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    伏黒くんが張り切って好きな人に会いに行く話(タイトルまんま)

    好きな人に会いに行くならお洒落するだろ「あっれ?恵じゃん。どしたの、そんなお洒落しちゃって」
    騒然とした駅の中でもはっきりと聞こえたその声。瞬間、伏黒は盛大に顔を顰めた。よりによってあの人と出会すとは。
    無視したいところだが、そうすると余計面倒なことになる。伏黒は渋々ながら振り向くと、案の定そこには自分の後見人である五条悟が立っていた。片手には、すぐ売り切れるで有名な和菓子店のロゴの入った紙袋を持っている。買い物帰りらしい。こんな朝早くからご苦労な事だ。
    「……なんですか、五条さん」
    「え?別に、見かけたから声かけただけだけど」
    「じゃあもう行っていいですか?」
    「え〜、そんなこと言わないでよ。今からどこ行くの?もしかしてデート?」
    キャーッ!なんて裏声を出してくる。耳がキンキンする。ねぇねぇどこ行くの?誰と会うの?僕の知ってる人?矢継ぎ早にそう言われて、伏黒は耳を塞ぎたくなった。だからこの人に会うのは嫌なのだ。絶対にからかわれると分かっていたから。
    「外出る時でもさ、今までそんな外見に気使ってたことなかったでしょ?ワックスまでつけちゃって」
    「はぁ……好きな人に会いに行くならお洒落ぐらいするでしょう」
    「ほらやっぱり好きな人が………え?」
    「もういいですか?乗り換え間に合わなくなるんで」
    伏黒の返答が予想外だったのか、五条は一瞬目を見開いて固まった。その瞬間を逃さず、伏黒はさっさとその場を後にする。すぐ我に返った五条に後ろから名前を呼ばれたが、生憎それに応える暇はなかった。これ以上もたもたしていると、本当に乗り換えに間に合わなくなるのだ。
    ギリギリで電車に乗り込み、一息つく。車内は満員電車と言っても過言ではないほど人でいっぱいだった。休日にも関わらずだ。おそらくこの電車に乗っている人のほとんどが、伏黒と同じ目的地へ向かっているのだろう。そこへ近づくにつれ、緊張で心臓が早鐘を打つ。
    会ったらまず何を言うべきか。あまり時間はかけられない。人が多ければとりあえず目的だけ果たして、時間を開けて改めて行くか。ネットで調べた情報をもとに何度も頭の中でシミュレーションをするが、あくまで想像の域を出ない。とはいえそれは仕方がなかった。伏黒は初めてなのだ。同人誌即売会というものに参加するのは。

    伏黒は隠れオタクであり、腐男子である。きっかけは、書店で間違えてBL漫画を買ったことだった。自分でもどうしてこんな間違え方をしたのかと思うが、案外同じようなきっかけで腐ったという人は多いようだ。
    とにかく、それからは沼だった。ハマったジャンルで気になる関係性の2人を見つけると、つい検索して更にハマってしまうということを繰り返していた。SNSで専用のアカウントも作り、ROM専として使っている。たまに匿名ツールを設置している人のところに感想を送ったりして、日々を過ごしていた。
    そんな時に出会ったのが、スクナだった。
    スクナは、絵も小説も両立しているとんでもない人だった。繊細且つ力強いタッチで、プロのイラストレーターが描いたのかと思わせるような絵を時折SNSにアップしている。小説は殺伐としたパロディを書かれることが多く、それに伴い死ネタ系が多いが、どの話もどこかリアルで自然と頭の中に読んでいる部分の映像が流れる。そして読んだあとは壮絶で壮大な映画を1本見た後のような心地にさせられる。伏黒は気づけばファンになっていた。スクナは言わば、伏黒の推し作家だ。
    そんなスクナが、初めて同人誌即売会に参加し、本を出すというのだ。表紙にスクナが描いたイラストが、中身にスクナが書き下ろした小説が、紙媒体として手に入る。これはもう行くしかない。伏黒の決心は早かった。
    女性向けと言うほどなのだから、当然現地は女性ばかりなんだろう。そんなところに外見に気を配らないようなオタク男が1人でいれば、悪目立ちすることは免れない。そしてそんな姿で推し作家さんの視界に入っていいわけがない。せめて悪目立ちはしないよう、この日のために事情を知っていて尚且つファッションに詳しい友人に、わざわざ朝早くに来てもらって全身コーディネートしてもらったのだ。とはいえ、綺麗に整えられたがそこまで普段の様子からかけ離れているわけではない。不安は少しあるものの、あまり今どき風だったりチャラチャラしすぎるのもよくないそうなのだ。怖がられたり嫌がらせ目的と勘違いされる可能性があるから、シンプルなのが1番いいと胸を張って友人に言われた。嫌がらせなんてする奴がいるのかと思いつつ、友人がそう言うならそうなんだろうとひとまず納得した。
