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    クリア後から三年ほど経ったアロルク時空、アジトにルークを招くアーロンと、はりきってお招きされるルークの話。
    ハスマリーとアジト周りを捏造しています。名無しのキッズも出てきます。30日CPチャレンジのお題から「03.ゲームをする」をお借りしたものです。また書きたいとこ書いてたらとっ散らかったけれどまあいいや たのしいので…………💃💃💃

    #アロルク
    allRounder

    The game of blah-blah-blah 朝早い時間だったが、僕の目はアラームが鳴るより先に覚めてしまった。ベッドから跳ね起き、寝る前に準備しておいた服に袖を通す。いつものストライプのワイシャツにネクタイではなく、おろしたての青いTシャツとデニムだ。
     ばたばたと階下へ下りて、鼻歌まじりに朝食も作ってしまう。いつもと変わらぬ休日の朝なら具沢山のオムレツを作るくらいの余裕があるが、今日は洗い物が少なくて済むように、千切ったレタスとパウチのベーコンとマスタードマヨネーズしか挟んでいない、本当に簡単で適当なサンドウィッチにした。
     インスタントで済ませたコーヒー(もちろんミルクたっぷり、砂糖はスプーン換算にして十五杯のルーク・スペシャルだ)を飲みながら、僕はテレビのチャンネルを回す。僕が子どもの頃から続いている報道番組の新人アナウンサーが、手元の原稿をちらちら見ながらニュースを読み上げる。
    『先日、ついに渡航制限の解かれたハスマリー公国ですが、本日も各国から多くのボランティア団体が入国手続きを行なっており──』
     淀みなく語られる内容は、僕にとっては最上級のグッドニュース。顔が自然と緩んでいくのもやむなしだ。
     長らく続いていたハスマリーの内戦は数ヶ月前、主だった火種のほとんどが次々に停戦を表明したことで唐突な終わりを迎えた。僕らチームBOND四名が各々の目的を果たすために別れてから、実に三年後のことだった。
     言うまでもなく、この度のMVPはアーロンだ。それを知るのはごくごく少数のひとのみだけれども、かの国を焼き続ける戦火を盗んで回るヒーローがいたからこそ、今こうやってニュースにまでなっているのだ。
     アーロン自身は表舞台に立たなくても、アーロンが挑んだ戦いの良い結果が、少しづつ世界中に知れ渡って行く。僕らの在り様だけじゃなく、人生そのものも相棒であることを誓い合った人が勝ち取った成果だからだろうか、自分のことのように嬉しかった。
     あと二時間もすれば、僕もテレビに映っている団体と同じように、エリントン国際空港からハスマリーに向けて出立する。彼らと違う点を挙げるとすれば、僕は招かれたから赴く、というところだろうか。もちろん、アーロンにだ。
     都心部はもうだいぶ落ち着いた、これでお前を呼べる──そう聞かされてからの僕は、それはもう誰が見ても分かるほどに浮き足立っていた。近いうち都合つけてこっちに来い、と言われた翌日には、次の月初からの長期休暇申請を済ませていたくらいだ。そんなだから同僚たちには「あのワーカホリックに恋人なんてマジか?」とあっさりバレた上で嘆かれたし、当のアーロンには「飼い主を前にして喜びのあまり暴れだす犬、いるよな」とすげなく笑われたものだ。
     でも僕はそんなアーロンの揶揄も気にならなかった。そもそも遅かれ早かれ僕個人でハスマリーへ渡航するつもりでいたのだ。彼ばかりが僕のもとに来てくれているのが、仕方ないとは言え気になっていたというのもあるが、なにより僕がタブレット越しにしか話したことのない彼の家族に会ってみたかったからだ。その思いは常々伝えていたから、放っておいたって僕がハスマリーの地を踏むのは遠くない未来の話だった。
     その上で、アーロンは改めて僕を招いた。僕に向かって、ハスマリーに来て欲しいとそう言った。僕を家族に会わせたいのだと、照れ臭そうにいかめしい顔をして。
     いやあ、これではしゃぐなと言うのはちょっと野暮だと思うぞ、アーロン。本人に聞かれたらまず間違いなく殴られるだろうけれど、猛獣の居ぬ間になんとやら、だ。
     ぼうっと眺めていたニュース番組は、すぐに次の話題へと移り変わって行く。世界中、良いニュースだけで溢れていればいいのにと思いながら、そういう世界を実現するための一助になろうと、決意もまた新たになる。アーロンがいいところを見せてくれたのだ、次は僕の番だ。
