最初で最後、お前だけ 墓場まで持っていくつもりでした。
勿論、この気持ちをです。
世間体もあったし、両親への申し訳なさもありました。そして、アイツにも。
俺とアイツの関係なんてただのチームメイト、良くて友人。その自覚はありましたから。
アイツは一人でいることの方が珍しい奴で、部活でも構内でも誰かと一緒にいることの方が多かった。そんな人間の【友人】が、俺が感じるほどには重くないんだって理解するのは早かったですよ。
気持ちの良い連携プレーが出来た時のボディタッチも、飲み会の時に席が隣になることが多いのも、特別なんかじゃなかった。
俺とアイツは、ただ、高校最後のインターハイっていう二度とない特別な時に偶々マッチアップして、チームが死闘を繰り広げて、そして偶然進学先が同じだけだったんだって。
当時のバスケの競技人口を考えれば、関東と東北の人間が同じ大学に来ることもそう不思議なことじゃないでしょう?
でも、一度しか会ってなくても、二十分しか向かい合ってなくても、他の初対面の同級生達よりは近づくハードルが低かったのは事実です。
それがきっかけだったのかな、と今なら思いますね。
俺達の学部は違ったし、主将と副主将なんて関係にもならなかった。
バスケだけ。
バスケだけです。
俺とアイツを繋いでたのなんて。
だから、大学を卒業するまで飲み込んでおこうと思いました。俺とアイツの間にはバスケしかない。でも、バスケがある。お互いに絶対捨てられないものが同じなら、ずっと切れずにはいられるだろうって。もうそれでいいじゃないかって。
二度と同じチームでプレーすることがなくても、いつかアイツに恋人が出来たり、家族を持ったとしても。それを知るような立場にいなかったとしても。
あーー。ああ……、こんなはずじゃ、なかった。
こんな風になりたいわけじゃなかったのに。
この気持ちを自覚したのは……いや、観念したのは、まだ二年の頃です。
OB主催の飲み会でお互いしこたまに飲ませられて、足元も覚束なくて。二人して笑いながら駅を目指してたんですよ。フラフラしながらね。その時にアイツが「危ねぇから」って腕を引いてきたんです。よく見たらガードレールにぶつかる寸前でした。駅前だから車も多かったし、結構危なかったんじゃないかな。
そのお陰で酔いも少し醒めたんですけど、アイツは気づかなかったみたいで、そのまま駅まで手を引いてくれたんです。そう、手です。腕じゃなくて。
アイツは酔ってたし、周りはもう暗いし、チームメイトはいなかったし。もし誰かに見られたって笑い話にもならないような接触ですよ。
けど、俺は無理だった。
いつもどんな風にボールを操る手なのか、知ってたから。
その手がどんなに大切なものなのか、分かってたから。
何で俺の手がコイツに包まれてるんだろうって、そう考え始めたら無理だったんです。
これからは距離を置こうと思っても、環境がそれを許してくれない。なら、残りの二年を最後だと考えて過ごそうと決めました。その後に何も未練なんて残さないように。
アイツのバスケ人生にシミを付けない人間でいようって。
辛くはなかったですよ。
俺はアイツと、春も夏も秋も冬も朝も昼も夜も一緒にいられた。
アイツが人生を振り返る時に、登場人物の一人でいられるだろうって自信もある。
もし辛いことがあったとしても、それはアイツのせいじゃない。絶対に。
アイツが幸せならいいと思ってます。
元気にバスケをやって、幸せに生きててくれたら。
そこに俺は居なくていい。見届けたいとも思ってない。
俺の人生からアイツを取り外すことはもう出来ないけど、アイツがいないと生きていけないわけじゃないですから。
「ーーって流石に長いな。どっか削るか」
「おい……」
「どこがい い ……何泣いてんだ」
「何だよそれ」
「はぁ? だから馴れ初めだろ?」
「俺のことじゃねーか。何で俺がしらねぇエピソードが出てくるんだよ!」
「言っただろ、墓場まで持っていくつもりだったんだって。お前が記者会見やるなんて言わなけりゃ一生黙っておくつもりだった」
「俺がお前に告白した時、あんな赤裸々に白状しないと信じなかったくせに」
「いいだろそれはもう。何年前の話だ」
「夜のオカズ事情まで吐かせた」
「気の迷いだと……」
「あ?」
「……期待したくなかったんだよ。もう残り二年を切ってたからな」
「よし、許す! からいっこだけ訊かせろ」
「松本稔さん。いや、三井稔さん」
「今、幸せですか?」
「はい、勿論です」