゲラと笑いながらビールと薄くて大きいカラフルな箱を持って通りすがって行った光景だった。あの形には見覚えがある。
     ピザは嫌いだ。――言葉を間違えた。ピザは苦手だ。ほんの数日前から苦手になったと言ってもいい。あの匂いも見た目も、何故かディノの頭に痛みを引き起こさせるようになったのだ。いくらロストガーデンは地上とは違う世界だと言っても、4年間も生きてきてそれに触れないことはなかった。今まで何度か見かけたことがあるがその時は何も感じることはなかったのに、つい最近からディノを苦しめるようになったのだが、その理由も分からない。自分の目的もしたいことも、この頭痛も何故かずっと思考がハッキリしない理由も、時々記憶が抜け落ちていることも全て自分の事のはずなのに自身で理解できない事が多すぎる。だが、『それでいい』と無意識に思っているディノはそれらを深追いすることはなかった――深い思考をすることを禁じられていた。


     ふらふらと歩いて自室に辿りつく。これもディノ自身は理由を知らないが、ディノはシリウスに少しだけ他よりも目をかけられている。そもそもこのロストガーデン自体がボロボロであまり綺麗な場所ではないものの、それでも比較的整っている場所をディノだけの部屋として与えられていた。だがこだわりも欲しいものも、守るものも何もないディノにとっては過ぎた空間でしかなかった。小さなベッド、ガタガタと安定せずその職務を全うに果たせないだろう机とその脇に置かれたゴミ箱でもういっぱいになってしまう簡素で小さな部屋だ。この部屋は電気も通っていない。不便だろう、とシリウスが置いていったランプはあるが、長らく使っていないからもしかしたらもう機能しないのかもしれない。少ない荷物を雑に床に置き靴だけは脱いでベッドに乗りこんだ。そのまま壁に背をつけて、コートについているフードを深く被り、そのまま電源を切るように意識を手放していく。
     酷く静かだ。この部屋は何を目的に作られたのか、周囲の音をかなり遮断する防音空間になっていて、先程バタンと閉めた重い扉がディノと外界を遮断している。
    「……」
     フードをより深く被るためにぐっと引っ張った。この部屋は音を立てるものは何もない静かな空間で、たった今鳴らした布が擦れる音しか響いていない。なのに、ディノの頭の中には壊れたラジオのようなざらざらとしたノイズがいくつも行き交っていて、少しも静かだと思えない。
    『――次は――早く――』
    『――また――てんの――』
    『――けは――だよ――』
    『――さん、――――さまが――』
    『おい、――――だろ――』
    『どこ――』
    『待て――――』
    「……うるさい」
     せめてハッキリ聞こえてくれたら幾分楽になれるだろうに、何を言っているのか分からないことがディノを苛立たせた。このノイズたちはまるで形を持ってディノの頭の中身を掻き回しているかのようにガリガリと痛みを与えている。誰の声で何の音で何の匂いで、どうしてこんなものがディノの中にあるのか、全て何も分からない。チッ、とひとつ舌を打つ。
     その声達に思うことは何もなく、ただの雑音として受け取った。だがディノがどう受け取ったところで、その声達は容赦なくディノの内壁を削っていく。
    『ディノ』
    『ディノ』
    『俺と友達に――』
    「あ、あああぁあッ……!」
     ――頭が痛い。
    「……ぃ、やだ、やめろ……やめ、っ……!」
     思わず口をついて出た言葉をディノ自身は認識していない。故に、その言葉は『自分』に対してのものなのか、そのノイズに対してのものなのかなんて考える余裕もなかった。
    「ブラッド――キース……!」

