距離感が近いむかひの話「あ、岳人のリップクリームってちょっと香り付きなんやな」と思って、いや、おかしいやろ………とすぐに思い直した。ちなみに一応言っておくと、岳人がいつもジャージのポケットに入れていて、ミーティングの時とかに塗り直しているそれを今ちょっと貸してもらったりとかした訳ではない。去年の冬に、俺が「唇が乾燥する」と言ったら「使う?」と差し出してくれたことはあったけれど、なんというか、岳人はまだ誰にも踏まれていない雪のように真っ白な気持ちで親友である俺を心配して貸してくれようとしているのに、こちらはそれをただの親友から借りたものとして受け取れる状態ではなかったことがすごくばつが悪かったのだ。一瞬思考停止している間に岳人はそれを「いや、さすがに俺とお前でもこれは無理か」と笑いながら引っ込めたので、拒否したみたいに勘違いされたのと「さすがに無理」というワードにぶん殴られて、俺は唇を噛んだのを覚えている。少し鉄の味がした。