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    shimo_anko_2272

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    創作 完結

    星を見つめる抱えていた望遠鏡と左腕に通していたランプをドアの前に置き、ダッフルコートの前をしっかりと閉め、今にも首元から落ちそうだったマフラーをぐるぐると結びなおす。
    コートの右ポケットから借りてきた鍵を取り出す。凍りそうなほど冷えきったドアノブに鍵を差し込み、回す。ガチャリと音を立てて鍵が開いたドアを開き、右足で閉まらないように抑えて、ランプを腕に通し直して望遠鏡を抱える。鍵を忘れずに右ポケットにしまい直すと、刺すように冷たい冬の空気の中に足を踏み入れた。
    下校時刻をとっくに過ぎた19時の屋上は、しんと静まり返っていた。静かすぎて、街の明かりも車の音も、壁を1枚隔てたようにぼんやりとしていた。とりあえず明かり、とランプのスイッチを回す。カチリという軽い音とともにぼやりと辺りが丸くオレンジ色に浮かび上がった。
    ふぅ、と大きく息を吐いて、望遠鏡の設置を始める。かじかんだ指先に息を吹きかけながら調整をする。調整が終わった頃には空はもう真っ暗で、月は目の前に冷たく輝いていた。
    調整を終えて、肩を回しながら立ち上がってぐるりと周りを見渡す。吐く息は白く、見えるものはランプに照らされた望遠鏡と自分のスマートフォン、シャーペンとメモだけ。
    望遠鏡の前に座る。ひやりとする鏡筒に手を添えて接眼レンズを覗き込む。今宵の月は白く輝いていた。冷たく、美しく、手の届きそうなほど近くにも、一生かけても辿り着けないほど遠くも見えた。かじかんだ指をぎゅっと握り込んで緩めてを繰り返して、なんとか温めてシャーペンを握る。冷たい。さぁ、と心の中で呟いてメモを取り始める。
    1通りのメモを取り終わった。もう一度だけレンズを覗き込んで月を見る。何も変わらないように、見えた。はぁ、とため息をつきながらレンズからゆっくりと顔を離していく。離しながら顔はだんだん下を向いていた。あぐらをかいた膝の上の、赤くなってしまった自分の指先を見つめる。あーあ、これで終わった、なんて考えながら体を後ろに倒して寝転がる。右手を空に伸ばす。月をこの手で掴めたり、しないだろうか。指をピンと伸ばしてみる。月と人差し指が重なった。触れることはできない。わかっていた事だ。
    まなじりから涙が零れた。すう、と真っ直ぐに落ちて、消えていく。雫が落ちていくその瞬間だけ温かく、通り過ぎたそこを冬の空気が冷ました。
    泣き始めてから、いったいどれだけの時間が経ったのだろうか。鋭い空気に手足の先がぼやけ、空と自分が溶け合ったかのようにさえ感じた。だって、だって見えるものはもう、この満天の星空と輝く月だけ。頑張ったのだ、今まで。世界が僕の心に破片を投げ込み始めたあの日から。隠して、偽って、笑って。最後に少しだけ期待したってよかったはずだ。そうして告げた僕の想いは・・・泣くことはわかっていた。想いを受け取ってもらえないこともわかっていた。これでよかったんだ。これも星の巡り合わせ。
    でも、もう少し泣かせてほしい。当番の先生が来るまでのわずかな間でいいから。
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