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    りうさき@

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    りうさき@

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    月いご描写あり。ニヴフでの月と鯉。月鯉未満

     熱に魘されている中で、愛していたあの髪を見た気がした。
     見慣れた海辺に立って、風に乱れるその髪を耳にかけて振り返る、何度も、何度も何度も忘れないよう消えないように瞼の裏に脳の奥に思い出して描き続けたその姿に、ふと「ああ、俺はやっと死ぬのか」と思った。
     幾人もの同胞たちが弾け、消し飛び、切断され絶命していくのを見てきた。明日は我が身とただひたすらにその日の命を繋ぎながら過ごして来たこの時間を、遂に終えることができるのかと思うとほんの僅か胸が軽くなった気がする。
     何も持たない俺がここまで永らえてしまったことが、死んでいった同胞達にどこかで申し訳なかったが故の安心だったのかもしれない。
     足元は佐渡の岩場で、軍靴では随分と歩きにくかった。けれど、海を背に俺を振り返ってくれている彼女の元へどうしても行きたくて、必死で足を動かす。
     会いたかった。忘れなかった。触れてもいいか。生きていたのか。色んな感情がぐるぐると腹の中に渦巻いて、ひとつ声を出したらすぐにでも涙が溢れそうで堪らない。
    「ハジメちゃんはすぐ無茶するすけ」
     必死で足掻く俺を眺めながらわざとらしく頬を膨らませた彼女の、その丸みがあまりに可愛くて。愛しさに駆け出そうとしても足がもつれて上手く進めない。
    「聞いてるの?」
    「聞いてる。だども仕方ねえ、あいつらがおめ馬鹿にしたすけ」
     癖っ毛の何が悪い。俺といるから余計に揶揄われているのも知っている。でも俺には彼女しかないから、どうしたって離すことはできなかった。だからもう、それならここから出るしかない。手を取り合って、この狭い島から、ふたりで。
    「守ってくれてえんだ」
     大事だった。大事にしたかった。守りたかった。ずっと一緒にいたかった。それが例え、幼稚な願いだったとしても、あの頃の俺にはそれが、彼女が全てだった。
    「もう、ハジメちゃんてば」
     笑った顔がきちんと俺を振り向いて、彼女の背中に日本海の波が荒れる。どこまでも続く空と、海と、息苦しい島と、愛しいひとと。伸ばした手のひらに彼女の髪が触れる。柔らかいそれは俺の汚れた指先に絡んで、するりと逃げた。

     名前を呼ばれることがこんなにも心地がいいものだとは思わなかった。親にすら碌に呼ばれないその名前を呼んでもらえることがこんなにも嬉しい。
    「もっと、よんで」
     俺の名前を。でないと、忘れてしまいそうだ。自分の名前も、お前のことも。
     手のひらを滑る髪の感触はいつしか柔らかなそれではなく、するりと滑るような絹に変わり、今まで何に触れていたのかすら曖昧になってしまう。愛しいと思った頬すらどんなだったかもう、思い出せなかった。
    「一人でいのなるな」「俺が守ってくるすけ」「呼んで、オレ、」
     次第に混濁してきた意識の中でくせっ毛が風に揺れ、見た事のない艦に彼女が乗り込んだ。見たこともない、知らない光景に動けずにいると、甲板から誰かが顔を出した。
     白い軍服が誰かに手を振る。あれは海軍の制服だ。何故こんな所にと思うのと同時に、視界の端から何かが飛び出す。
     転がるように俺の前に躍り出た子供は、艦を見ようともせずにくるりと振り向いて俺を見上げた。浅黒い肌に、生意気そうな目元。
    「つきしま」
     出会った頃の鯉登少尉だ。いや、少尉でもない、単なる金持ちのボンボンだった頃。俺達に攫われた可哀想な子供。
    「つきしま」
     あの頃とは違う、溌溂とした声が繰り返す。屈託なく笑う鯉登少年は艦に背を向けて俺を見た。ぼおんと音を立てた大型艦体が陸を離れる。甲板には彼女と、海軍の制服が立っていた。
     このままでは行ってしまう。俺を置いて、彼女はこの艦で、海の向こうへ。
     そこではたと気付く。もしやあの海軍は鯉登少年の兄だろうか。松島で散ったという、あの。だとしたら、彼もあの艦を止めなくてはならないのではないか。
     慌てて鯉登少年を振り向くと、そこには『二度目』に『初めて』会った時の鯉登少尉がいた。
     海に背を向けたままの鯉登少尉は出航に気付いていないのか、俺を見たまま動かない。
    「つきしま」
     ただ名を繰り返して、その眼をそらさないまま。
    「つきしま」
    「……貴方は、ここにいるんですね……」
     彼の背中で艦が遠ざかる。もう、甲板にいる人の姿ははっきりとは分からなかった。彼女がどれで、彼の兄がどれなのか。ただ、いま分かるのは、目の前にいる鯉登少尉だけ。
    「つきしま」
     名を、呼ばれる。いつの間にかその姿は最近まで一緒に樺太を旅した鯉登少尉になっていて、その眼が柔らかく細められるのに胸が掻き毟られるような気がした。
     名を呼ぶその響きはまるで甘やかに耳に残ってざらついて、簡単には消えそうにないそれに、安心するような、焦燥するような思いを抱える。

