16時37分「ちょっと事務室行ってくるから」
カウンターよろしくね、そう言って司書の先生は忙しなく走って行った。
その言葉にうなずいて読みかけの本に目を落とす。
いつもならもう少し人がいる図書館は静かで、クーラーの音と自分がページをめくる音しか聞こえない。多くの生徒が使う電車が最寄り駅に着くまで、30分を切っているからだろうか。
不意にガタリと音がした。次いで、やば、という声も。声の主は、カウンターからちょうど死角になる本棚の陰から出てきた。
「寝てたな」あ、目が赤い
「寝てた。やべぇ、あと15分で電車来る」
「頑張れ」
そう言いながら本から顔を上げると、す、と自分の顔に影が落ちる。
制汗剤の香りに混じって汗の匂いがした。
「じゃあな」にかりと笑いながら彼は言う。
「また明日」ドアを出ていく後ろ姿に手を振りながら返す。
バタバタと遠ざかっていく足音を聞きながら本を読むのを再開した。
10分くらい経っただろうか、バターンとけたたましくドアを開けて司書の先生が入ってきた。
「ごっめんねぇ、片付け始めようか」
はい、と返事をして本を閉じる。
きしむ椅子から立ち上がりながら、ちらりと時計を見た。16時58分。そろそろ彼は電車に乗る頃だろう。彼はさっきキスをした口で友人と喋り、息を吸って、そして、ありがとうございました、と運転手に言って降りていくのだ。
さっきキスをした唇が、微かに弧を描いた。