君の笑顔に恋してる 続き君の笑顔に恋してる 続き
「恋愛対象として見られていないのでしょう」
「やっぱり?」
自分の恋を自覚してから数ヶ月、チャンドラ君とは何度か食事に行ったし、艦内で出会えば(コノエが偶然を装ってる事もあるが)他愛無い談笑を交わす。嫌われてる様子はないし、むしろ食事への誘いは喜ばれているという自負もある。
その中で恋愛感情を滲ませるような、そんな事もかなり言ったつもりなのだが、チャンドラからコノエへの好意には中々色が乗らないのだ。
「貴方が、と言うより男性をそういう対象で見ていないというのが正しいのだと思います。そして、自分が同性からそういう目で見られてるなんて全く思っていない」
「君とノイマン大尉のことがあったのに?」
「彼の中のアーノルドの評価、かなり高かったでしょう?」
言われてみればそうである。
彼はノイマンは顔が良いからだとか、ノイマンの操舵技術に並ぶものなんてそうそう居ないだとか、アルバートの相談を受ける中で散々言っていた。
「アーノルドは特別だから、と言う考えなのでしょう」
「なるほどねぇ、特別ではない自分にはそんな事は起きないと言うことか」
ノイマン大尉にも言えることではあるが、彼らは自己評価が低い傾向にある。
過去2回の戦役を前線で生き残ったと言うだけで
、それだけで戦艦のクルーとしてはかなりの高評価となるのに。実際に彼の火器管制の技術は高い。
「ありがとう、アルバート。考えがまとまったよ」
「自分の事になると、見えなくなるものです」
「そうだね。それにしてもアルバート、恋は人を変えると言うけれど君は本当に少し変わったね。もちろん良い方向にだよ。」
そう言うとアルバートは少し照れたような顔をした。ノイマン大尉と恋人同士になる前の彼であればこのような“恋愛相談”に乗ったりはしてくれなかっただろう。
「それなら、まずはチャンドラ君が僕の特別だということを、彼自身に知って貰わないとね」
ーーーーーー
アルバートとの対話で今後どう動くかを決めたコノエは、まず自分がどれだけ本気であるかを、彼と付き合いの長いアークエンジェルのクルーに伝えておく事にした。
チャンドラ君に想いを伝えれば、彼は恐らくノイマン大尉に相談をするだろう。そうなれば彼らの艦長であるマリュー・ラミアス大佐、そしてそのパートナーであるムウ・ラ・フラガ大佐にも話が伝わるだろうと思ったからだ。
年齢、階級共に離れている相手である。無理矢理迫ろうとしているなどと思われて、殴りこみに来られたり、コノエに対してマイナス方向にチャンドラ君にアドバイスされては困るからだ。
コノエの言うことと、付き合いの長いアークエンジェルのクルーの彼らが言うこと、チャンドラ君は後者の言うことの方を信じるだろうから。
ノイマン大尉との話はすぐに済んだ。
アルバートに頼み一緒に時間をとってもらえば、ハインライン大尉から話は聞いています、と言われた後、
「コノエ大佐ならチャンドラを幸せにしてくれると思いますが、でも、もし泣かせたら殴ります」
と宣言された。
そして、問題はラミアス大佐とフラガ大佐である。アルバートとノイマン大尉のあれやこれやの時にアルバートがかなり迷惑をかけたので恐らくこちら側の心象が悪いのだ。
2人にも時間を取ってもらい、ラミアス大佐の執務室を訪れた。
「ノイマンから話は聞いています。うちのチャンドラとお付き合いしたいと言うことですが…」
ノイマン大尉のおかげで話がスムーズに始まる。
(…後でお礼をしておかないと)
「お付き合いと言いましょうか、チャンドラ君さえ良ければ一生側にいて欲しいんです」
それくらい彼の事を愛してしまいまして。
そう言うとラミアス大佐とフラガ大佐は顔を見合わせた。
「まぁ、うちとしましてはね、チャンドラももういい年ですし彼さえ納得してればお付き合いでも結婚でもって感じなんですが、まだ何も始まっていないんでしょう?なのになぜ俺たちに話を?」
「…まずは外堀から、と思いまして」
「こう言うのはストレートに本人に言った方がいいと思いますよ?」
フラガ大佐の言う事は最もであるが、
「なんとしても手に入れたいものでしてね、僕がどれだけ本気なのかだけでも知って頂こうかと」
そう宣言して2人の様子を伺えば、何やらアイコンタクトを取り、ラミアス大佐は言った。
「話はわかりました、それとコノエ大佐が本気だと言う事もわかりましたわ。でも私たちには本人の意思に任せるとしか言えませんわね」
ラミアス大佐は困った様に笑っていた。
「それだけで十分です」
邪魔はされないと言うだけで本当に十分であったし、ラミアス大佐も一応は笑顔であったのだからこちらの心象もそう悪くはないだろう。
それならば後は。彼に想いを伝えるだけである。
ーーーーーー
コノエはラミアス大佐とフラガ大佐に話をつけた後、すぐにチャンドラ君を食事に誘った。
オーブ寄港中であったし、場所は、チャンドラ君に誘ってもらった海辺のカフェにした。
