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    りうさき@

    @KazRyusaki

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    りうさき@

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    雨の日の月鯉(未満) 頼まれた書簡と土産物を抱えて大通りを歩いていた頃、ぽつりと頭の先に雫が触れた気がした。あっと思う間もなく降り出した雨はみるみる内に土を湿らせ、そこかしこを雨粒で打つ。月島は咄嗟に抱えていた荷物を胸に抱えて近くの店の屋根先へと避難した。
     参った。ここから兵営までは歩いて未だ距離がある。自分一人ならば濡れようとどうしようと関係なく歩いて帰ってしまったものを、頼まれものを抱えていてはそうもいかなかった。特に書簡は濡れてしまってはまずい。傘を借りようにも飛び込んだ軒先の店は休業中らしく、戸が閉まっていて、向こう三軒どこも同じようにきっちりと雨戸が閉まっていた。さてどうするかと僅かに濡れた軍帽のつばを指で摘まむ。
    「急に降って来たわね」
     向かいの軒先で同じように雨宿りをしていた子供の元へ母親が迎えに現れた。傘を広げた彼女に飛びついた子供が二人並んで家路に就く。やや小さめの洋傘では随分と狭そうに見えたけれど、母親にべったりとくっ付いた子供と二人であれば問題なさそうだった。
     さて、彼らが無事に帰れたとて、月島が兵営に戻れるわけもなく。どうしたものかと空を見上げるけれど、先刻と変わらず、否、更に雨脚を強めた暗い雲が立ち込めているだけだ。こうなったらもう上着の中に荷物を入れて駆け抜けるほかないかと、水溜まりのでき始めた足元に短く吐いた息を転がした。



    「月島ぁ!」
     憂鬱にさせる雨とは不似合いな溌溂とした声が名を呼ぶ。余りに呼ばれ過ぎてもう随分と耳慣れたその声に顔を上げると、通りの向こうから大きめの傘をさした鯉登が手を振ってこちらへと向かって来るのが見えた。軍靴が水を弾く音を立てる。
    「鯉登少尉殿……今日は出稽古でお出掛けだったのでは?」
    「うむ、だから今それの帰りだ」
     言われてみれば確かに背中には道着が入っているのであろう道着袋が背負われていた。傘からはみ出したところが多少濡れて色が変わってしまっているけれど、どうせあとで洗濯するのだから問題はない。
    「こんな所で会うなんて偶然だな」
     頭ひとつと少し背の高い彼が嬉しそうに笑った。こんな雨の中、たかだか自分ごときと偶然出会っただけで何をそんなに嬉しそうに笑うのかと思う。
     けれどきっと、それを口に出したところで「いちいち理由が必要か?」と訊き返されるのであろうことは目に見えているので、口にはしなかった。鯉登の補佐についてから学んだことのひとつだ。
    「丁度よかったな。ほら、入れ」
     軒下の月島を掻き出すように彼の持っていた立派な洋傘の端が月島を背中まで覆う。
    「いや、しかし」
    「一本しかないのだ、贅沢を言うな」
    「そうではなく」
     後頭部を傘で引っ掛けるようにして歩き出した鯉登に引っ張られるように慌てて軒下から足を踏み出した。引っ張り出されては仕方がない。隣に寄り添うようにして渋々歩き出した。
    「鶴見中尉殿のお遣いか?」
    「はあ」
    「そうか、ご苦労だな」
     大きいと言っても傘の広さには限界がある。男二人が濡れないようにともなれば肩を寄せ合って歩くしかなかった。せめて書簡と土産が濡れなければいいかと鯉登のいる左腕にまとめて荷物を抱え直す。右肩は濡れても問題ない。むしろ鯉登が濡れないようにしなければ。
     傘の柄を持つ彼の手をさり気なく鯉登の方へと押し返すと、それに気付いたらしい彼がむっと眉を寄せた。
    「そんなにこちらに寄せてはお前が濡れるだろう」
    「いいんですよ私は。あなたが濡れる方が問題です」
     言い合いながら傘を押し付け合うけれど、結局互いが引かないもので意味もなく。取り敢えず互いが真ん中と認識した辺りで止められた。

     思えば誰かと傘に入るのは初めてだ。子供の頃、それこそ先刻の母子のように。突然降り出した雨の中誰かが迎えに来てくれることを夢見ていたこともあった。幼少期の月島に、そんな『誰か』は居もしなかったのだけれど。
     まさか今頃こんな風に迎えに来てくれる『誰か』に出会うとは思わなかった。まして二人、傘を分け合うなんて。
    「……そんなにいいものでもないですね」
     思わずふと笑みが零れる。憧れていたはずのお迎えの相合傘は随分と窮屈で、片側は濡れるし、変な緊張で疲れるし、あまりいいものではなかった。
     唐突に零した月島の独り言を受け、何かを逡巡するような様子を見せた鯉登もまた、吐息を零すように笑う。
    「やはり傘は二本あった方がいいな」
    「私がお迎えに上がる時には必ず二本ご用意しますね」
    「ああ、頼む」
     押し合いながらの狭い傘。帰ったらまずは風呂かと話しながら触れていた肩の感触の妙な心地よさが月島の中に暫く居残った、とある雨の日のこと。
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    ☺💕🌂🌈
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    りうさき@

    DONEバレンタインの⚽️してない⚽️部パロ

    これの設定を引き継いでます
    https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=18553394#6
    寮の部屋のドアの向こうから「開けてください」と声がしたので開けてやると、紙袋を両手にどっさりと抱えて、更に腕にぶら下げた月島が思い切り不機嫌な顔で「ただいま」と呟いた。反射的に「おかえり」と答えたものの、鯉登の視線はその荷物に釘付けで、部屋の片隅にそれらを漸く下ろした背中が深く重い溜息を吐き出す。
    「た…大量だな」
    今日はバレンタインデー。紙袋の中は大量のカラフルな包み、とくれば、中身は考えずともわかった。
    どうやら同室で二つ年上の先輩は随分とモテるらしい。見る目があるな、と誇らしくなる反面、その中のいくつが本命で、どれかに気持ちを返すのかと考えると胃の中がぐるぐるした。

    月島に憧れて、鹿児島のユースから無理を言って北海道の高校に転入した春からもうすぐ一年が経つ。三年生の月島はもう卒業が間近だ。先月就職試験を受けた彼は無事に希望の就職先への進路を決め、あとは卒業を待つばかり。社会人サッカー部のある会社ではあるが、一緒にサッカーをやる機会ももうなくなってしまう。まして卒業してしまったら、今のように朝も夜も顔を合わせることなどなくなってしまうのだ。
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