知るも知らぬも愛ばかり カーテンの隙間から、差し込む朝陽でクリスは目を覚ました。
寝起きには少々眩しすぎる光から、目を背けようと寝返りを打つと、そこにはまだ眠っている様子の葛
雨彦の姿があった。
同棲し始めてから数ヶ月、彼の寝顔を見るのは初めてではないが、こうして同じベッドの中で目にするのはまだ慣れない。何故だか不思議な気分だ。
クリスは、心の内にムズムズと湧き上がってきた好奇心に従い、起こさないよう気をつけながら、彼の頬をそっと指先で押してみることにした。
…………起きる気配は、ない。
普段はユニットのリーダーとして、そして年長者として皆をまとめ、ミステリアスな雰囲気を纏っている彼も、寝ている時は少しだけ幼く見えた。
そのギャップがとても可愛らしく、クリスの顔に思わず笑みが零れる。
「……愛しています、雨彦」
ふと口をついて出る彼を想う言葉。
言われた当の本人は、決して気付くわけがないのに。
何となく、内緒のイタズラをしているような、そんな気分になった。
クリスの好奇心はより一層高まり、平常時より少々行動が大胆になっていく。
ベッドがぎしりと音を立てた。
クリスは体を起き上がらせると、四つん這いになり雨彦の顔を覗き込むような姿勢をとる。
長髪が、未だ寝息を立てる雨彦に影を落とし、頬にかかった髪先がするすると滑り落ちていく。
クリスはそのままぐっと顔を寄せ、雨彦に唇を重ねた。
いつもより少し長い口付け。
それだけのことだけど、なぜか、とても幸せだ。
………ふと、もしこれが御伽話の世界だったら愛の力で雨彦は目を覚ましたのだろうか、と思った。
唇を離す。
──── 目が合った。
雨彦はまだ開ききっていないぼんやりとクリスを見つめ、口元に柔らかい笑みを浮かべると、クリスの腕を掴んで引き寄せた。
完全に体の力を抜いていたクリスは、いとも簡単に体勢を崩し雨彦に雪崩落ちる。
「わ……!」
突然のことに、雨彦を潰してしまわぬよう、慌てて腕や足の位置調整をするクリスに構わず、雨彦は背中に手を回し顔を近づける。
キスをされるのだと思った、
だから、ほとんど反射で目をつむり、唇をきゅっと引き結んだ。
ところが、いつまで経ってもその感触はなく、あったのは首筋に感じる雨彦の体温だけだった。
すりすりと甘えるように擦り寄り、首筋に顔を埋めている。
その姿はクリスの脳内に、ふわふわの狐と広大な宇宙を想起させた。
どうやら寝ぼけているようだ。
「ころん……」
舌足らずな口調で名前を呼ばれ、ハッと我に帰る。
これまで様々な雨彦の表情を見てきたが、こんな一面もあるなんて。
新たな発見は、クリスの胸に激流のような愛おしさをもたらした。
この稀有で、幸福な状態を決して崩さぬよう、慎重に彼の頭に触れ手を滑らせる。
普段は後ろに撫で付けられている髪も、今は指の隙間を素直に通り抜けてくれるのが、心地よい。
気まぐれに手の動きを止めてみると、雨彦はもっとと言うように、手の平に自らの頭を擦り付けてくる。
微睡の中にいるとはいえど、愛しい恋人に求められることにクリスは最上の喜びを感じた。それに応えない訳にはいかないと、雨彦が再び深い眠りに落ちるまでクリスは、指を髪に滑らせた。
それから数分後、穏やかな寝息を立てる恋人を眺めていると、いつの間にか、眠気が訪れてきた。幸い、起きなければならない時間までもう少しある。
クリスは、目の前の恋人と同じように腕を背に回し、心地よい微睡みに全てを委ねた。
雨彦が、まだ半分ほど夢見心地のまま目を開くと、すぐ目の前にクリスの穏やかで幸せそうな寝顔があった。
自然と口元が緩む。
起こさないように気をつけながら、そっと髪を撫でる。
さらりと流れる髪の手触りを楽しんでいると、ふと、あることに気が付いた。
クリスの腕がやんわりではあるが、自分の背に回っている。
寝ている間の無意識下の行動なのだろうか、それでも、愛しい相手から求められるというのは嬉しいものだ。
しかし、非常に惜しいことに、そろそろ起きなければならない時間である。
古論を起こしたら、抱きしめていた事に関してそれとなく聞いてみよう。
古論は顔を赤くして恥ずかしがるだろうか、それとも、過去に何度かくらったように、微笑んで想像もつかない愛の言葉を紡ぐのだろうか、いずれにしても反応が楽しみだ。
「古論、そろそろ起きる時間だぜ」
雨彦は、上機嫌で古論に声をかけたのだった。