チャンドラ君にもう一度あのカフェに行きたいんだ、と言えば。「気に入ってもらえたんです?」と彼は笑顔で了承してくれた。
自分が恋を自覚したあの場所で、彼に恋愛対象として意識してもらえたら、そんな願いもある。
食事を終え、いつもの様に色々な話をする。その中でコノエはなんでもない様な様子で切り出した。
「僕とずっと一緒にいてくれるかい?」
「もちろんですよ、いつでも楽しくお喋りできるでしょうし」
本当にずっとだとは思ってはいないだろうが、言質は取った。続けざまに問う。
「左手を貸してくれるかい?」
「なんでです?」
チャンドラ君は少し戸惑った様だったが、素直に左手を差し出した。
その手を取る。
そしてコノエは指輪をポケットから取り出し彼の薬指に嵌めながら笑顔で言う。
「ずっと一緒に居てくれるんだよね?」
「言いましたけど…。えっ、なんですこれ?」
戸惑ってる様子のチャンドラ君は可愛かった。視線が彼方此方へ彷徨っている。そんな彼に、こっちを見て、と言えば素直にコノエの方をみた。そして彼のサングラス越しの瞳を見つめる。
「僕のこと恋愛対象として見て欲しいんだ」
「えぇっ⁉︎どう言うことです⁉︎」
「そのままの意味だよ。僕はチャンドラ君のことずっと一緒に居たいと思うくらい愛してるんだ」
そう言いながら取ったままの左手に右手を重ねる。えぇっ、チャンドラ君からもう一度声が上がった。
「僕の事嫌い?」
「嫌いな訳ないじゃないですか!むしろ好きですよ。ただ、それが恋愛感情かと言われれば違うけど…。えぇ、でも、本当に本気なのぉ⁉︎」
混乱しているのか所々何時もの敬語が外れる。そんな事にさえ素を見せてくれてる様で嬉しい。
「本気だよ。君の事を愛してる」
チャンドラ君の頬が心なしか赤く染まった様な気がした。
「君に好きになってもらう努力をするから、僕の事本当に嫌いになるまでこの指輪を外さないでくれるかい?」
そうお願いすれば、彼は恥ずかしそうに俯きながら、小さな声で了承の返事をくれた。
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恋愛対象として見て欲しいとお願いしてからも、コノエは今まで通りチャンドラを食事やお茶に誘った。始め彼はやはり戸惑っていた。
「嫌なら嫌って言って構わないよ?」
「嫌では無いんですけど、むしろお誘い自体は嬉しいんですけど!コノエさんが恋愛対象で見てなんて言うから困ってんじゃないですか!」
チャンドラ君は怒っているのか照れているのか、はたまたその両方か。頬を赤く染めながら言った。
「意識してくれるだけでも僕は嬉しいよ」
「〜〜〜ずるい人だなぁ!」
「…嫌ではないなら、食事は一緒に行ってくれるのかい?」
「…ご一緒させて頂きます」
「嬉しいよ、ありがとう」
何回もこんなやり取りをしながらチャンドラ君と一緒に過ごすうち、彼はコノエの好意を敏感に感じ取ってくれるようになった。そしてコノエの事を恋愛対象として見てくれる様になっていった。
例えば、コノエが自分の事を見つめているのに気がつけば彼は動揺して、それでもコノエの事をみてくれる。左手を貸して?と頼めば顔を染めてくれる。そしてコノエの事を拒否するのではなく、おずおずと左手を貸してくれるのだ。
そして未だ薬指に嵌っている指輪をそっと撫でれば、どうして良いのか分からないと言った様なそんな顔をする。
ついにはやはり、ノイマン大尉や、ラミアス大佐、フラガ大佐にもやはり相談した様であった。そこで事前にコノエから話が行っていたと聞いたのだろう。「俺の外堀を埋めましたね」と恨みがましい目で見てきた。
(…彼の外堀はちゃんと埋まっていた様だ)
コノエはその事実に取り敢えず一息ついた。
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そしてその日は唐突にやってきた。
チャンドラ君を誘って艦長室でお茶をしいた時であった。
「コノエさん、左手貸してくれます?」
「いいよ?」
チャンドラ君は左手を取ると、そっとコノエの薬指に指輪を嵌めながらこう言ったのだ。
「死ぬまでずっと一緒に居てあげますよ」
「…本当に?」
彼からの好意は色づいたものになっていたが、まさか彼の方から行動に出てくれるとは予想外で、嬉しさよりも驚きの方が優ってしまう。思わず指輪を見つめ続けてしまった。
「男に二言はありません」
その言葉でだんだんと喜びが胸を占めてくる。
チャンドラ君を見れば、彼は少し緊張した面持ちだったがコノエと目が合えばふわりと笑った。
「愛しているよ」
「俺もです」
愛してます。
チャンドラ君はそれはもう満面の笑みで言う。
その笑みにやはりコノエの胸は高鳴った。
「抱きしめても?」
「もちろんですよ」
衝動的に抱きしめそうになるが、かろうじて許可を取る。初めての事だったからかチャンドラ君は身を固くしたが、抱きしめ続ければ背中に手を回してくれた。