     食べ終えた皿やカップも洗い終え、家中の戸締りを確認したのと同時に、玄関から呼び出しのブザーが鳴った。今日は荷物が多いから、昨晩のうちにタクシーを予約していたのだ。
    「はい、今出ます!」
     最後にテレビの電源コードを引っこ抜いて、僕は登山用品と一緒に陳列されていた新品のリュックサックを背負った。それから旅行用のボストンバッグと、ほとんど使ったことのなかった大きなトートバッグを肩にかけ、最後にキャリーケースをごろごろと引く。
     夜逃げならぬ朝逃げもかくや、といった格好だったせいか、タクシーの運転手がちょっと驚いた顔をしていた。まあまあ、浮かれている自覚は十二分にあるのだが、大目に見てもらえたら嬉しいな、の気持ちでここいらの相場より多めのチップを渡す。
     ──さあ、僕の休暇のはじまりだ。世間一般にはバカンスと呼ばなくても、僕にとっては最高のバカンスのはじまりなのだ。
     大きな荷物をトランクと助手席に詰め込んで、僕を乗せたタクシーは空港へ向かって走り出した。

     ***

     公的なハスマリーの空港はそう大きくない。広くはあるのだが、その多くは長らく戦闘機のために使われていて、今もまだ他所からやってきた客を受け入れるような華はない。
     そんな無骨でシンプルな空港を出ればすぐ、砂混じりの乾いた空気が僕の顔を叩く。ハスマリーはリカルドよりも陽射しが強いようで、僕は思わず目を瞑って立ち止まる。サングラスを忘れたな、とぼやく僕の横で「似合わなさそうだな」と笑うのは、僕を出迎えてくれたアーロンに他ならない。
     彼は僕がとんでもなく浮かれた大荷物を抱えているのを見てひとしきり笑った後、少しだけ目尻を和らげて、それから小さな声でお礼を言い、僕が反応するよりも早くボストンバッグとトートバッグとキャリーケースを両肩に抱え上げてしまった。僕が持ってきたのだから僕が持つと言い張っても、キャンキャンやかましいんだよと一蹴されてしまい、今はリュックサックの肩紐を頼りなく握りしめている。
     相棒に負けず劣らず眉根を寄せて拗ねる僕を見たアーロンが、いつもは吊り上がった眉尻を困ったように下げて、それからふっと笑う。僕といるときたまに見せてくれる、僕の大好きな笑顔だ。これだけで長時間のフライトで痺れた尻の痛みも忘れてしまえるくらいには。
     さて、なぜ僕がこんな大量の荷物を持って歩いているのか。それはアーロンたっての希望でもある。
     怪盗として活動していた以上、アーロン自身は今もまだお尋ね者だ。そこには各国の警察だけでなく、彼が活動する上で潰されてきた大小さまざまな犯罪集団からの逆恨みも含まれている。故にアーロンイコール怪盗ビースト、とはならないよう細心の注意を払っており、僕から直接荷物を送らないようにするのもその一環だった。
     どこでうっかり足がつくか分からず、一度ついた足跡はそう簡単に消せはしない。それは、そのわずかな痕跡を頼りに嗅ぎ回る狗側としても理解ができる話だったので、今回はこうやって僕手ずから物資を運び込んでいるのだ。
     とはいえ、これは命に関わるようなものではない。命を繋ぐものでも、守るものでもない。変哲のないバスケットボールに、変哲のないバドミントン一式。変哲のないニンジャジャンフィギュアに、これまた変哲のない戦隊モノの変身ベルト。組み立てたり膨らませたりするタイプのものは畳んで詰め込めるので、ビニールプールやビーチボールまで見繕ってしまった。
     要するに僕は今、大量の玩具を抱えて歩いているのだ。彼の家族のために。
     渡航制限が解かれたのをきっかけに流通も少しずつ整ってきてはいるが、それでもまだ嗜好品は贅沢なモノの分類だった。孤児への寄付品が無いわけではないが、どうもボランティア団体が大量に仕入れたものをまとめて贈ってくれるそうで、少し型が古かったりするくらいは常らしい。
     せっかくだからもっと目新しいモンを寄越してやりたい、手伝え──アーロンが照れ隠しに使う命令口調にももうずいぶん慣れたもので、僕はすぐさま了承の意を示し、そうして今に至るというわけだ。
    「張り切りすぎだろが」
    「そうかい? いろいろ見てたら止まらなくなっちゃっただけなんだけど」
    「それを張り切ってるっつうんだよ」
