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    りうさき@

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    りうさき@

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    月島の欲しいものの話。最終回後、明治軸

    執着 桜の散ってしまった並木道の道すがら、一歩前を歩いていた上官がふと肩越しに振り向く。口の端についているのは先刻食べていたみたらしかと短く溜息を吐いた月島に、鯉登が楽しそうに問い掛けた。
    「なあ、月島は何か欲しいものはないのか」
     突拍子もない質問を投げかけて来るのはこの子供にはよくあることで、特に今更驚きはしない。ただ頭の中で質問を反芻して、理解してから出た答えはただ「はあ」という短い、溜息にも似た音だけだった。明らかにむっと眉を寄せた鯉登が身体ごと振り向いて月島に向き直る。
    「何かこう、どうしても欲しい! というものだ。ないのか? 何でもいい」
    「何故そんなことを訊くんです?」
     質問に質問を返しながらハンカチを差し出して自分の口許をつつくと、何を示されたのか理解したらしい彼がそそくさと受け取ったそれでみたらしを拭った。
    「前から思っていたが、月島はどうにも欲がなくていかん」
    「はあ」
    「最後まで生き残る人間は欲の強い人間だとむかし父が言っていた」
     幾多の戦地を潜って来た鯉登の父は、そうして生き残って来た人間を幾人も見て来たのだろう。一理あるなと納得しながら、ありがとうと戻されたハンカチをポケットにしまった。
    「それで私に」
    「うむ。どうにも月島にはそういった執着のようなものが見えん」
     何を言わせたいのかと探ってみるけれど、恐らくその努力すら徒労に終わるのだ。いつでも裏のない言葉を口にする鯉登は仕事であるならいざ知らず、それ以外の場面で質疑によって人の裏側を探るような真似はしない。素直すぎるほどに素直なひとなのだ。
    「まあ……特にないです」
    「つきしまぁ~」
     がっかりだと言わんばかりの言い方に鼻を鳴らす。何を期待されたのかは知らないが、月島はその質問に対する答えを持っていないから仕方がないのだ。

     だって。何になる。欲しいもの? それらを口にして、この場で駄々をこねて手に入るなら幾らだってそうしてやる。
     鶴見中尉と共に在りたかった。最後まで一緒に戦いたかったのは本心だ。彼の一番の兵であろうと思ったのも、彼が必ず何かをやり遂げるのであろうと信じていたことも。その時傍に在りたいと思っていたのも全て。『鶴見中尉が創った未来』が欲しかった。
     そもそも戦場になど行かず、あのまま駆け落ちしていればよかった。ちよは月島を信じて島で待っていたのだろう。来る日も来る日も海に向かって無事を祈り、駆け落ちする約束を信じてくれていたのだろう。そんな彼女が月島の死亡通知を見た時の絶望たるや。『ちよと歩む未来』が欲しかった。
     そもそも、生まれる家庭が違っていたら幼少期に痛い思いも苦しい思いもする必要がなかった。働き者の両親がいて、飯も布団も心配なく、ただいまと告げたらおかえりと返される、何の特別もない、『安心して暮らせる家庭』が欲しかった。
     望むものなど幾らでもあるのだ。毎日炊き立ての白飯を食べたいとか、新潟のいい酒が呑みたいとか、広い風呂のある家に住みたいとか、些細なことから大それたことまで、それはそれは月島の身体の中をいっぱいにするくらいに沢山、『欲しいもの』は溢れている。
     けれどもどれも、口にしたって所詮叶わぬ夢であると知っていた。鶴見もちよももういない。今更生れ落ちる環境を欲したところで齢三十を過ぎてしまえば今更だ。
     だから、単に口にしない。言葉にする必要がない。

     むっつりとしたままの月島に焦れたのか、やや呆れを含んで肩を上下させた鯉登がふと短く息を吐き、ひらりと手袋をした手を振った。
    「まあ、何か思いついたら教えてくれ」
    「鯉登少尉殿がご手配くださるんですか?」
    「物によるな。むしろ手に入らないものを希った方がそれを手にするまではと奮起するのであれば無暗に手出しせん方がいいだろうしな」
    「まあ……それもそうですね」
     もう二度と手に入らないものへの欲求は確かに、後ろ髪を引かれるものとなったとしても未来への導や生への執着になりはしない。
     けれどもひとつ。ただひとつ、月島には生きることの原動力となり得る欲求と執着がある。これまでの願いを、欲求を、希望を総て掃き棄たとしても、どうしても手に入れたいもの。それが手に入るのならばこの命すらその場で切り捨てられても本望だと思うくらいの、それは。
    「帰るか、月島」
     鯉登の背後で既に花弁を散らしてしまった後の青々とした桜の樹が風に揺れた。笑った顔はいっそ無邪気なそれで、けれどもその頬に残った傷が一端の戦士の風貌を創り上げている。ひどく不均衡に見えるその容貌と仕草とそんなものの総てが。

     ――このひとの、この美しいひとの身も心も、髪も爪も一つ残らず全部がおれの物になったらいいのに。そうしたら他にはなにひとつ要らないのに。

     彼が生きている以上はこの身を焼き尽くして焦がしても足りないくらいの鯉登そのものへの欲求が、月島の生への執着を支えるのだろうなと花の散った青い葉に漠然と考えた。
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    りうさき@

    DONEバレンタインの⚽️してない⚽️部パロ

    これの設定を引き継いでます
    https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=18553394#6
    寮の部屋のドアの向こうから「開けてください」と声がしたので開けてやると、紙袋を両手にどっさりと抱えて、更に腕にぶら下げた月島が思い切り不機嫌な顔で「ただいま」と呟いた。反射的に「おかえり」と答えたものの、鯉登の視線はその荷物に釘付けで、部屋の片隅にそれらを漸く下ろした背中が深く重い溜息を吐き出す。
    「た…大量だな」
    今日はバレンタインデー。紙袋の中は大量のカラフルな包み、とくれば、中身は考えずともわかった。
    どうやら同室で二つ年上の先輩は随分とモテるらしい。見る目があるな、と誇らしくなる反面、その中のいくつが本命で、どれかに気持ちを返すのかと考えると胃の中がぐるぐるした。

    月島に憧れて、鹿児島のユースから無理を言って北海道の高校に転入した春からもうすぐ一年が経つ。三年生の月島はもう卒業が間近だ。先月就職試験を受けた彼は無事に希望の就職先への進路を決め、あとは卒業を待つばかり。社会人サッカー部のある会社ではあるが、一緒にサッカーをやる機会ももうなくなってしまう。まして卒業してしまったら、今のように朝も夜も顔を合わせることなどなくなってしまうのだ。
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