残痕「僕、飲み物買ってくるけど、理人さんは何かリクエストある?」
「そうだな…水を頼む。…………すまない。」
「そこは普通、ありがとう、じゃない?
まぁ別にいいんだけど。あ、後でお金は貰うから。」
そう言って、ノイは更衣室のベンチから立ち上がり、部屋を出て行った。
最近、ノイに気を遣われている気がするのは、恐らく気のせいではない。
1ヶ月ほど前、タイムジャッカーの攻撃により、自分は負傷してしまった。十中八九その事が原因だろう。
しかし、怪我と言っても軽傷だ。直ぐに治ってしまうだろう。
だが、怪我を負う自分を見て、ノイは酷く青褪めていた。
ノイに要らない心配をかけてしまっている自分が不甲斐ない。自分はもっと、もっと、強くなくてはいけない。
暁さんはもう、いないのだから。その分まで。
怪我をした箇所がズキリと痛んだ気がして、そっとその箇所に触れた。
少し前、理人さんは怪我をした。
タイムジャッカーが悪あがきで撃った銃弾が、偶然、木箱が積まれた金属製の板を吊るしている、鎖に当たった。
理人さんと僕はその下にいた。
落ちてくる木箱なんて、理人さんの運動神経なら簡単に回避することが出来たはずだ。
でも理人さんは僕を突き飛ばして助けたせいで、かわしきれなかった。
実際、理人さんが助けてくれなかったら、僕は木箱の直撃を免れることは出来なかった。当たりどころが悪ければ、最悪、死んでいただろう。
僕を助けた代わりに、理人さんの片足が木箱の下敷きになってしまった。
痛みに顔を歪め、脂汗をかく理人さんの姿が脳裏に焼き付いて離れない。
医療班の迅速な対応と、理人さんの常人離れした回復力のお陰で、怪我は直ぐ治りつつあるが、僕は自分を許す事ができない。
いつまでも理人さんを追いかけていては駄目なのだと、あの日、強く誓ったのだから。
僕は足早に理人さんの待つ更衣室へ戻った。
『コンコンコン』
更衣室へ入る前は必ずノックをするのが隊の決まりだ。正直、意味があるのかよくわからないけど、もうすっかり体に染み付いてしまった。
「…………?」
普段はハキハキとした理人さんの声が返ってくるが、今は何も返ってこない。
まぁ別に気にする事ではないかと思い、遠慮なく扉を開ける。
理人さんは飲み物を買ってくる前と同じように、ベンチに座っていた。
しかし、先程とは違い、背中を丸めていて表情がよく見えない。理人さんの性格を体現したような背筋はどこへ行ったのだろうか。
「理人さん、水」
ペットボトルを渡そうと理人さんに近付いて、恐ろしい事に気がついた。
手に伝わるペットボトルの冷気が全身に広がるような感覚がして、僕は思わずその場にペットボトルを落とした。
「理人さん……な、何やってんの!?」
最初はタチの悪い見間違いか、勘違いかと思ったが、そうではなさそうだ。
理人さんは、傷を負っている片足を、両手でギリギリと圧迫していた。
震える手を半ば強引に動かして、理人さんの両手を足から引き剥がす。
「……ノイ…………」
「理人さんのバカ!そんな事して傷口が悪化したらどうすんの!?ていうか、何でこんな事してるわけ!?」
「あ………すまない、ノイ……なんで、自分は…」
驚いたように目を見開いて、謝罪の言葉を口にする理人さんに腹が立ってきた。
驚いているのはこっちだし、謝罪の言葉が欲しいんじゃない。
「どうして…………あ、」
少し考えて、とある可能性に気付いた。
でもそれを理人さんに言ってはいけないと本能が告げている。
幸か不幸か、本人は無自覚だったようだし、このまま止めさせるのが懸命だ。
「……いい?理人さん、二度とそれしないでね。悪化するよ。」
「ああ……。」
未だ呆然としてる理人さんを置いて、僕は再び部屋を出た。
こんな事、気付きたくなかった。
程度は違えど、なんの巡り合わせか理人さんとあの人と同一の箇所に怪我をした。
僕も、多分理人さんも、お互いそれに気付いてはいたが、今日まで決して言及することはなかったし、僕の場合は考えたくもなかった。
その箇所を圧迫する深層心理なんて、どう考えても、あいつ絡みしかないじゃないか。
理人さんがあの傷に見出しているのは、一体なんなのだろう。
救いか、はたまた羨望か……なんて、考えるだけでも吐き気込み上げてくる。
どうやら、僕が思っていたよりもあいつの支配は、気持ち悪いほど深く、暗く、根強く、理人さんの心に巣食っていたようだ。
「どれだけ理人さんに執着すれば気が済むんだよ……!」
引き金を引いたからといって、簡単に取り除けるようなものではなかったのだ。
その事が悔しくて、地獄であいつが満足気に微笑んでいるような気がして、僕は思わず舌打ちをした。