     もしくは浮かれてる。呆れたように鼻を鳴らすアーロンは、しかし穏やかな目で僕と歩みを揃えてくれる。君もそこそこ浮かれてるんじゃないか? と口をついて飛び出しかけた言葉はしっかり飲み込んだはずなのに、アーロンは担いだボストンバッグで「やっぱりうるせえ」と僕の背中をどついた。
    「いった! ちょっとアーロン! わざわざフィギュアが入ってる側で殴らなくてもいいだろ!」
    「バカなこと考えてるからだ、バカドギー」
    「バカルーク!」
    「……バカルーク」
    「良し!」
     なにが良しだよ、と呆れて笑う彼の横顔に、かつてのような濃い隈はない。無警戒に、とは行かないのだろうけれど、それでも今までと比べたら遥かに気の休まる時間を過ごせているのだろう。
     エリントンに来るときの彼はいつも疲労困憊としていた。これからは、そんな風に彼が身を削らなくても良くなるのだろう。それもとても嬉しくてにっこりと笑いかければ、今度はアーロンからも仕方がないなとばかりに笑い返される。
    「ンだよ」
    「言わなくてもわかってるんだろう?」
     言って欲しければみなまで言うけれども。そう続けたらアーロンの歩幅が広くなった。君の安寧を喜ぶ僕を肯定するように笑ってくれたこと、からかったりしないから置いていかないでほしいんだけれどな。嘆くように彼の名を呼んで小走りで追いかければ、ちらりと振り返ったアーロンは子どもっぽく歯を見せて笑っていた。

     ***

     アーロンの運転する──どうも無免許なようで最初こそひやひやしたが、正直ナデシコさんよりずっと丁寧なハンドル捌きだった──ジープに揺られること一時間、太陽が西側に傾き始めた頃。僕らはようやく、彼が根城にしているアジトへと到着する。だが、着くや否や愛らしいソプラノボイスの群れに襲われた僕は荷ほどきもそこそこに、小さな友人たちと庭を駆けずり回っていた。
    「ルーク! もっかいサッカーしよ!」
    「あ、ずるい! 次はバスケ教えてくれるって言ったもん!」
     ついこの間まで紛争の真ん中で生きてきたとは思えないほど、屈託のない笑顔の数々。アーロンとの通話中に言葉を交わしたことはあったが、実際にこの眩い笑顔を目の当たりにすると、彼らの持つエネルギーの大きさに圧倒される。
     気づけば、二本しか無い僕の腕には、数人の子どもがぶら下がっていた。到着してから早くも一時間が経過したが、アラナさんとアーロンの愛情と影響を受けて育った彼らのタフさは底が知れない。僕とて定期的な運動もしている現役警察官であり、さすがにアーロンやモクマさんほどでは無いにせよ、一般人と比べたらフィジカルは強い方のはずなのだが。
    「おれ、かけっこしたい! ルークに勝てないんじゃアーロンにも勝てないしね」
    「うわあん、トムがラケットでぶったあ」
    「ルーク! バトミントンしようよ!」
    「ちょっ……待った待った、順番な! あとトムはちゃんとエミリーに謝るんだ」
     溌剌とした子どもたちは思うままに要望を口にしては、僕の腕や服の裾をぐいぐいと引っ張ってくる。僕の腰くらいまでの背丈の子が多いはずなのに、気を抜いたらあっという間に引きずられていってしまいそうなパワフルさだ。相当に容赦がないが、これも懐かれているからこそだと思いたい。
     わがままを通すことに夢中な少年の手からラケットを預かりつつ、当初の順番通りバスケをしようと、この密集地帯をにじにじと掻き分けていく。どうも彼らは僕を振り回すのも遊びのひとつだと捉えている節があるようで、動き出した僕の足にまとわりつくようにして抱きついてくる。
     きゃらきゃらと響く笑い声は鈴の音のようだ。これじゃあ歩けないよ、と弱音を吐けば、ますます楽しげに弾んだ音色を聴かせてくれる。こんな風に遊ぶのはいったいいつぶりだろうか。僕は彼らと一緒になってくしゃくしゃの顔で笑う。それから歩くのを諦めてしゃがみこみ、目一杯に広げた腕で子どもたちを抱きしめた。
    「もう、そんなにくっついてると全員逮捕しちゃうぞ!」
    「あはは! ほんもののけーさつだ!」
    「逃げろお! ルークが鬼ね!」
     押して駄目なら引いてみろ。その逆も然り。次々に構われたがる子どもたちをまとめて相手取るには、やっぱりこの手の遊びが一番だ。蜘蛛の子を散らすように駆け出したみんなを追って、僕も遅ればせながら走り出した。