    「月島、起きろ」

     はっきりとしたその言葉を認識した瞬間、ものすごい勢いでもって全身を持ち上げられ、ということは俺の身体はどこかに沈んでいたということか、けれどそんな記憶はない。
     けほ、ひとつ咳が出た。弾みで体が揺れ、途端に首周りに激痛が走る。
    「……魘されていた」
     寝かされた体のすぐ隣、両腕を布団に乗せた鯉登少尉が置いていかれた子供のような顔をして俺を見ていた。
     何故か右手は彼の側頭部に触れていて、慌てて引っ込めようとしても身体が上手く動かない。言い訳をしようにも寝起きの頭では上手く話せない上、唇もそう動かなかった。
     けれども、その髪の感触を知っている気がして、動かせないことをいいことに手のひらで真っ直ぐな髪の感触を確かめた。さらりと手のひらを擽る感触に目を閉じる。
     無事だった。よかった。鯉登少尉は生きている。生きて、俺の傍にいる。彼の無事は俺のひとつ仕事が成功したということで、今はそれよりも彼の無事の方が、いや、何を言っているんだ、仕事が何より優先に決まっている。しかし――
    「月島、生きていて良かった」
     安堵した彼の乾いた唇からたった今己が考えていた事とほぼ同じ言葉が素直に零れた。
     鯉登少尉には俺を生かすようにという命令は出ていないだろう。部下ひとりひとりにそんなふうに心を砕いては持ちませんよ、と言ってやりたかった。俺は所詮駒であるのだ。けれども俺の命に、生きていることに、心底ほっとしたような顔をされては言えるはずもなかった。
    「お前が佐渡の言葉を使うのを初めて聞いた」
     動けない俺の身体に額を擦り寄せるように呟く。彼の前で佐渡の言葉を使った事などあっただろうか。捨ててしまった郷里のそれを。
    「一人でいなくならんようにする。お前に守られなくてもいいくらいに強くなる。お前の名前くらい、いくらでも呼んでやる」
     夢現で彼女に向けたそれらが口に出ていたようだと知って、羞恥に身体が固くなる。鯉登少尉は自分に向けられた言葉だと理解して、それらひとつひとつに返事をしてくれたようだ。彼女からはもう、聞けるはずのない返事を。
     俯いた少尉がどういう表情でいるのかは分からなかったけれど、布団に押し付けた口からくぐもった声が続けた。
    「だから、生きろよ」
     祈るようなそれに思わず喉が鳴る。
     約束などできない。反故にしてしまうのが怖い。嘘になってしまうのが怖かった。
     そんな風に思うのに。鯉登少尉とて互いに明日をも知れぬ身であることが分かっているうえでそう言っているのだろうと分かっているのに。
     怪我に熱を持った首が勝手にひとつ頷いて、また、意識が遠のいた。

     ふたり並んで港から見た艦はもう、随分と遠い所に行ってしまって見えなくなっていた。

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    risya0705

    DONEポン中軸柏真 #6 (#5の続きがまだ……)ラスト
    #6 サイケ・ブルードアを閉めて、助手席に座る男を見遣る。左ハンドルの車だと、こちらからは真島の表情が眼帯で隠れてしまうのがもどかしい。大人しく座って窓に凭れる男の肩上からシートベルトを引っ張り、きちんと装着させてやる。その動きのまま、真島の顔をじっと見つめた。

    頬は痩せこけて肌色は蒼白、健在な右目も酷い隈で落窪んで見える。目尻の皺が増えた。もうずっと何年もかけて見つめ続けてきた、愛おしい狂人が静かに眠っている。

    ドアをロックしてエンジンをかける。車がゆっくりと動き出すのに、んん、と真島が吐息を漏らした。

    「起きたか。気分はどうだ」
    「……どこ、いくん?」
    「どこに行きたい?」
    「…………」

    駐車場を出て、自然と導かれるように神室町への経路を辿っている。それきりまた黙ってしまった真島をちらと伺いながら、踏切に引っかかったタイミングで煙草に火をつけた。カンカンカン、と警報音が聞こえるのになぜか不安な気持ちになる。真島が嗤いながら飛び出して行ってしまうようなビジョンが浮かんだ。そんな杞憂を鼻で笑うかのように、真島は隣で静かに目を瞑ってぐったりとしている。始発電車が通過していくのを横目に真島の口元に吸いさしを宛てがうと、条件反射のように薄く口を開いてそれを受け取った。遮断機が上がる。冬の夜明けはまだ遠い。
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    りうさき@

    DONEバレンタインの⚽️してない⚽️部パロ

    これの設定を引き継いでます
    https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=18553394#6
    寮の部屋のドアの向こうから「開けてください」と声がしたので開けてやると、紙袋を両手にどっさりと抱えて、更に腕にぶら下げた月島が思い切り不機嫌な顔で「ただいま」と呟いた。反射的に「おかえり」と答えたものの、鯉登の視線はその荷物に釘付けで、部屋の片隅にそれらを漸く下ろした背中が深く重い溜息を吐き出す。
    「た…大量だな」
    今日はバレンタインデー。紙袋の中は大量のカラフルな包み、とくれば、中身は考えずともわかった。
    どうやら同室で二つ年上の先輩は随分とモテるらしい。見る目があるな、と誇らしくなる反面、その中のいくつが本命で、どれかに気持ちを返すのかと考えると胃の中がぐるぐるした。

    月島に憧れて、鹿児島のユースから無理を言って北海道の高校に転入した春からもうすぐ一年が経つ。三年生の月島はもう卒業が間近だ。先月就職試験を受けた彼は無事に希望の就職先への進路を決め、あとは卒業を待つばかり。社会人サッカー部のある会社ではあるが、一緒にサッカーをやる機会ももうなくなってしまう。まして卒業してしまったら、今のように朝も夜も顔を合わせることなどなくなってしまうのだ。
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