ガチャガチャッと玄関から音がする。
「ただいま。」
「おかえりなさい。お疲れ様〜」
ジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩める。ベタだけど、ネクタイを緩めるって何度見てもかっこいい。スーツ姿もかっこいい。つまりかっこいいの塊のご帰宅。緩んだ口元に気付かれないようにキッチンで作業中のフリをする。
「手洗ってきてね〜」
「うむ。やってるぞ。1 2 3…」
リビングに戻ってソファに座る。
「手洗いで数字数えるのえらいねーちゃんとやってるの。」
「まぁな。大事な場所に変なもの入れたくないからな。」
背中越しの会話でも、彼の優しさが伝わって嬉しい。
「そういえば、ハッピーバースデーの歌を2回歌うと丁度いい時間みたいだよ。」
「…」
「ん?」
返事がない?しょうもない話だから返事は不要と判断した?いや、彼はいつも返事をくれる。ソファの前にまわってみると、寝てる。ソファでうたた寝なんて、珍しいなぁ。相当疲れてるんだ。
なかなか無い状況にとりあえずソファに座ってみることにした。起こさないようにそっと。寝てる顔…かわいい。いつもの熱い眼差しも、熱い言動も大好きだけど、この感じもいいなぁ。私だけの特権だぁ。あ、まつ毛もやっぱり長いんだ。あんまりよく見たことないから、この際じっくり見ちゃおう。 起こさないように、そっと更に近づく。っと、彼の体重で沈んだソファに身体を取られて、彼にもたれかかる体勢に。あー起こしちゃうーと思ったら、彼の腕が私を支えてた。
「何してるんだー?ふわぁ〜」
あくびをしながら、ソファに戻される。
「いや、別に?ソファに座ってただけだよ。」
「へーあんなに人の顔、のぞきこむのが普通のことなのか?もうちょっとで顔がくっつきそうだったじゃないか。」
ニヤッと笑う表情と、バレたという表情が向かい合った。
「起きてたなら言ってよう。恥ずかしいなぁ、もう」
「いやいや、恥ずかしいのはこちらだから、モウ。モウ。」
からかわれてるけど、言い返すこともできず、口をつむぐ。でも何か言いたくて、もごもごと口を動かすだけの私。
「はいはい。おいで。」
彼が両手を開く。私は飛び込む。外の香りがする。彼の仕事頑張ってきた香り、嫌いじゃないな。なんだか、ドキドキする。
「あ、ごめん。臭いか。今日よく動いたからなぁ。」
パッと離される。
「着替えてくる。」
立ち上がって、あくびをひとつ。私も立って、
「おかわりっ!」
両手を広げる。ワイシャツが頭に乗ってきた。
「あーとーでっ」
部屋に着替えに向かって行った。とりあえず洗濯籠にワイシャツをボンッと投げ入れ、ふてくされながら、夕飯の支度を続ける。
「いただきます!やぁ、うまそうだ!今日はさつまいもご飯か!焼き魚に、お新香も。うまそうだ!…ム?2回言ってしまった!ワハハ!」
「今日は鯛の塩焼きでーす。お魚屋さんでおすすめだったんだよ。」
「ぬ!? さつまいもご飯に、鯛の塩焼き?お祝いごとか?何かあったか?」
焦った顔でカレンダーを見る。
「何もなくったって、幸せご飯なんだよー」
ほっとしてからの笑顔。喜んでくれたなら、私も嬉しい。
食べていると、不意に彼が溜息をつく。おいしくなかったかな。不安が顔に出たみたいだった。
「ああ、ごめん。食事中に溜息ついて。仕事のこと考えてた。最近新人の教育係になって。自分の仕事はもちろんあるし。」
「そっか、年齢的にも教育係って早いんじゃない?面倒見いいからねぇ。 私も最近、若手とチーム組むけど、なんだかうまくいかなくてさ。ちょっとイライラしちゃうんだ。仕事、嫌になっちゃうよ。」
彼の眉がピクッと動く。
「イライラ? イライラはあまりよくないな。たしかに人同士の関わり合いだから、どうしたって意見の相違はある。君は先輩として、相手のことを考えて、意見を聞き、動かねばならないのではないか?」
真っ当な彼の言葉にムッとしつつ
「わかるけど、チームだから、それぞれの意見を大事にして、練って進みたいの。それには私の意見も出したいし、人の意見ももちろん聞いてるよ。それでもうまくいかないことは多いの。それで、どうしたらいいか、わからなくなっちゃって、頭がモヤモヤしてる。ずっと。 ご飯中に話しちゃうくらい…」
「そうか。すまん。俺こそ意見してしまった。君がよく頑張っているのは、仕事に行く前帰ってきた後の表情でよくわかってるつもりだ。 でも君はすごい!俺はこんなに美味しく、人を幸せにする食事は作れないからな!」
彼は私が悩んでいたり、疲れていたり、その結果愚痴をこぼしたり…そんなとき、さとすようにしっかりと話してくれる。ただ甘やかすだけでなく。
「そんなことないよ。普通にご飯作っただけだよ。」
急にほめてもらえて、下を向きながら話す。彼が頭をなでてくれる。
「普通、とはとても難しく大変なことだよ。食卓について、温かいご飯、汁物、焼き魚…全てが揃っていて、しかもうまいなんて、君にとっては普通かもしれないが、俺にはすごいことだよ。仕事もあるのに。ありがとう。いつも。」
さとす言葉だけじゃなく、欲しい言葉を言ってくれる。魚屋さんに寄って良かったと心から思う。私よくやった。
「しかし、本当にうまいな!わっはっは!このさつまいもご飯の、ほんわかとした香り、たまらないな!わっしょい!」
嫌なことがあったり、辛いことがあっても、彼と同じ空間にいられるだけで、心があらたまって、あたたかくなる。心が洗われるって、意味違うかもしれないけど、そう感じる。2人で食後のお茶と、頂き物のおはぎを半分こしながら、彼の顔を見ながら、強く感じる。
まじまじと見つめ過ぎたようで、バチっと目が合った。立ち上がって洗い物をしようとする私の腕を掴んで、
「片付けは後で俺がやるから、一緒にソファにおいで。」
「それって、さっきの“おかわり”?」
少し考えて、
「さあね。どう思う?」
こちらを見つめながら、少しだけ微笑みながら、彼は聞いてくる。
「そう思う。…けど、足りないから、もうちょっとください。」
手を繋いでソファに座っていたのに、抱えられて、いつのまにか膝の上に。
「はい、”おかわり“の上の、最上級の大盛りでーす!」
彼が後ろから抱きしめてきた。ドキドキする…顔が赤くなるのわかる…
「どうですかー?お腹いっぱいですかー?」
「は…はい、満腹です。」
言い終わらない内に更に、ぎゅーっとされた。
「俺は…もう少し足りないかな。もうちょっといい?」
黙って頷く。頬と頬が触れ合い、見つめ合い、キスをして…また目が合って、お互い微笑み合える。ずっとこんな2人でいたいな。記念日のご飯もいいけど、普通の幸せな日。続くといいなぁ。