     この破天荒なミニビーストたちを止められるのは、彼らの保護者たる大人二人だけだが、今はどちらもここにはいない。アラナさんは僕らが子どもたちの面倒を見てくれている間に、とアジトで夕食を作ってくれていて、アーロンは庭の片隅で他の猛獣たちに集られている。僕の持ち込んだビニールプールで遊ぶ子どもたちの監視員役だ。なお僕がポンプの類をすっかり用意し忘れていたため、いくつか詰めておいたビーチボールは全部ひとりで膨らませたらしい。さすがの肺活量だ。
     とはいえ、ここもそう広い庭ではない。僕が子どもたちに振り回されるようにあちこち駆けずり回れば、即席プールの側に佇むアーロンの姿も目に入る。さっきまで「テメー、なんで肝心なとこでしょうもないポカやらかすんだ?」と呆れ返りつつ、僕を睨みつけながらボールに口を付けていた彼も、子どもたちが水遊びに夢中になってからは木陰に身を寄せ、静かにみんなを見守っていた。
     ──本当に、穏やかな顔をしている。目を眇めて水面を揺らす子どもたちを見守る顔は、猛獣というより父兄のそれだ。
     初めて会った時には想像だにしなかったけれど、今となってはあれこそが彼の本質なのだと納得しているのだから、時の流れというものは面白い。アーロンの側を駆け抜けるたび、そんなことを思って彼の表情を盗み見ていたのだが、まあもちろん彼には全部バレていたようだ。
    「なに見てんだ。つうかよそ見してっと転ぶぞ」
    「さすがにそこまで抜けてないよ」
    「どうだか」
     く、と喉奥で詰まるような笑みを零すアーロンを横目に、僕は開き始めた子どもたちとの距離を詰めるべく、ちょっと張り切って足を踏み込んだ。実はほんのちょっとだけバランスを崩していたのだけれど、愉しげに歯を見せてくるアーロン以外には隠しおおせたので良しとした。
     その後も所狭しと駆け回る子どもたちだったが、突然「ただ走るだけじゃつまんない!」と急遽影踏み鬼のルールが追加された辺りで、とうとう──あるいはようやく、僕の体力が根を上げた。気づけば全身汗でびっしょりと濡れていて、青いシャツが紺色に変わっている。
     ちょっと休憩させてくれ、と彼らの輪から離れた僕はなおも賑やかで元気な声を背にしつつ、よろよろとアーロンのいる木陰まで歩いて行った。
    「はあ、なんか、試合のあとみたいだ……」
    「あんだけ走りゃ、そりゃあな」
     アーロンは幹に背を預けたまま、水遊びを続ける子どもたちから目を離さない。でも僕が彼の足元にどかりと腰を下ろせば、汗みずくになった頭を上からわしゃりと撫でつけてくれた。
    「……悪いな。お前も疲れてんだろ」
     昨日まで普通に仕事してたんじゃなかったか。そう言ってちらりとエメラルドグリーンが僕を見る。
     目尻は吊り上がっているし、三白眼通り越して四白眼だし、ついでに眉間もぎざぎざだけれど、アーロンがこうやって素直に気遣ってくれるのはとても嬉しい。少しだけバツが悪そうなのは、彼自身も小さな家族たちのポテンシャルを見誤っていた、というところだろうか。
    「まあそりゃそうだけどさ。でもみんなが笑ってくれるなら、これくらいの疲れなんて気にならないよ」
    「……そうかよ」
    「あ、無理はしてないから安心してくれ」
    「まだなんも言ってねえわ」
     手慰みのように濡れた髪に指を通していたアーロンが、そのままぐわっと僕の頭を掴む。指に髪が絡まって普通に痛い。地面を踏み鳴らして抗議したら髪を巻き込むのだけはやめてくれたが、代わりに犬を撫でるような手つきでぼさぼさにされてしまった。
     あちこちに跳ねた髪を手櫛で直していると、頭上からふっと吐息だけで笑う声がした。文句を言おうと思って顔を上げたが、視線の先にいたアーロンがやわらかい目を──恋人としての時間を過ごしている時と同じ目をしていたから、僕の口から言葉は出ず、代わりに顔が熱くなっていく。汗はもうとっくに治まったというのに。
     離れていったはずのアーロンの手が、また僕の髪に触れる。先ほどのような荒っぽさはない。濡れて房になった横髪を掬った指先が、さりさりと刈り上げを撫であげていく。ついでにとばかりに耳の縁をなぞられて、僕は思わず息を詰めた。
     子どもたちの笑い声がはっきりと、しかしどこかぼやけて聞こえる。じんと頭の奥が痺れるような感覚がして、白っぽいやわらかな幸せが波のように押し寄せてくる。休みを活用して子どもたちと遊んで、ふたりで見守って、ちょっと寄り添ってみたりしちゃったりして、これってまるでなんだか、なんだか──