    「――随分と苦しんでいるようだな」

     その静かな声は、すべてのノイズを消し去った。姿勢は変えないまま目を開き、ゆっくりと視線だけを声のした方に向けると、赤い目が綺麗な白い男がいつの間にか室内に入っていてベッドの脇、ディノの正面に立っていた。
    「……シリウス」
    「やあ。……食事は摂ったか? シャワーは? 不健康も不衛生も良くない」
    「……」
    「……まあ、今は良いとしよう。……調子が悪いのか? また壊れたかな」
    「……何の用だ」
    「様子を見に来ただけだ。そろそろ調整し直そうかと思ってね。頭が痛んで苦しいだろう? 直してあげよう」
     そう言ったシリウスがディノの頭に手をかざそうとしたのを乱暴に払い除け、無駄だと分かっているがギリ、とその赤目を睨み付ける。元凶の白々しい言葉とずっと響き続ける頭痛にはいい気分がしない。声が上手く絞り出せないこともあり、普段よりもずっと低い声で唸った。
    「……どの口が……」
    「……ああ、なるほど――君は今、どちらなんだ?」
    「どっちでもいい、だろ……」
    「『どっち』という言葉の意味を理解している時点でそうだと言っているようなものだ。ねえ、元スパイのディノ・アルバーニ」
    「……ッ」
    「はあ……あまり手を煩わせないでくれ。確かに君はいい働きをしたけれど、今の君にはその時ほどの輝きがないのに」
    「……なら放っておいたら、いいだろ……」
    「何を拗ねているんだ。……放っておいたところで、君は何にもなれないしどこにも行けないのに? なら君は今のままであるべきだと、そうは思わないか? 無理してここから離れるよりも、その方がずっといいと思うよ」
     感情の読めない微笑みを絶やさず、シリウスは無慈悲に淡々とそう告げた。確かに自分は取り返しのつかないことをしていたのだと、曖昧な意識の中でも自覚できてしまっている。トリニティに『本当のこと』を教えられたあの日の光景がフラッシュバックしたが、それでもディノ・アルバーニとしての最後の矜持はまだあるはず――なのだろうか。ディノがその答えを見つけるよりも先に、夏の空のような青い目は白い手に塞がれた。真っ黒になった視界はディノの意識を簡単に沈めていく。
    「あ、あああ……ッ!」
    「まったく、好物の匂いくらいで揺れるとは……まあ、まだ調整し直せば動かせるだろう」
    「やめ……っ、――! あ、ぁぁ……!!」
    「……久々だからね。少し強めに……いやいっそ使い潰して――」
     その先の言葉はディノには届かなかった。



