ずっとそばにいてくれる人有名な観光地でも、話題の場所でもない、家のそばの小道。いつもの散歩道。犬の散歩や、買い物に向かう人、ベビーカーを押す人、日常の、普通の光景。私達も多分にもれず、この道のお世話になっている。彼が窓の外を見てから、すっと立ち上がるのがサイン。
「行くか?」
すぐに返事をして、急いで支度する。玄関のドアの前で待つ彼。休日の散歩は彼の声かけから始まる。
「今日はなんだか暑いなぁ。」
ほどなく彼が言う。
「背が高くて、お日様に近いからじゃないの?」
笑って言う私に、
「確かにそうかもな。ははは」
なんてことない普通の日が嬉しい。
歩道には色々な木が植えてある。春先の木蓮や、梅雨の紫陽花もきれいだし、秋の銀杏の絨毯も大好き。冬は枯葉の上を歩くのも楽しい。でもそれ以上に楽しみなのが、大きな桜の木。彼も同じみたいで、桜の木が見えてきたら、嬉しそうな表情をしてる。私も更に嬉しくなった。
「やっぱり、この桜が1番だな。」
何度も頷く私に微笑みながら、
「だよな!」
少年のような可愛い笑顔に、私はボッと顔を赤らめてしまう。彼に気付かれないように小走りに木に近付いた。遠くから見ても、下から見上げても、やっぱり綺麗で立派な木。長く下がっている枝を見つけ駆け寄ると、下を見ない私は根に引っかかった。あ!転ぶと思ったその時、身体が浮いた。
「その根っこに引っかかるのまで、春の風物詩にしなくていいんだよ。毎年同じとこで…全く。」
呆れ顔で私を見る彼。恥ずかしいからなのか、さっきの彼の笑顔を見てドキドキしてなのか、太くてガッツリした彼の腕に抱えられてるからなのか、わからないほど顔が真っ赤になってしまった。
「ぷっ!赤すぎ!」
呆れ顔から笑い顔に。笑われてバツが悪くなった私は、彼を少しにらみつける。彼がふと真顔になって、顔を近づけて来た。
「!?」
ビックリして目をつぶる私…の両耳をつまんで、引っ張られた。
「耳まで赤くする位恥ずかしいなら、来年は下見て歩かなきゃだな。キスでもされると思ったのか?」
恥ずかしすぎて、背中を向けてみる。恥ずかしいやら、ムカッとするやら…そんなことを考えていたら、ビックリするほど強い風が吹いた。
桜吹雪だ!と思う間もなく、視界が暗くなった。彼が私を、その大きな手で塞いでいた。
「大丈夫か?」
「大丈夫だよ。さすがに飛ばされないよ、いくら小さくたって。」
笑う私に
「そら良かったな。しかし、強い風だったな。桜散らしの風ってやつか。…て、痛って!」
枝が顔に当たったみたいで、涙目になってる。顔を押さえて、見るからに痛そう。
「すげー痛い。泣きそう。」
八の字眉毛にしながら、私の肩にもたれかかる。彼の体温を感じる。少し長めの髪、サラサラできれいだな〜じゃない!
「チョット〜重たいよ。…ってか、頭に桜ついてるよ。」
取って見せると、吹き出された。
「いやいや、俺よりお前!頭どころか全身桜まみれだわ!どんだけピンク色なんだよ!」
どの涙なのかわからないくらい泣きながら笑う彼。つられて笑ってしまう。
「2人とも桜になったみたいだな。自分が花になるなんて、俺達派手で最高じゃねえか。いいな!」
俺達って言葉に私は更に嬉しくなる。彼が見上げて言う。
「散るときが綺麗な花なんて…と思ってたけど、この綺麗さには勝てねえや。(私を見ながら)お前が一緒にいるから、余計にいいと思うんだけどな。」
にっ!と音がしそうなくらいの、今日1番の笑顔を見せる。
私の脇をひょいと抱えて、近くのベンチに連れて行く。
「よし!チョット休憩!」
彼と私の身長差は数十センチ。いつも私に合わせて話してくれる彼。ありがたいなぁ。ていうか、悪いなぁ。地味な私じゃ背も高くて、カッコイイ彼には合わないかなぁ。
トン
彼の頭が、私の肩に。チラッとこちらを見て
「また変なこと考えてる顔してんな。俺がお前がいいって言ってんだから、派手に納得しとけよ。わかったか?」
ちょっと涙目になったから、頷いて返事した。彼の方を見てみると、なんとこの短時間でもう寝息を立ててる。疲れてたんだなぁ、それなのにお休みの日に私と出かけてくれるんだ。嬉しいなぁ。よし!お夕飯は彼の好きなもの作ろう。スマホをポチポチ。横から大きな人差し指が出てきた。
「これ。これ食いたい。これしか食いたくない。」
「材料ないや。」
「じゃ買いに行くか。」
のびをして、あくびをひとつ。スクッと立ち上がる彼。なんで、この人こんなにカッコいいんだろ。まじまじと見てしまう。彼は急に私の肩を抱き、キスしてきた。
「今度こそちゃんとキスできたな。」
ペロッと舌を出して笑う。
「んっ」
と彼の大きな手が私の前に。手を繋いで桜の木を後にした。散るまでにもう一度来よう、また2人で。