ラビーダビーラブバード【アススカ】 この部屋に入り浸っていた黒と紫の航空兵がここのところ顔を見せない。
アストロトレインが長期任務からこの海底基地へ帰還し、報告を終えて自室に、引いては寝台に直行したのが昨日のこと。頂戴した纏まった休みの1日目、目覚めてからベッドに寝そべったままダラダラと過ごしていたアストロトレインは一向に訪ねてこないスカイワープが妙に気になった。
そもそも参謀の私室に一介の兵士が上がり込んで、あまつさえ勝手知ったるといった様子で寛ぐなどということが奇妙なのだが、黒紫の航空兵に限っては程度の差こそあれ、各参謀の部屋に“お邪魔”することは珍しくなかった――ただ情報参謀は例外で、彼らはあまり馬が合わない。ジェットロンというその容姿の良さもあるが、それ以上にスカイワープというパーソナリティが不快感を伴わずに容易に他者の懐に入り込む。つまりは甘え上手であることが大きかった。極め付きにはアストロトレインとスカイワープは恋人どうしだ。そういうわけでスカイワープはしばしばアストロトレインの部屋に入り浸っていた。
どうにもこうにも、気にし始めたら喉に刺さった小骨のように心に引っかかってしまったようだった。大きな翼で寝返りこそうてないが、アイカメラをきゅるきゅると開けて絞って、末端の感覚センサを点けて消してと一点の曇りを掻き消そうと試みて、そして徒爾に終わった。一旦動き出した思考回路は止まるどころか緩々と加速する。
――そもそも久しぶりに帰った恋人に会いに来ないどころか通信すら寄越さないとはどういう了見だ。
アストロトレインは通信を入れてみた、が応答はない。スカイワープの個人チャンネルについては応答なしなんてことはままあって、別段変わったことでもないが、アストロトレインとしては面白くない。以前に拝借したスケジュールデータから変更がなければ、スカイワープは今任務に駆り出されてはいない。海底基地にいるはずだった――連れたって遊びに出ていないとも限らないが。こうなれば直接出向いてとっ捕まえて、嫌味のひとつもくれてやって、そうして適当にしけこむか、とアストロトレインは機体を起こした。
手始めにアストロトレインはスカイワープの部屋を訪れた。不在だった。不用心なことに鍵は開いていたので寝ていやしないか覗いてみたが、部屋はもぬけの殻だった。
それならばと次に向かったラウンジに、はたして探していた黒と紫の彼はいた。然したる労なく発見できたのはアストロトレインにとって運が良かったが、目的の航空兵はどうも様子がおかしかった。普段ならばスカイワープは複数人で喧しくしている。ある時はジェットロンで集まってかしましく話に花を咲かせていたり、ある時はカセットロン相手に喧嘩手前までヒートアップしていたり、またある時はその場にいた誰それと下らない話で盛り上がっていた。彼は一部例外を除き、ほとんど相手を選ばず、ジェットロンはもちろん、トリプルチェンジャー、ビルドロン等々その時々で様々な者と一緒にいる。しかし今、スカイワープはひとり座って両手で頬杖をついてぼうっとしていた。かと思えば机に突っ伏してうーだのあーだのと幸せそうな呻き声を上げている。高い頻度でその隣にいる水色の同型機はといえば、傍にいないまでもやや離れた場所から黒紫の兄弟機を視界に入れていた。
アストロトレインは見るからにおかしいスカイワープを避けて、先ずまともそうな相手に状況を尋ねることにした。
「おい、サンダークラッカー。アイツなんなんだよ」
サンダークラッカーはアストロトレインを認めると、帰ってたのかとほんの少し意外そうに言った。アストロトレインが帰ったらばまずスカイワープがじゃれつきに行くものだから、サンダークラッカーなどはアストロトレインらの帰還をスカイワープの動きで知るのが、パターン化されたと言うには観測の不十分な、それでもここのところのお決まりだった。
まぁなと適当に返して問の答えを促すアストロトレインに、サンダークラッカーは肩をすくめて見せた。
「この間の任務でメガトロン様に褒めてもらったのさ」
発された言葉は答というにはいささか疑問の残るものだった。