    「なあなあ、みんなも鬼ごっこしよ!」
    「うん、いいよ! まぜて!」
     ──浮ついたシンキングタイムは、ずっと近くで聞こえた子どもの声で唐突に断ち切られた。ば、と顔を上げれば、さっきまで鬼ごっこをしていた子どものひとりがプールの縁に手をかけて、水遊びに興じる子どもへ声をかけているところだった。
     アーロンは風を切る音が聞こえるほど素早く手を引き、僕はぎくりと両肩を震わせながら弾かれるように立ち上がる。子どもたちが遊ぶことに夢中になってくれていてよかったと心底思う。
     僕が飛び出しそうな心臓を宥めている間、アーロンはずかずかとビニールプールの方へ向かって行っていた。手にはそこらの木の枝にでもかけておいたのだろう、ところどころほつれたバスタオルが握られている。
    「待てこらお前ら、出んなら先にちゃんと身体拭け! 風邪ひくだろ」
    「えー? 走ってるうちに乾くよ!」
    「テメーはそう言ってこないだ寝込んだだろうが!」
     にゅっとアーロンの長い腕が伸びるたび、水から上がった子どもたちが次々と捕まっていく。きゃっきゃと楽しげに笑う彼らが、そのまま片っ端からタオルで揉みくちゃにされているのを見ていると、今度はなんだか相棒が優秀なブリーダーのようにも見えてくるから不思議なものだ。
     空港でも見たどこか幼くも感じられる笑顔を浮かべながら、骨張った大きな手が子どもたちを順繰りに拭いていく。女の子の長い髪はちょっぴり丁重に、口の減らない悪童にはお仕置きついでにちょっぴり乱暴に。
     彼がみんなのことを大事に思っているのは知っているが、実際に目の前で見ると幸福度が段違いだ。やっぱり彼は優しくってかっこいいヒーローなんだよなあ、と頬を緩ませていたら「テメーも揉みくちゃにしてやろうか、あァ?」と凶悪な笑みを向けられてしまった。
     ……正直、何をされるのかちょっと気になったのは内緒だ。僕だって健全な成人男子、恋人にそう言われてやましいことに変換するくらいはお手の物だ。まあ、即変なものを見る顔をされてしまったから全部バレとりますけれど。
    「──ああそういやドギー」
    「ん?」
     最後の一人の髪をわしわしと拭くアーロンが、はたとなにかを思い出した顔で声をかけてきた。返事をしておいてなんだけど、相棒はなんだかまた悪い笑みを浮かべていて、僕の目も胡乱げに細まっていく。
    「さっきガキどもに引っつかれてたお前、仔犬に集られる親犬にそっくりだったぜ」
    「アーーーロン!」
     それわかる! と高い声で笑い出す子どもと、そうだろ? と豪快に笑うアーロンの声と、上擦った僕の声が夕暮れに溶けていく。何事かと近寄ってきた子どもたちにもそれは伝染していって、少ししてからアラナさんが呼びにくるまで僕らはずっと、笑っていた。

     ***

     陽が沈んでも、アラナさんが作ってくれた夕食(やけに肉料理が多かったのは十中八九相棒のせいだろう)をみんなで残さず綺麗に食べ終えても、アジトから活気が消えることはない。というより、どうも僕の存在が彼らを興奮させているらしい。
     だが無理もないだろう。ずっと夜は明かりを早々に消して、じっと息を潜める生活だったのだ。生まれてからずっとそんな生き方しか知らなかっただろう子どもたちにとって、新しい日常はまだ非日常にほど近いのではないか。そこにみんなのヒーロー、アーロンが客人を連れてきたとあればもう、お祭り騒ぎになるのは想像に難くない。
    「ルーク、一緒にお風呂入ろ!」
    「なんかお話しして!」
    「警察ってなにするの? アーロンのこと捕まえなくていいの?」
    「ねえ、俺まだ遊びたい!」
     夕食後、僕が席を立てたのはお手洗いに行く一回だけだ。その後はもう子どもたちにしっかりと集られて動けない。視界の隅でアーロンが笑いを堪えていたのは見なかったふりをする。
     さながら、質問とわがままと要望が入り乱れる仔犬たちのオーケストラ。僕はそれをてんやわんやで捌く指揮者だ。なんとか聞き取れた一つに答えると、三つは追加で言葉が飛んでくる。向けられる興味と好奇心の大きさに慌てていたら、赤ちゃんを寝かせてくると言って席を外していたアラナさんが帰ってきた。
    「ごめんねルーク、着いてからほとんど休めてないでしょ」
    「いいんですよアラナさん、僕もみんなともっと遊びたいですし」