    朝早く呼び出した代わりに、今度丸一日買い物に付き合うという約束をとりつけられたが、そこは仕方がないだろう。

    駅について人の流れに身を任せて歩く。現地でスタッフの指示に従い向かった先は、野外の一般待機所だった。移動中の時点で多いとは思っていたが、待機所にいる人の数がえげつない。当然伏黒がいるジャンルとは違うジャンル目当てで参加している人もたくさんいるだろう。しかし、果たして自分はお目当ての作品が買えるのだろうかと、不安になってきた。そしてこれも分かっていたことだが、参加者のほとんどが女性だった。なんとなく視線を集めている気もして、男1人で参加する伏黒は肩身が狭い思いだった。
    しかしそれも時間になって進み始めた列を見るとどうでもよくなった。いよいよか。伏黒は、スマホにメモしたスペースナンバーをもう一度確認する。推しカプを取り扱うサークルのスペースには全て向かうつもりだが、最優先はスクナだった。絶対に買いたいというのもあるが、なんせ、通販の予定はないと事前に告知されていたのだ。会場に入れたら真っ先に向かわなくては。迷わず辿り着けるか不安だ。
    列は滞りなく進み、伏黒はとうとう会場内へ入った。まるで祭り会場のように人で混雑としている。真っ直ぐ進めない。人酔いしそうだ。壁や机に文字が大きく貼られているのを見ながら、なんとか進んだ。参加者が女性ばかりということもあって、身長の関係で伏黒は周りを見渡しやすい。その分足元が見えづらいので、転ばないよう気をつける。
    (36、37、54、38、17……)
    もうすぐ、この辺りだろうか。スペースナンバーを順に見ながら進んでいくと、コスプレでサークル参加している2人組が目に入った。
    (09のab……ここだ)
    まさしくそのコスプレで参加している人のスペースに、目的のナンバーが書かれた紙が貼ってあった。スペースを2つ分借りているのか、長机1つまるまる使って、本やポスター、お品書きが飾られている。
    1人は長机の真ん中で腕を組んで座っている、白い着物を着て顔に刺青が入った明るい髪色のガタイのいい男だった。情報量が多い。なんのコスプレかもさっぱり分からない。鬼とかだろうか。今は座っているから分かりにくいが、立ったら2m近く背がありそうだ。
    そしてその隣に立っている、袈裟姿で白髪おかっぱの(男か女か分からない)人。椅子があるのに何故か座らない。そして、この人もなんのコスプレなのか分からない。ただ、『売り子』と書かれた札を首から下げているので、この人はスクナではないんだろうと伏黒は判断する。
    つまりその隣の妙な威圧感を発している男こそがスクナなのだ。
    シンプルに怖い。
    伏黒はまずそう思った。男というだけで見立つのに、ニコリともせず仏頂面で腕を組んで座っている。とても近寄り難い。自分が初参加だから見慣れないだけで、実はこういったことは普通なんだろうか。周りを見渡したが、なんとなく道行く人みんな視線を合わせないようにしている気が……、いやそれも気のせいなのかもしれないが。
    しかし流石と言うべきか、スペースの前には行列が出来ており、山積みされた本もどんどん減っていく。早く並ばなければ。伏黒は慌てて最後尾に並んだ。
    売り子の捌きがいいのか、列の進みが早い。2人いるからかとも思ったが、見た感じでは売り子が一人で本や金銭の受け渡しをしているようだ。スクナはどこかつまらなそうにしている。楽しくないんだろうか。どうして。そんな事を考えている間に、とうとう伏黒の番が来た。
    近くで見ると、カラコンでも入れているのか、2人とも赤い瞳をしていた。特にスクナの方は、その目付きも相まって迫力がある。チラリと目線を向けられて目が合い、伏黒は固まった。一瞬で頭の中が真っ白になってしまった。
    どうしよう、なんて言うんだっけ。
    本人を前にして緊張で汗が吹き出し、手が震えた。何か言わなければ。イラストに一目惚れして、小説で感動して、大ファンだって。言わなければ。そこまで考えたところで、手紙を書いてきたことを伏黒は思い出した。
    慌てて手提げカバンからファイルに入った手紙を取り出し、伏黒は手を震わせながらそれを両手で持って勢いよく前に突き出した。
    「好きです!!」
    瞬間、伏黒の周囲が静まり返る。
    意図せず腹から声が出てしまい、その言葉はよく響いた。手紙を差し出しながら、緊張で顔を紅潮させ、「好きです」と。まるで一世一代の告白のようだった。
    いや、普通に「新刊ください」でよかったんじゃないのか?