スカイワープがメガトロンを敬愛しているのは既知のこと、珍しくいい働きをして褒められて。舞い上がっていることは過去にも何度かあった。その度に誰彼構わず、それこそ視界に入った相手全てに、そして既に自慢した相手だろうと何度でも、自慢して回るのが常で、今のようにひとり、どっぷりと余韻に浸っているのをアストロトレインは初めて見た。加えて、これまでは舞い上がっていたとして、次第次第に落ち着いていたはずだ。同型機さえ距離をとって、さらに褒められたのは『この間』というのだから今の奇妙な状態が暫く続いているのだ。
「いつもと違うってか? 本人に聞いてくれ。近くに行けば嫌というほど惚気てくれるさ」
アストロトレインを哀れんだ、御愁傷様というような、しかし気のせいでなければその水面下に状況の改善を期待している、なんとも微妙な表情。複雑な顔をしたサンダークラッカーは、関わり合いになりたくはないということは言外にしっかりと表明した。
「そうかよ、ありがとな」
サンダークラッカーはひらひらと手を振って応え、スカイワープのもとへ向かうアストロトレインを生暖かい目で送った。
ひとりのスカイワープの居座るテーブルに隣接したテーブルには潮が引くように誰もいなかった。2つほど開けて会していたビルドロンたちの横を通り過ぎたアストロトレインは、背後に好奇の視線を感じつつスカイワープの正面にどっかりと腰をおろした。
「おい、スカイワープ」
「あ? アストロかぁ、帰ったんだな! んふふ、なぁ聞いてくれよぉ」
アストロトレインが帰投したのは昨日の昼だ。ぽやんとした、まさに夢見心地といった表情のスカイワープには、長期間会えずにいた恋人との再会も大して響いていないようである。帰還に気付いていなかったどころか、この様子ではそもそもアストロトレインが任務に出て暫く不在にしていたことさえ、そのブレインから吹っ飛んでいた可能性も無きにしも非ずである。
すっと機熱が下がる感覚を覚えてアストロトレインは自然、顔を顰めた。
スカイワープはアストロトレインのことを見てもいなければ、彼が相槌すら打たないことを気にも留めず、デレデレとした表情に合ったこれまたデレデレとした声で話し続けている。
「――で、メガトロン様が褒めてくださったんでぃ! 『お前がナンバーワンだな』って!」
ちなみにスカイワープの言うメガトロンの言葉は事実ではあったが、「ワープの活かせる作戦においては」という言葉が前に入る。
言い終えたスカイワープはきゃあと黄色い声を上げて、白いフェイスパーツが機熱でほんのり赤く染まる。話はここで終わるかに思えたが、まったくもってそんなことはなく、メガトロン様のどこそこが素晴らしく魅力的で云々とまだ続く。
うるせぇ、もういい、わかった、といつまでも続きそうな話を終わらせんとアストロトレインは口を挟むがまるで届いていない。アストロトレインは諦めて収音センサーの感度を下げた。何が悲しくてよりによって恋人に他の男の魅力を滔々と語られねばならないのかと、下げ幅は遠慮呵責なく大きくとった。周囲の音が遠のく。
相手が他の誰某ならば帰るか殴るかの二択であっただろうが、相手は他ならぬスカイワープなのである。殴ればケンカは避けられないので最終手段にしようと、話が終わるまでひたすら聞き流すという大変穏やかな案を採ったのだ。それは嬉しそうに口を動かすスカイワープをぼさっと見つめ、長々と続く口演をやり過ごす。
「――だからメガトロン様はほんとに、ほんとにかっこいいんでぃ」
緩んだまま変わらない表情をひとしきり眺め、どれだけ経ったか考えるのをやめ、この後どう言って部屋へ連れ込むか考え始めてしばらくした頃、ひとまず語り終えたらしいスカイワープが一呼吸おいて、熱っぽい声で呟いた。
「メガトロンさまぁ」
蕩けきったその表情は恍惚としたものである。ある者が見れば狂信する主に陶酔しきった様にも見えただろうが、恋人のアストロトレインにはそうは見えなかった。思い浮かぶのは閨でのスカイワープとの密事のワンシーン。
――あの表情、あの声はなんだ。どういうことだ。メガトロンを考えてだと?