     早々に僕の膝上を陣取った少年の頭を撫でながら応えれば、彼女は「そう? 無理しないでね、ルーク」と、しかし安心したように笑う。アーロンもそうだったが、やっぱり子どもたちが楽しげなのが一番嬉しいのだろう。誰かを大切だと思う気持ちはみんな同じなのだと思うと、僕の心も暖かくなっていく。
    「……なあみんな、いい物があるんだ。ちょっとだけ離してくれるかい?」
     あれだけぴったりくっついていた子どもたちが、いい物、のたった一言でぱっと僕を解放する。その素直さを現金だとは思わない。きらきらと煌く無数の瞳の奥に、打算なんて見出せやしない。
     僕は即座に貸してもらった寝室──といっても当たり前のようにアーロンの部屋なのだが──に戻り、キャリーケースを開ける。目当ての平べったい大箱は探すまでもない。着替えを掻き分けて取り出したそれを後ろ手に持って隠しつつ、みんなのいるロビーへと戻る。
     もったいぶって顔だけ出せば、期待由来のきらきらを通り越し、最早ぎらつき始めた子どもたちの目に出迎えられる。じっとしていられないのか、スツールをガタガタ言わせながら跳ねている子も見受けられる。ちょっといい気分になった僕は口でドラムロールを真似ながら、みんなの前に箱を突きつけた。
    「じゃーん! 一世一代ゲーム!」
     金色に縁取られた派手なロゴと、宝石や貨幣といったモチーフが踊る紙箱を前に、子どもたちの目が爛々と輝く。なあに、それ? と堰を切ったように投げかけられる質問の嵐は、鷹揚に掲げた片手でどうどうと宥める。にわかに騒がしくなった室内を見渡しながら、嵩張るのを承知で持ってきた甲斐があったな、と心の中で鼻の下を擦った。
    「……あー、ドギー? 一応訊くが、それはボードゲームか?」
    「そう! ミカグラ発祥のパーティ用すごろくさ!」
    「……いやもうオレはなんっにも言わねえぞ……」
     何故か渋い顔をして頭を抱えているアーロンを置いて、僕は子どもたちへ基本ルールの説明をする。とはいえ難しいゲームではない。初めてしまった方が早いだろうと思い、テーブルをぎゅうぎゅうに囲む子どもたちを数人ずつのグループに分け、小さな車の形をした駒を握らせる。窓枠に腰掛けて外野に徹する姿勢を崩さなかったアーロンは、僕と子どもたちからの再三の要請に根負けし、僕のちょうど真向かいのチームに入ることにしたようだ。
    「さあ、始めようか!」
     まずは君の番だよ。そう言って隣の子どもに手渡したプラスチック製のダイスが、からころと小気味良い音を立てて古い木机の上を転がっていく。僕らの、一晩にも満たない小さな旅が始まった。

     ***

     ひとの一生をなぞるようなマス目の上で、僕らは順繰りにダイスを投げ、小さな車のアクセルを踏む。止まったマスに書いてある内容を身を寄せ合って読み、顔を見合わせてはきゃっきゃとはしゃぐ。内容はさまざまで、犬を拾ったから二マス進む、なんて因果関係のよく分からないものから、お金(もちろんゲーム内通貨だ)が手に入るラッキーなマスまである。中には〝宇宙人に出会った!〟なんて荒唐無稽なマスもあったりして、そういう時には僕も一緒になって笑ったりもした。
     子どもたちの頭はやわらかい。どんな国に生き、どんな暮らし方をしていても、ひとたび夢想、空想が始まれば、彼らを止めるものなんてありはしない。僕がこのボードゲームを手土産に選んだのは、現代向けにリファインされたミカグラ古来のゲーム、という点に感銘を受けたからだったが、形や名前を変えて脈々と受け継がれる理由もなるほど頷ける。
    「やったー! ニンジャが助けてくれて十マス進む、だって!」
    「へへ、これで先頭だ! ルークがビリね!」
    「ははは……」
     僕と最後尾争いをしていたチームが、イベントマスの効果で一気に駒を進めていく。黄色く塗られたそこにはデフォルメされたニンジャジャンのイラストが描かれていて、こんなところにもいるマイ・ヒーローの影響力にほんの少し鼻が高くなる。
     ゲームは滞りなく進んでいた。〝人生〟のゲームも中盤に差し掛かり、子どもたちの手繰る駒はだんだんと大人になっていく。ゴール後の取得ポイントに違いがあるだけの就職イベントも、彼らにとっては遠く夢に思い描いていたヴィジョンをより鮮明にさせるものなのだろう。
