シュトレンよりも重い 愛されて育った人間なんだろう。
三井寿という男と、奇しくも関わるようになり思ったことがそれだった。
対人への壁が低い。或いは、パーソナルスペースが狭い。
大学で再会したばかりの頃はそう思わなかったから、その時はまだ三井にも遠慮があったのかもしれない。今となっては、そんな様子は尻尾すら見えないが。
先輩には可愛がられ、後輩には慕われる。取材にきた記者と談笑してる場面を見た時は目を疑ったものだ。
物怖じしない。怖いもの知らず。
そんな言葉も合うのだろう。
これまでの人生にはいなかったタイプの人間で、だから気がつけば巻き込まれて振り回されるなんてこともよくあって。
それが心底嫌じゃないと思ってしまったあたり、自分も三井に毒された一人だったに違いない。
「助かったぜ松本、流石だな!」
「そういうところが男前だと思ってんだけど」
「お前のこと、結構好きだぜマジで」
「落ち着くんだよ、お前のそば」
愛されて育った人間は、人を愛することにも躊躇いが少ない。
単なるチームメイトにも、ポンと好意を示せてしまう。
「なー、松本」
「はいはい、好きなんだろ俺のこと」
ポケットティッシュを配るような好意にも、慣れたもの。
それよりも今は、鍋の具合を確認する方が重要だった。三井が初めての賞与を得たからと、奮発した肉で急遽すき焼きをすることになったからだ。
その金で専門店に行けよと言っても、百貨店の袋に包まれた霜降り肉を差し出されたらとても追い返せない。三井の自炊レベルが一向に上がらないことはよく知っている。
「肉以外全部、スーパーの特売だからな」
それでもこの男は嬉しそうに笑うのだ。
「あー……やっとか。長かったな」
「葱は煮えるのに時間がかかるんだよ」
「そうじゃねーけど。なぁ、松本」
勝手知ってる食器棚から、お椀が二つ運ばれていく。冷蔵庫からは卵がニ個。
「今度ウチ来いよ」
「別にいいけど。珍しいな?」
「美味いメシ食わせてやる」
卵を割り入れる姿はどこか楽しそうだった。
三井の家の近くに新しい店でも出来たのだろうか。
ささやかな疑問は、沸々と煮え始めた鍋で霧散してしまった。
それから、約束の日。
年末の三井家にて、思いも寄らない紹介をご両親にされることになる。
「お前が好きだって言っただろ?」
数年分の好意に浸かって、慣らされて。
自ら手放す未来なんて考えられるはずもなかった。
とっくに自分の一部になっていた、この男を。