匂い①「先生って、良い子が好きなんでしょ。」
休日、虎杖悠仁は五条悟の家で映画を観ていた。
地下室での特訓以来、五条と映画を観ることが日課になり、たまの休日にはこうして映画を観て過ごしている。
バトルアクションものも、スプラッターもホラーも、一通り観てしまった。動画サイトでNo.1とあったラブストーリーを、なんとなく観ていたとき、悠仁はそんな疑問を投げかけた。
「んー、まぁね。正確には、面倒くさくない子かな。」
「それって、どういうこと?」
悠仁はさらに問いかける。
「そうだな。しつこくなくて、深入りしてこなくて、色々弁えてる子かな」
「ふーん」
五条の返答から、普段の付き合い方がどんなものか伝わってくる。悠仁は、そっかと流すが五条の"付き合い"にも薄々感づいていた。
その"付き合い"にも自分が入っている事を悠仁は自覚している。
宿儺の器でいつかは死刑される身。そんなことでは、ろくな恋愛もできないという口実で、悠仁は五条に貞操を奪われた。
奪われたと言っても、悠仁は満更でもなかった。むしろ、経験豊富な先生に興味があった。
一線を越えたらあっという間で、度々五条と悠仁は肌を重ねている。
肌を重ねる毎に、悠仁の脳内に"セフレ"の言葉が浮かんだ。
いつしか、釘崎野薔薇が言っていた。
「ただヤるだけの相手のことよ。そこに気持ちなんてないのよ。だから、あんたらも女性を大切にしなさい!」
何故あの時、伏黒恵と一緒に説教されたかはわからない。その時は、まだ五条との関係がなかったので、そのことは気にも留めなかった。
だが、関係を持ってからは、釘崎の言葉が何度も思い出される。
悠仁は、元来あまり深く考えていない為、「これが、セルレか」と毎度甘心するのみだった。
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ある日の休日
「あー暇だなー」
五条先生は今日は予定があると言ってた。
いつも休みの日は、先生と映画見てたから、久しぶりに一人になると何するか悩む。
伏黒を誘って映画とも思ったが「津美紀の見舞いがあるんだ」と断られてしまった。
釘崎は、真希さんと買い物だって、昨日から張り切っていたし。
何もすることが浮かばないまま、俺は寮の廊下を歩いていた。だいたい暇な時は、パチンコかカラオケに行っている。
一人でカラオケもなんだし、今日はパチンコかなとぼんやり考えていると、廊下の先に背の高い影を見つける。
「先生ー!」
駆け寄ると、いつもよりきちんとした服装に身を包み、サングラス姿の先生が俺の方に視線を向けた。
なんだか、俺と会う時よりもオシャレな気がする。
「おー、悠仁。これから出かけるの?」
「いやー、今日何しようかなって考えてたところ。先生はお出かけ?」
「まぁね。ここに寄ったのは、たまたまだけど。」
不意に、甘い匂いがした。
すんすんっと嗅いでみると、先生からする匂いだと気づく。
「先生、今日オシャレだね。それになんか良い匂いする。」
「あぁ、香水かな。貰ったんだだけど、会う時に付けてないと面倒で。」
「へぇ…」
きっとこれから、五条先生は女の人と会うんだ。だから、俺と会う時よりオシャレな格好をして、その女の人からもらった香水を付けている。
"面倒"と言っていたけれど、それでも貰った香水をちゃんと付けるところをみると、その女の人は大事にされているんだなと感じる。
でも、なんだか胸の奥がざわつく。
「気をつけて行ってきてね。行ってらっしゃい…」
「ありがと。悠仁も良い休日をね。」
パタンと扉が閉まったと同時に、風にのって先生の匂いが鼻先に届く。
先生は出掛けて行ったのに、まだその匂いが残っていた。
パチンコにでも行こうかなと思っていたのに、そんな気分ではなくなった。この扉の向こうには、まだこの匂いが残っている。良い匂いだけど、なんだが胸がざわつく。
結局俺は、また部屋に戻った。
(あの匂い…甘くて、なんかの花なのかな。先生に合ってたかも…)
五条先生からした匂いが鼻先にまだ残っている。そしてだんだんと脳に刻まれていく。
香水をプレゼントするというのは、だいぶ仲が良いのだろう。
普段軽い付き合いしかしていないように見えていたのに、急に"本命"がいたことを知った。
(面倒なは、嫌だったんじゃないのかよ…)
ムカつく。そんなことが頭に浮かんだ。
先生は「会う時に付けていないと、面倒なんだよね」と言っていた。
(面倒なら会わなければいいのに)
そもそも『会う時は、付けて』と言ってくる人は面倒ではないのか?面倒でも会いたいってことなのか?
頭の中がぐちゃぐちゃになる。
『俺って先生の特別かも』
と思っていた。
実際、伏黒や釘崎にも言われたことがある。
「あの馬鹿は、虎杖に甘すぎ。贔屓よ!」釘崎はそんな風に言っていた気がする。
それは自分でも、なんとなく気付いていて、俺にだけやたらお土産が多いし、映画もご飯もよく誘ってくれるし、距離もいつも近くて、その内に…
そんな事をされて自分は特別なんだと勘違いしていた。恥ずかしくなってくる。
先生に対して、特にこれといった感情は無かったはずだ。でも、自分よりも"特別"な存在を今日知ってしまった。
恥ずかしい…いや、違う。情けないのかもしれない。
「あーなんかモヤモヤする!寝よ!」
時間は正午。みんなは休日を楽しんでいる真っ只中。そんな中俺は、布団を頭まで被せて目を瞑った。
目を瞑れば先生を思い出してしまう。地下室の特訓、映画を観て過ごした休日。思い出すのは、楽しい日のことばかり。
(先生も俺もいつも笑ってて、先生といると安心する。居心地が良い…これって、なんだろう)
そんな思い出を思い返していると、いつの間にか夢の中へ入っていた。