     あるチームはバスケの選手になった。サッカーとベースボールで意見が分かれていたと思ったら、次の瞬間にはそうなっていて、子どもたちって柔軟だなあと思わされる。
     またあるチームはアーロンより強くなりたい、と言ってアクション俳優を選んでいた。どうも大陸の東端の国で撮影されたカンフー・ムービーにハマっているらしい。独特な掛け声とともに可愛らしい飛び蹴りをお見舞いされたアーロンは、片手でその子の足首をひょいと掴み、まだまだだなとげらげら笑っていた。
     なお、当のアーロンが加わったチームは、最年少の子どもたっての希望でパティシエになっていた。糊の効いた白い調理服を着込んだ彼を想像すると、あまりの現実味のなさににやけが止まらなくなる。直後、机の下で思い切り爪先を踏まれて肩が跳ねた。
    「いった!」
    「妙なこと考えてっからだろが」
     は、と吐き捨てるように笑うアーロンだが、僕が抗議を始めるよりも先に子どもたちが横槍を入れ始める。なんでルークのこと蹴ったの? から始まり、アーロンの足癖が悪くて困るってアラナが言ってたよ、と畳み掛けられては、さしもの彼も黙り込むしかないようだ。
     バツが悪そうに天井と壁の境目を睨みつけてやりすごす彼はかわいい。子どもたちが味方についた今、こみ上がってくる幸福感を押し込める必要もない。ふふ、と思うままに笑いかければ、いいからさっさと進めろやと言わんばかりに強烈な眼光をいただいてしまった。
     僕は慌ててダイスを振った。無作為に投げられたそれは机の真ん中でころんと止まる。
    「──あ」
     そうして導かれて立ち寄ったマスにはでかでかと〝結婚〟の文字が踊っていた。
     ゲーム上の処理は簡単だ。人間を模したピンを駒の好きなところへ挿せばそれでいい。今後〝家族〟の人数で所持金を増減させるイベントマスが増えるのだろう。だが、この一周限りの一世一代を謳歌する子どもたちにとって、このマスはそんな簡単な処理だけで済まされる話ではない。
    「……ねえ、そういえばルークっていつ結婚するの?」
    「へっ?」
     味方だと思っていた子どもたちが、思わぬ方向から切り込んでくる。次から次へと興味が移り変わる彼らのことだ、あっという間に視線がアーロンから僕へと集まってきた。絞り出した返答が裏返ってしまうのもやむなしだろう。変な声、と笑う声も聞こえたが、もうそれどころではない。
     ぐるりと好奇の目が僕を囲む。無事なのは誰もいない背後とわざわざ覗き込むひとのいない足元くらいのもので、なにか渋いものでも噛み締めてしまったような顔をする恋人までもが、正面から僕を見下ろして眉を顰めていた。
    「ていうか、ルークってそもそも恋人とかいるの?」
    「え、あ、いや、まあ、その」
    「えー? アントニーまさか知らないの? アーロンだよ」
    「ッちょ、こら、なに言ってんだマリー」
     にゅっとアーロンの手が伸びて、彼の斜向かいにいる少女の頭をわしわしと掴む。しかしいっさい怯むことなく「図星だよね」としたたかに微笑まれ、相棒の喉からはおおよそ人間らしからぬ唸り声が聞こえてきた。
     しかし覆水は盆に帰らず、発した言葉は無かったことにならない。少女の発言にやっぱりね、とおませな反応を示す子や、知らなかったと驚いて騒ぎ出す子、瞬時に頭を切り替えて僕をさらなる質問責めにしだす子とで、広くない室内は今日一番の騒ぎになった。
    「いつから? ねえいつアーロンとつきあったの?」
    「つきあってるんなら結婚するんだよね?」
    「そうだよ! アーロンといつ結婚するの?」
     きらきらの瞳の主成分は好奇心だ。家族であり保護者でありヒーローであるアーロンと、そんなアーロンに連れられてやってきた〝身内〟の僕へ向けられた、好意から生まれる関心だ。悪意は含まれていないのは変わらずだが、僕とアーロンの困惑を慮る気持ちもこれまた無いのだろう。小さなビーストたちに鼻息も荒く飛び付かれ、僕らは机越しに顔を見合わせた。
    「いや、ちょっと、ほんとにいったん待ってくれみんな……ア、アラナさん!」
    「ええ、私が割って入るのも野暮じゃない?」
    「アラナ……テメェ……」
     入口にもたれかかって静観していたアラナさんに助けを求めるも、彼女は朗らかに笑うだけで動こうともしない。むしろその目は子どもたちと同じ好奇心に満ち溢れた色をしている。アーロンが威嚇するような唸り声を上げたところで、アラナさんにとってはどこ吹く風だ。