     ――静かに目を開く。何かがなくなったような、何も変わっていないような不思議な感覚を覚えて首を傾げる。
    頭痛があったことも、何がきっかけでそれが起こるようになったのかも、どうしてそうなっていたのかも今のディノは何も覚えていない。ただ、眠る前にシリウスの姿を見かけて、それが自分に何かを施しを与えたのだと、何も覚えていないのに事実としてそれだけは認識していた。
    「……」
     何故だかとても調子がいいことを自覚した。頭の中がとてもスッキリしていて、余計なものが何もない真っ白な状態が心地良い。それは眠る前までは『余計なものがあった』ことと『それはディノを乱していた』ということの裏返しではあるのだが、深い思考が出来ないようになっている今のディノはそこまで思考が及ばなかった。
     ここには時計もなく、外からの光も届かない。まるで監獄のような部屋の隅のディノには今が朝なのか夜なのかすら分かるはずがなかった。ふと目を向ければ、机の上には持ってきた記憶もない水の入ったペットボトルと栄養バーがひとつだけ置いてあるのが見えたが、それはいつもイクリプス用の備蓄倉庫から持ち出しているものと同じ商品であることにすぐに気付き、無意識の自分かシリウスが置いたのだろうと深く考えなかった。特に空腹は感じていないけれど、昨日この部屋に戻ってから何も食べないまま眠ってしまっていたことを思い出し、空腹で動きに支障が出てはいけないからとそれらに手を伸ばした。
    「……新味?」
     特に味を気にしたことはないけれど、そのパッケージがいつも適当に取っているものより少しだけ可愛らしいデザインになっていることに気が付いた。デザインなんてちゃんと見たことはなかったけれど、ここまでファンシーなものに変わっていたら流石に分かる。ぺり、と音を鳴らしその包装を引っ張ってそこに記載されているものを読んでみたが、いつも食べているのが何味かを把握していないので、単にデザインが違うだけなのか違う味なのかは分からなかった。
    「ん、ん……?」
     今声を出してみてわかったが、絶好調だと思っていた体なのに喉だけは少し調子が悪いらしい。ざらざらとした不快な感覚は、まるで思いっきり叫んだあとのようだ。今のディノにはそんな記憶はないのだが――。そこまで考えてぷつんと思考が途切れる。
    (まあいいか)
     ペットボトルの水を一気に三分の一ほど飲んでから、口の中の水分を奪うそれを一口齧った。上に少しナッツが乗っていたことと、いつもと違う甘さがあったことから新商品なのだろう。まあ、栄養になって腹が満たせればなんでもいいのだが。無感情にもくもくとそれを食べ進め、もう一度ペットボトルを煽った。元々喉が渇いていたことと、口の中の水分をまるごと奪うような食べ物をたった今食べたからか、気付けばそのまま飲み干していた。分別なんかせずに栄養バーの包装も空きペットボトルもゴミ箱に雑に放り込む。
    「……風呂」
     眠る前にシャワーを浴びていなかったことをもう一度思い出した。特に持って行く道具もないため身ひとつで狭い部屋から出たが、それでも地下であるロストガーデンには日光は届かないため今が朝か夜かも分からなかった。普通に眠っていたなら今は朝なのだろうけれど、よく眠って頭がスッキリした感覚はあるからきっと時間の感覚は狂っているだろうことも自覚した。――本人は覚えていないことだがシリウスによって弄られた頭を整理するための意味もあった睡眠は普通の長さではない。一応地上と繋がっているらしい建物のネオンが切れかけながらも点いていることから、夜であることだけはディノも理解した。
     イクリプスのシャワールームは運がいいことに今は空いていて、すぐに浴びれることになった。棚に置いてある替えの服はどれが誰のものかは決まっていないので、自分のサイズに合うものとタオルを適当に掴んだ。脱いだ服を適当に放り込んでおけば、気付かないうちに洗濯されてこの棚に補充される。誰かは知らないが洗濯する者も面倒だろうし、着る側もサイズさえ合えばなんでもいい、と考える者が多いから適当に使い回すことが殆どだ。ごく少数こだわる者もいるが、今のディノはそうではなかった。ただひとつ強いて挙げるとするならば、どこからかかき集めたのだろうデザインも色も統一感がないタオルを取るときは、無意識に自分の髪と同じ色を選ぶことが多いことだけがこだわりと言えるだろうか。


    「……ディノか」
    「……どうも」
     微妙に乾ききっていない髪を煩わしく思いながらも自室に戻る最中にすれ違ったのは、自分が所属する小隊の隊長だった。いくら他人に興味がなく持つ必要がなくとも、隊長の顔を知らないのは不便だからと無理やり覚えさせられたのだ。いくらか感情があるその人だが、まったく表情が動かないディノにつられたのか淡々と業務連絡だけ行った。
    「次からの出動では、お前は対ヒーローに当たれ。ある程度の単独行動はしても良い、とシリウス様からの通達だ」
    「……分かった」
     所謂『モブ戦闘員』の中で――ヒーローだった時と比べて能力は格段に落ちているが――ディノはそれなりに戦える方である、対ヒーローに当たれと言われることに違和感はない。事情を知る者が見ればむごい事を、と言うだろうが隊長はもちろん、ディノ自身もディノ・アルバーニとヒーローという組み合わせが何を意味するかは知らなかった。
     そういえば、と今の日時を聞けば、ディノの最後の記憶からもう2日経った夜中らしかった。どうやらまるまる48時間ほど眠っていたらしい。口先の礼と簡単な挨拶だけして隊長と別れた。
     次の出動までは自由時間だが、特にすることもない。だが特にそれを退屈だとも思わなかった。少しだけ歩くと、比較的広めの道の脇に、カラフルな薄っぺらい箱がひっくり返って無造作に捨ててあるのが目に入る。その光景を映像としてそのまま受け取って、特に何の感情も抱かず取るに足らないと無視して歩を進めた。
     ディノに時間を教えてくれていたネオンはもう消えていた。ここ最近ずっと明滅して消えかけだったのだ、ついに事切れたのだろう。騙し騙し過ごしてきたけれど、そろそろ午前か午後かまで分かる電子時計をどこかで見つけておかなければ――とロストガーデン内の散策に赴くことにした。
     夜明けはまだまだ遠い。明けたところでそれに気付かない、というのは不便だろうから。
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