仔兎の話 ──弱者が救われるには、救われるだけの強さが要る。
かぐや姫であるならともかく、月からこぼれ落ちただけの兎では、何も──
生まれた時から、ぼくは無価値だった。捨て子で、力もなくて、何も出来なくて……唯一褒められたのは、この顔だけ。
だから、髪を伸ばして、しなを作って、女の子みたいに振舞った。そうすると、ぼくを必要としてお金を出す人がいるから。
そんな生活を続けていたある日、ぼくを買いたいと言った人がいた。その人は大金を積んでぼくを買い、ペットのように扱った。
その生活は、別に悪くなかったように思う。少なくとも食と住居は保証されていたし、気まぐれに暴力を振るわれることはあっても、殺されると思ったことはなかったから。
でも、その人がぼく以外の子を路地裏から買おうとした時、目の前が真っ白になった。それは、ぼくが守りたかった子かもしれない。ぼくがパンをあげた子かもしれないから。
だから殺した。背中を滅多刺しにして、絶対に動けないようにした。心臓の音がしないことを確認してようやく、安心できた。
どうしようかと迷っていると、突然おうちの扉が開かれて、夜の色をした人がやってきた。
「やあ! 君がファジーかい? 目を合わせると死ぬ、なんて噂の」
「……ぼくのこと、しってるんですか?」
その人は頷いて、屈んでくれた。
「そうだね、偏った噂だけれど、君のことは知っている。……この家の持ち主は彼かい?」
死体を指差して、彼は首を傾げた。それに肯定を返すと、なるほどと呟く。
「それなら都合がいい。ファジー、僕のところにおいで。そうすれば君におかしな噂がつくこともないし……こんなことで手を汚す必要も、自分を売る必要もなくなる」
それは、魅力的な提案だ。そして何より、ぼくには他に選択肢がなかった。
手を伸ばそうとして、気づく。血まみれの手で握手をするのは、失礼にあたるだろうか。そう思い、ぼろぼろの服で手を拭いてから彼の手を取った。
「……ようこそ、ファジー。夜の闇より暗い、悪の巣窟へ」