     喧騒は波が引くように収まっていく。しかし身を乗り出して僕、あるいはアーロンの次の言葉を待つ子どもたちの頬の火照りは最高潮だ。視線がうるさいとはこういうことかと実感しつつ、僕は眉間を揉みほぐすように手を添えた。
    「こたえないと……まあ、進まない、んだよな、これ」
     うんうん、と子どもたちが肯く。息がぴったり合っていてかわいらしいのだが、そのかわいらしい尋問にかけられているのは僕自身なのだと思うと、ぐうと胸が詰まるような心地になる。
     ちらりとアーロンに視線を投げる。相棒の方は僕よりしっちゃかめっちゃかになっていて、容赦も遠慮もない子どもたちが大柄な彼の体によじ登っていた。
     アーロン自身はひどく不機嫌そうな顔をしているが、あれはその実対応しかねて困っているときの顔だと知っている。嘘を嫌うが、正直な思いを簡単に吐露もできない彼のことだ、放っておけば一生黙りこくるか、実力行使でみんなを寝かしつけて回り始めるだろう。
     その様子を想像して、少し僕自身の表情が和らいだように感じた。荒っぽい性格をしていることは、子どもに優しくないこととイコールではない。彼が兄の、あるいは父の代わりをし、子どもたちを守る姿が僕は好きなのだ。その隣に僕が、彼にとってかけがえのない存在でいられることが、誇らしいのだ。
    「そう、だな……まあ、考えたことがないって言ったら、嘘にはなるけれど」
     僕が口を開いた途端、ひゅう! と子どもたちの囃すような指笛が聞こえた。アーロン、きみ、子どもたちに悪影響を与えるんじゃないよ。訴えを瞳に乗せてアーロンを睨んだが、存外真剣な目で僕を見ている彼と目があって、ぶわりと耳が熱くなる。
    「…………」
     アーロンは無言で唇をわななかせながら、僕と同じように顔を火照らせていた。よく見ないと分からないので、褐色肌ってこういうときちょっとずるいな、と思ったりもする。
     所在なく視線を絡ませたり、外したりを繰り返す僕らの横で、指笛を諫める大人びた声が続き、また期待にさざめく沈黙が流れる。
    「ええと……でも、なんと言ったらいいのかな。僕は、結婚、みたいに名前のついた絆も、とても素敵だと思う」
     静かになるのを待ってから、僕はゆっくりと言葉を紡ぐ。いつも自分の中で当たり前のように揺蕩う想いを、探し出しては掬い上げる。
     あいぼう。しんゆう。れんあい。こいびと。僕らの関係を説明できる単語は意外と多い。結婚という約束が増えれば、ここに夫婦、の二文字が追加される。でもそれはきっと、あくまでもそれだけ、なのだろう。
     大事なのは、僕らがどうおもうか、だと思っている。絆に名前をつけなくてはいけないと思えばつけるし、つけなくても良いのならそれでいい。名前があろうとなかろうと、僕らは出逢えたし、僕らがおもう形で結ばれたのだから。
     あれだけかしましく盛り上がっていた子どもたちが、どこか真剣な目をして僕の言葉に聞き入っている。彼らに届くだろうか、年月もしがらみもなにもかもを超え、その先でこの手を取ってくれるひとの暖かさと、それがなによりもおもいを救うのだということが。
     彼がいつかしっかりと掴んでくれた手で、僕は赤色のピンを摘み上げる。
    「うん、やっぱり僕は結婚そのものにこだわりはないよ。だって──」
     上げた視線の向かう先は、世界でいちばんの相棒の、最高にかっこよくって鋭い双眸だ。子どもたちよりも真剣に僕の話に耳を傾けていることに気づいていない、僕のだいすきなひとの両目が、熱をもった僕の目としっかりぶつかって、ちかりとまたたいた。
    「──だって、そう思えるひとと出逢えたことが、いちばん嬉しくてしあわせなことだからね!」
     僕は笑う。頬が熱くなっているのが分かるから、きっともっとあちこち火照っているんだろう。でもその熱もまた、僕の胸の奥から生まれては溢れていく、楽しいとか、いとおしいとか、そういうおもいを押し上げる一助になる。
     アーロンは先ほどよりも苦々しげな顔をしていた。けれど、僕には分かる。感情を読ませないほどに険しく刻まれた皺の奥で、君の瞳が星よりもっとうつくしく輝いていたことを。
     かちり、とプラスチックが音を立てる。手元の小さな車の中では、赤と青のピンが隣りあっていた。
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