気遣われている?「痴話喧嘩ですか?」
「…殺すぞ?」
冗談ですよ。と返すと、彼は溜息を吐く。
冗談でなかったら、本気で殺すからな。と返ってくるので、それは嫌だな、と笑ってしまう。
最後に貴方と手合わせをしたのは、いつのことやら。もう忘れてしまった。いやはやしかし、毎度のこと。なんでこんなになるまでやるのやら?
飛影がいつものように、前置きもなく窓から現れた。今回も血塗れで、左腕はぶらりと力なく垂れている。
「どうしました?」
とバスタオルをクローゼットから取り出し床に敷くと、そこに座らせる。ペロリと腕から垂れる血を舐めながら、肩が外れた。と平然と飛影は言う。しかし、その垂れた腕の裂傷たるは縫合した方がいいのでは?と思うような状態であった。肩が外れた事よりも、そちらの怪我の方が重症だ。
話を訊けばいつものこと。魔界にいる軀と話をしていたら、見事にやられてきたらしい。どんな話をすれば、こんな大怪我に発展するのやら?
だから訊いてみたのだ。痴話喧嘩ですか?と。
移動要塞である百足には、瀕死の状態でも治癒を促せる医療ポッドがあるではないか。こんな大怪我をしたのならば、それを使えば良いのに…と思う。魔界から、俺が住む人間界まで来るのだって、こんな大怪我では一苦労であろう。
しかし、飛影は「このくらいの怪我なら、蔵馬が治せるだろう?」と言う。
いやいや、大した信頼だが、このくらいにしては結構な大怪我ですよ。と思う。しかし、彼を無下に扱う事はできない。
怪我を治癒する事に特化した薬草の種に妖力を込め成長を促しながら、さてどうやって処置しようか?と頭の中で組み立てていく。
そんな事を考えながら、ふと頭に浮かんだ疑問。
毎回。飛影が、ここに来れる範囲で、軀は傷を負わせてはいないか?
緊急用の医療を使用させない程度で、人間界に行くのが精一杯の怪我を、負わせてはいないか?
まさか、気遣いをされているのでは?などと考えに至ったら、ギョッとするほどの大きさに薬草が掌の上で育っていた。これを煎じたら、どれだけの量になるのやら。と思わず苦笑いが出てしまう。こんなに動揺してどうする。
飛影が無防備に、その傷付いた体を預けてくる。
俺は、まったく。こんな怪我ばかりして。と言いながら、処置をしてあげる。
「飛影、このまま、うちで休んでいきますか?」
そう尋ねれば、首を縦に振り、当たり前のようにベッドの端に丸まって寝ようとする。
「そんな端で寝たら、ベッドから落ちちゃいますよ」
と声を掛けるが、なかなか動かない。体に触れれば怪我をしていた箇所だったのか、僅かながらも体を強張らせるので、無理を強いることができないのだから困ったものだ。
ベッドの半分。そこに体を横たえる。ぎしりと音がする。飛影が仰向けに体勢を変え、少しだけ、貴方が近付いて、腕にに貴方の肩があたる。
薬草の匂いと、あなたの呼吸の音と、温もりと。
今夜は、そんな世界で眠るのだ。
―こんな用事がなくても、ここに来てくださいよ。ねぇ、飛影。