    言った後に伏黒はハッとした。そもそもここに来る前に、人が多そうなら目的だけ果たして後で改めて行こうとか、考えていなかったか?後ろに人が並んでいるのに時間をかけては迷惑になると、ネットに書いてあったのだ。だから、新刊だけ先に買えたら、落ち着いた頃に手紙や差し入れを渡しに行こうと思っていたのに。やってしまった。
    というか、いきなり好きですって、不審に思われるのでは。
    「あっ、いや、えっと、これは、スクナさんのイラストとか、小説が好きですっていう意味で、あの……新刊ください……」
    黙ってじっと注がれる2つの視線に耐えられなくなり、伏黒は手紙を持った腕を下ろしながら弱々しく言った。何をしているんだ、自分は。大好きな人の前で。一生の恥だ。
    「新刊1冊ですね。1000円になります。そちらのお手紙もお預かり致します」
    「あ、はい」
    売り子は何事もなかったかのように振舞った。手紙も受け取ってもらい、ホッと息をつく。少しだけ冷静さが戻ってきて、伏黒は財布からお札を出しながら、もう今差し入れも渡してしまおうかと考えた。渡すだけならそう時間はかからないだろうし、正直なところまたここに戻ってこれる勇気がない。
    「1000円丁度ですね。こちら新刊になります」
    「あ、ありがとうございます。あと、あの、これよかったら……」
    「……申し訳ありませんが、差し入れは全てお断りさせていただいております」
    「えっ、」
    恥の上塗り。すぐさま伏黒の脳裏をよぎったのはその言葉だった。
    そういえば、確かに差し入れを断るサークルもいるというのは聞いたことがあった。好き嫌いやアレルギー、差し入れ関係のトラブルを避けるために。もしかしたら自分のチェックが甘かっただけで、どこかしらに差し入れは断っているというようなことをスクナは書いていたのかもしれない。
    視線が痛い。あまりの恥ずかしさで顔から火が出そうだった。咄嗟に謝りながら手を引っ込めようとした時。
    ガシリと、無骨な手に掴まれた。
    えっ、と思い、掴まれた手を辿っていくと、それは売り子の隣に座っていた男の手だった。ゆらりと椅子から立ち上がり、伏黒を見下ろす。
    「……スクナ、さん、」
    デッカ。
    伏黒はまずそう思った。身長は思った通り、2m近いようだ。見上げた感じだと五条と同じくらいのように思えるが、彼はスラリとしていて縦に長い。しかしスクナは、着物の上からでも筋肉の鎧を纏っていることが分かる。その分大きく見えるし、迫力があった。
    「……これは、」
    「え?」
    「これは、なんだ?」
    低く落ち着いた声でそう言って、スクナは目線を落とす。つられて伏黒も上げていた顔を下に向ける。これ、とは。どうやら今自分が持っている差し入れのことを言っているようだ。
    「これは、入浴剤です。リラックス効果があるって評判だったので……」
    落ち着く香りで肌にもよく、体の芯から温まる。というのが謳い文句の商品だ。レビューもよかった。きっと執筆活動で疲労が溜まっているだろうと、伏黒はそれを選んだのだ。しかし、差し入れは全て断っているそうなので、これはもう渡すことは出来ない。自分で使うか、折角なら今朝世話になった友人にあげようか。などと思っていると、上から「そうか」と声がした。
    「入浴剤は必要ないと使ってこなかったが、折角だ。これを機に使わせてもらう。有難く頂こう」
    「え!?」
    「宿儺様!?」
    伏黒が驚いて声を発したのと同時に、すぐ近くからも驚いたような声がした。そちらを見ると、売り子が目を見開いて信じられないというような表情をしている。
    「喧しいぞ。なんだ」
    「は、も、申し訳ありません。しかし、差し入れは全てお断りするはずでは……」
    「フン、気が変わったのだ。お前、名はなんという」
    「え、えっと……伏黒、恵です……?」
    こういう時は、おそらく本名ではなくSNS上でのニックネームを言うべきなんだろう。しかし、伏黒はもうそこまで頭が回らなかった。ずっと掴まれていた手を、今度は両手で包みこむように握られたのだ。握手会か何かか?爪が黒いとか、手首にも刺青があるとか、腕を組んでいた時には気づかなかったことに気づき、現実逃避のようにぼんやりと考えている。
    「そうか。伏黒恵、この後時間はあるか?」
    「この後……?は、他のスペースをまわるつもりですけど……」
    「では、その後だ。買い物を終えた後、予定は入っているか?」
    「いえ、特に何も」
    「ならばここに戻ってこい。お前に興味がある」
    そう言って微かに微笑んだスクナを見て、伏黒は本日2度目の頭真っ白を味わった。
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