アストロトレインは、思考回路は黒く押し潰されて、視界は赤く狭くなって、機体温度が急速に低下していくような錯覚を覚えた。
「スカイワープのやつ、まだ同じ話してんのかい」
「あの顔はさいっこうだったがな」
アストロトレインの後方、団欒していたビルドロンたちからケタケタと笑い声が聞こえた。ミックスマスターとボーンクラッシャーだ。
――他のやつらに簡単にそんな顔見せてんじゃねぇよ
腹の底のマグマ溜まりは外圧を超えた。最早冷静な思考回路など残っていなかった。激情とは裏腹にブレインサーキットは凍てつくような静けさで、まるでその真っ黒な回路以外のすべての回路が停止してしまったかのようにダブルチェックもされずに身体が勝手に動いていた。
「……おい。テメェちょっと来い」
地を這うような低い声に、それまで賑やかしくしていたビルドロンたちは口をつぐみ、身を竦ませた。
そんなビルドロンの様子を気に留めず、アストロトレインは返事も聞かずにスカイワープの肩を掴むと、ほとんど引っぱり上げるようにして立たせる。異常に気付いていないスカイワープは、なんだよぉと間延びした声で応じ、抵抗なくふにゃふにゃと席を立った。そんな彼の腕を捕まえて、ラウンジの出入り口の方へと引っ張って行く。遠巻きに見ていたサンダークラッカーが半分腰を浮かしたものの、彼は結局干渉しなかった。
ラウンジから引っ張り出されてたたらを踏み踏み連れられること暫く、スカイワープも今の状態がおかしなものであるとさすがに気付いたようで、はっきりと抗議の声を上げていた。ふんにゃりと力の抜けていた各関節に力を入れ、重心を後ろに置いて足を踏ん張った。しかし対する相手は大型輸送機、機体サイズはもちろん馬力も違う。結果として引き摺られるという表現がより正しいものとなっただけだった。床と擦れて踵のスラスターノズルが嫌な音をたてる。このまま引き摺られて行けば目的地に着く頃にはノズルは傷だらけどころか削れていそうである。
「おい! アストロトレイン!! 引き摺るんじゃねぇ!! テメェと違ってこっちは繊細にできてるんだよ!! やめろって!!!」
「うるせぇな」
アストロトレインはひとつため息をついて立ち止まるとむっすりとスカイワープを見遣る。
「なぁ、何怒ってんだよ」
スカイワープはあたかも人間が眉をハの字にするようにしてオプティックを下げて上目遣いにアストロトレインの表情を伺う。これまでの経験上、こうするとアストロトレインが大抵のことを譲歩してくれるのをスカイワープはわかっていたし、これで駄目ならばそれ以上甘えてみても無駄だということを知っていた。
応えはない。ああ、駄目かとスカイワープがその表情を引っ込めた時、アストロトレインが機体ごと向き直りスカイワープの腰あたりを掴むと、その機体を持ち上げた。スカイワープはうつ伏せに、その上半身はアストロトレインの背中側へ、その下半身はアストロトレインの正面にくるような格好で肩に担ぎあげられた。
「うおあ?! なっ、何すんだ!? 下ろせよ!!」
予想外の動きに素っ頓狂な声を上げて反射的にしがみつく。アストロトレインが態度を軟化させる気さえないのを見てとって、スカイワープはサイドワインダーとワープの使用こそ未だ選択肢に入れないものの、本気で抵抗し始めた。両脚をバタつかせてアストロトレインの胸部を蹴る、背部の翼を叩く、体を捩る等々、体全体を使って暴れてみるも、アストロトレインは意に介さずに廊下をガツンガツンと大きな足音をさせながら大股で進んで行く。
暴れ、喚き散らすスカイワープとそれを無視して黙ったままずんずんと進んでいくアストロトレインの尋常ではない様子に、ここまでで何人かは通路の向こうからやってきたが、こちらを視認するとすれ違うことになる前に別の通路へ道を変えた。唯一行き会ったスラスト――彼は横の通路から曲がってきて避けるという選択肢なくこのふたり連れに出くわしてしまった――はこれ以上ないくらいに険悪な顔をしたアストロトレインの前に図らずも一歩踏み出すこととなり、ヒッという小さな悲鳴とともに速やかに一歩下がって道を開けた。なお、スラストにとって幸運なことには、アストロトレインに担がれたスカイワープは現状打破せんと足掻くのに忙しく、スラストの存在に気付くのが遅かった。スカイワープはスラストに手を伸ばしたが、無情にもその指先は空を切るのみだった。
