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    りうさき@

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    月鯉
    記憶がある鯉登と記憶のない月島。どうやってくっ付けようかと考えてたけどくっ付かなかったから離れ離れのまま。月島の隣には女性がいます。嫁なのか彼女なのか婚約者なのかは分からない

    砂浜を歩く。陽は高く、適当に買ったビーチサンダルが指の股に食い込んで痛かった。けれど歩みを止めずにそのまま歩き続け、やがて何もない所で漸く足を止める。
    海に向き合う。そろそろと波打ち際に近付いて、足の爪の先が濡れる所で立ち止まり、思い切り深呼吸をした。磯の匂いに満たされて肺が膨らみ、引いていく波と共に足の下の砂がずるりと引っ張られる。
    ビーチサンダルを履いていてよかった。砂が引く感覚は苦手だ。海に引きずり込まれてしまいそうな錯覚を覚える。そもそも抱えていたものを投げ捨てたくてここへ来ているのに、更に嫌な思いを積んではまるで意味がなかった。
    一歩、一歩下がって、さらりとした砂浜に腰を下ろす。左右は岩場に囲まれて、目の前は海しかない。誰もいない砂浜は春先という海水浴からは外れた時期のせいか。
    後ろに手を着いて空を仰いだ。波音は一定のリズムで鯉登の耳を撫で、胸の奥に沈んでいた鬱憤を引き取ってくれるような気がする。
    けれどもその更に奥にしまい込んだ傷だけはどうにも引き受けてはくれないようだった。

    「さがしものはなんですか」

    波に紛れて口ずさむ。母がよく歌っていた昭和歌謡曲。何となく気に入っていて、むかしからよく歌っていた。こんな場所まで来たって、鯉登が探しているものが見付かるわけがない。

    佐渡の海は関東の海水浴場とは全く違っていた。
    そもそもあの男の故郷だからといったって、こんな所まで来て何があるわけでもない。数十年前に再会を約束した月島はこの時代にはいなかったのだから。



    父に連れられて参加したパーティで幼少の頃から探し続けた月島に出会った時、やはりあの時代に結んだ縁はしっかりと結ばれていたのだと確信して、涙が出るほどに嬉しかった。
    見つけたと思った。やっと見つけたと思ったのに、月島の隣にはもう可憐な女性が立っていて、鯉登が入り込む隙間など僅かたりともありはしなかった。
    現代の月島は明治の記憶を持たず、再会した鯉登に上司の息子として接して、鯉登のことなど露ほど知らないくせに、「素敵な方ですね」「モテるんじゃないですか」だなんて笑って話しかけてくる。隣には、控えめに笑みを浮かべる恋人。これはどんな拷問だと心が死んでいくのが分かった。
    極楽浄土など望まなかったけれど、まさか転生してから地獄を味わわされるなどとは思っていなかった。前世では鯉登の傍で独身を貫いたから、今世では嫁をもらって子供をもうけて、そうしてどうか幸せに――などと言えるほど人間できてはいない。けれど奪ってしまおうと思うほどの胆力もない。
    そっと彼と距離を置き、隙を見計らってパーティを抜け出して、先に戻ったホテルのベッドで思う存分に泣いたものだ。



    それで吹っ切れていたらどれだけよかっただろう。こうして、鯉登を愛してくれた月島が生まれ育った島にまで来てしまうのだから情けない。愛した男が生まれ育った村を一目見たかったけれど、明治の頃はそう自由な時間は作れずに、結局来られなかった。本当なら一緒に来たかった。けれどそれももう、叶わぬ夢だ。
    やっと訪れることができた村は思っていたより何倍も静かで、砂浜に仰向けになって目を閉じる。砂が耳に触れる音がした。

    『こんなところで寝ては風邪をひきます』
    『起きているんでしょう、少尉殿』
    『狸寝入りが下手ですね』

    控えめに短く笑うのが好きだった。確かに厳しかったけれど、鯉登のことを思っての厳しさであることは理解していた。それが優しさであったことにも。
    分厚い手のひらはいつもかさかさしていて、いつだって少し冷たかった。鯉登の体温でじんわりと温まる指先が好きだった。腹から張った声は気合が入る。けれど閨でやわりと耳を撫でる声はまろく夢見心地にさせてくれた。

    好きだった。心の底から。誰にも言えない恋人だったとしてもそれで十分。二人を祝う法律も証明もありはしなかったけれど、互いに愛を信じられていた。
    だから、記憶を持っていたことで期待してしまった。きっと、呼応するように彼もこの記憶を持っていて、二人を祝う証明がとれるこの時代で出会えたら、今度こそ何の縛りもなく一緒になれるものだと信じていた。そう勝手に思っていたものだから。

    波音は変わりなく鯉登の全身を撫でた。少し肌寒くなって目を開けると、思いの外空が暗くなり始めていて、痺れるように気怠い身体をどうにか起き上がらせる。目が開けたらそこに月島がいるかもしれないだなんて夢みたいなことを考えていたけれど、それは所詮願望で、ただ遠い空が静かに横たわっていた。
    鯉登のことを知らない月島は東京出身だと言っていたから、この島には縁もゆかりもない。万が一にもこの島で現代の月島と会うことはないのだ。
    ただこの波音に揺蕩って、縋るように持ち続けていた記憶をも浚ってくれたらいいのにとだけ考えていた。
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    risya0705

    DONEポン中軸柏真 #6 (#5の続きがまだ……)ラスト
    #6 サイケ・ブルードアを閉めて、助手席に座る男を見遣る。左ハンドルの車だと、こちらからは真島の表情が眼帯で隠れてしまうのがもどかしい。大人しく座って窓に凭れる男の肩上からシートベルトを引っ張り、きちんと装着させてやる。その動きのまま、真島の顔をじっと見つめた。

    頬は痩せこけて肌色は蒼白、健在な右目も酷い隈で落窪んで見える。目尻の皺が増えた。もうずっと何年もかけて見つめ続けてきた、愛おしい狂人が静かに眠っている。

    ドアをロックしてエンジンをかける。車がゆっくりと動き出すのに、んん、と真島が吐息を漏らした。

    「起きたか。気分はどうだ」
    「……どこ、いくん?」
    「どこに行きたい?」
    「…………」

    駐車場を出て、自然と導かれるように神室町への経路を辿っている。それきりまた黙ってしまった真島をちらと伺いながら、踏切に引っかかったタイミングで煙草に火をつけた。カンカンカン、と警報音が聞こえるのになぜか不安な気持ちになる。真島が嗤いながら飛び出して行ってしまうようなビジョンが浮かんだ。そんな杞憂を鼻で笑うかのように、真島は隣で静かに目を瞑ってぐったりとしている。始発電車が通過していくのを横目に真島の口元に吸いさしを宛てがうと、条件反射のように薄く口を開いてそれを受け取った。遮断機が上がる。冬の夜明けはまだ遠い。
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