「スラスト! テメェ助けろ! おい、無視してんな!!」
スカイワープがもっと早く気付いていれば確実に巻き込まれていたと、己の名を絶叫するスカイワープの声を聞きながらスラストは別の通路へと進路を変えた。
スカイワープの抵抗も虚しく、間も無くアストロトレインの自室の前にたどり着いた。
通路には誰もいない。無表情な照明が無味乾燥な通路を隙なく照らす。空気を揺らすものはただふたりだけだった。
目的地に着いてなお、アストロトレインから言葉はない。スカイワープはなんとかアストロトレインの顔を見ようと身を捩るが、横顔さえろくに垣間見ること叶わず、俄かにオプティックが不安の色に揺れた。
アストロトレインはそんなスカイワープにも気付かず、かえりみることなく部屋のロックを解除した。自室へと入るや否や担いでいたスカイワープを無造作に引っ掴むとドア横の壁に押し付けた。アストロトレインが意図したよりも力は入り過ぎていた。黒紫の決して大型ではない機体が壁にぶつかって鈍い大きな音を立てた。呻き声が上がる。
幾ら何でもスカイワープは頭にきた。元来気の長い方でもなければ大人しい質でもないスカイワープがここまで武器を向けなかったのは偏に相手が“恋人であるアストロトレイン”だというその一点のみに尽きた。しかし相手が恋人だろうとも、ここまでされて武力を行使しないデストロンはおそらくいない。スカイワープは銃口をアストロトレインの胸に向けた。
「アストロトレイン! テメ、いい加減に――」
アストロトレインは啖呵を切ったスカイワープに、舌打ちをして手首をむんずと掴んだ。勢い込んだスカイワープの攻撃はあえなく不発に終わった。不意も突かずに、そのうえ少し、ほとんど無意識にほんの少し、撃つのを躊躇ったのがまずかった。放たれたビームは天井を焦がした。
機体サイズに差があるせいで手首を掴まれて壁に押し付けられた状態ではスカイワープの足は床に着かない。苦々しげに歪んだ表情で、スカイワープの苛立ちを含んだオプティックはアストロトレインを睨め付けた。アストロトレインは不穏に輝くオプティックを見つめ返すが、何を言うべきか、さらにはどうしたいのかさえよくわかっていなかった。
「テメェなぁ!! ずっと黙ってっけど何とか言えってんでぃ!」
アストロトレインは一種思考停止に陥っていた。対してスカイワープは、ただしかめっ面でこちらを見るだけで、掴む力を緩める様子もないことに苛立ちをますます募らせた。畢竟、スカイワープが口を開くのが先だった。何なんだ、何のつもりだと何度目になるかもわからない問いをまくしたてた。そのほとんど噛み付かんばかりの勢いに触発されてアストロトレインが言い返した。
「テメェの恋人は誰だよ?!お前、メガトロンの名を呼んだ時、どういう顔で、どういう声してたかわかってンのか?」
言ってからアストロトレインは馬鹿げた問いだと、そう思った。何をどう言おうという考えもなかったはずだったが、気付けば発声回路は言葉を出力していた。アストロトレインは自らの発した問いを理解せずに呆けた一瞬の後、一気に自覚した――余りにも子供っぽいのではないか?
「あン? なに言って――」
怪訝な顔のスカイワープが最後まで言い終わらない内にアストロトレインは彼を抱きすくめた。
掴まれていた手首を離され、支えを失った黒と紫の機体が重力に従う。ほんの一瞬の落下する浮遊感と、その後はもう気付けばアストロトレインの腕の中だった。
スカイワープはぱちぱちとオプティックを何度か明滅させる。視界一面に灰色と薄紫の見慣れた装甲、久しぶりに聞く駆動音。
ふとスカイワープは思い至った――これは所謂嫉妬だ。スカイワープはくっくと喉を鳴らして笑っては、まるで子供をあやすようにしてアストロトレインの背中を優しくさすった。
「なんだよ、アストロ」
「うるせぇ、何でもねぇ。忘れろ」
アストロトレインはどうにかこうにか発声回路を動かして、決まりの悪さをそのまま映じた声音でつぶやくと、スカイワープの肩にグリグリと額を擦り付ける。
スカイワープがふっとひとつ排気した。
「俺の恋人はアストロトレイン、テメェだよ」
静かなしっかりとしたいつもより低めの声。返ってくることさえ期待していなかった答が、期待以上のものとして返ってきた。アストロトレインのブレインサーキットはその言葉を受け取るとフリーズした。時が止まった。時間にして数ナノサイクル程度であっただろう時間が百倍にも千倍にも感じられた。
「不安だったんだなぁ?」
ふふんと笑う声がして、続いた言葉は今の一瞬の謹厳な空気などなかったかのように砕けた調子で、揶揄するように言葉尻が上がる。ぽんぽんと背を叩くスカイワープにアストロトレインのブレインサーキットが正常に動き始めた。それに伴い意図せず入っていたらしい妙な力が機体から抜けた。アストロトレインが胸元を見下ろせばにやりと意地悪い笑みをたたえた整った顔が見上げていた。
「大丈夫だぜ? オメェの彼氏様は浮気はしても、オメェを捨てたりはしねぇからよぉ」
明らかに揶揄う口調からは甘えた様子がちらつく。
「ちょっと待てテメェ。その浮気ってメガトロンだったらシャレになんねぇからな」
「だぁからメガトロン様はそういうんじゃねぇし! もっと他のやつらだよ」
苛立ったような、若干焦ったような声のアストロトレインにスカイワープは呆れたように笑った。
「その他大勢かよ、サイテーじゃねぇか!」
失笑して軽妙に言い返す。十把一絡げにされた有象無象に自身が含まれないことに優越感を覚えた自らのお手軽さには目をつむる。
「てやんでぃ! こんなにかぁわいいジェットロンがコイビトなんだ。男冥利に尽きるだろーがよ」
「ハッ、自分で言ってんじゃねーよ!……でもお前、あんまりフラフラしてんなよ」
アストロトレインはスカイワープを一度ぎゅうと抱きしめた。そのまま抱え上げ、くるりと回って壁際から離れた。先程までの手荒な扱いを埋め合わせるかのようにそっとスカイワープを降ろす。紫の両爪先が床に着いていよいよ優しく、しっかりと踵のスラスターノズルがコツンと2基同時に接地した。自立したのを確かめてから、アストロトレインはスカイワープを抱えた手の力を緩めた。
アストロトレインの腕からするりと抜け出たスカイワープはコツコツコツッと軽い音を立てて数歩離れると腰を捻ってちょっと振り返った。先ほどの底意地の悪い笑みとは打って変わった、明るく屈託ない笑み。
「俺はこの後のスペースブリッジの見張りが終わったら明日の午後まで何にもねぇんだよな。だから――」
そこまで言って幾歩も離れていなかった距離を詰めた。アストロトレインの両足の間にスカイワープは片足を踏み込み、機体を寄せる。アストロトレインの腕を掴むと、かかとを浮かせて伸び上がった。
「帰ったら、ここに来るぜ」
囁いて婉然と笑んだ。視線は合わせたまま指先でするするとアストロトレインの腰を撫で下げる。
「へぇ、熱烈だな」
アストロトレインは口端を釣り上げたあくどい笑みを浮かべて応じた。やられっぱなしでいられるかとイニシアチブを奪わんとしたアストロトレインは、スカイワープがしがみつくようにして掴んだ己の腕をそのまま持ち上げて彼の顎をとらえようとした。しかしそれは叶わなかった。スカイワープはしがみついた手はそのままに、体を少し傾けて肩から腕にかけて装備されたサイドワインダーの銃身をアストロトレインの上腕に引っ掛けた。
「……テメェなぁ」
蠱惑的に見えたオプティックが閃めき、一瞬にして艶っぽい空気の一切が消え、純真な笑顔に転じた。ちゅうと唇を押し付ける可愛らしいキスをして身のこなしも軽く距離をとった。
アストロトレインが動くより先に空間が歪み始め、またあーとで! ばっははーい! なんてふざけた挨拶を置いて文字通りスカイワープは消えた。後で覚えてろよ、などという紋切り型の台詞を投げつけたアストロトレインだったが、一連の流れがあまりにも滑らかで彼を捕まえることはおろか、触れることさえできないまま見送ることとなった。
少しの間、空間をゆがめたワープの余韻が曲線を描いていたが、それも波紋を広げて消えていった。静寂が返す波のように広がった。
「――ああ! クソッ!」
スカイワープのコロコロ変わる表情、仕草、全てに振り回されている。しかしなかなかどうしてアストロトレインは悪い気がしなかった。せめて今日ばかりは正義を振り翳すサイバトロンも簒奪を目論む航空参謀もどうか大人しくしていてくれと、被弾率の妙に高い彼が無事に帰って来ることを柄にもなく願う。惚れたが因果だ。アストロトレインは一度頭を振ると、この部屋へとかわいい恋人が戻ってきたらどうしてくれようかと思案を巡らせるのであった。