私達はどう見えているんだろう。ここはいわゆるファミレス。駅から少し離れた場所にあって、川沿いで遊歩道のそばにある、比較的小さめなお店。日中は家族連れより、シニア層が多い。 そんな店内に、私と彼がいる。彼といっても、パッと見女の子に見える外見の持ち主。大きな瞳は長いまつ毛の傘にかぶって、下を向いている。まつ毛の長さが、整った顔をさらに際立たせる。メニューをめくる手は、男の人のそれだが、きれいでしなやかさを帯びているのがわかる。
「ねえ、決まった?僕ね、和定食かなー」
メニューを渡しながら彼は、私を真っ直ぐ見て言った。オーダーしてから、彼は頬杖をついて、こちらを見つめてくる。私は周りの目線が気になって、キョロキョロ、オドオドしている。
「ねえ。ねえってば。聞いてる?」
「あ!う、うん。聞いてるよ。」
「嘘だね。全然こっち見てくれないじゃない。つまんないよ。」
ぷうっと膨れた頬も可愛すぎる。
美形な彼の一番の特徴、実は長い髪にある。さらさらの長い髪、肩を通過して腰近くまである。でも久々に会った彼は、昔の華奢な可愛い男の子じゃなく、きれいでカッコいい青年に変わっていた。
「だってさ、若いあなたと私じゃ、姉弟?あ、親子に見えるかも!ひー 嫌すぎる〜!」
頭を抱えて、更に下を向く。
「誘って悪かったよ。…そんな悩むなんて思わなかったし。久々の再会で、そこまでブヒブヒ言わないでよ。」
聞きずてならない言葉を聞いて、顔をスッとあげる。すると待ち構えていた彼の指が、私の鼻を押す。
「あれー?この店は、豚の入店許可出るんだー 良かったね。豚さん。」
満面の笑みでイケメンに言われても、嬉しくないものは嬉しくない。…けど、さっきより顔が近い。伸ばされた腕は、私の知ってる小学生男子とは違う、大人の、男性のものだった。
何のリアクションも取らない私に、首をかしげて、心配な顔をする。ああ、でもあの頃の雰囲気も残っている。知らない人じゃなく、やっぱり彼だ。
「なんか言ってよーブヒブヒ?」
「はいはい」
その綺麗な手を振り払う。途端にバツの悪そうな顔をしてみせる。いわゆる子犬的な、アレ。しょげているような彼の長い髪が、お日様に当たって綺麗。綺麗な黒髪、毛先の方は光の加減によっては緑がかって見える。さっきイケメンて思ったけど、そんな軽い言葉じゃ表現できない…
しばしの沈黙を破ったのは、店員さんの声だった。彼は今時の若者っぽくなく、和食派。
「あ、焼き魚だった。」
「ああ、お肉派だったもんね。でも焼き魚も美味しいよ。」
「小さい頃から、魚ほぐすの上手だもんね。あ、小鉢はふろふき大根じゃん。はい、あげる。」
「ありがとう。覚えててくれたの?」
「あ、いや、たまたま。たまたまよ。」
うれしそうに、はにかむ彼。か、可愛すぎる。感情爆発状態の私、気付かれないように黙々と食べる。
「今日はいい天気だね。風も控えめだし、気持ちのいい感じ、だね。」
「うん、ここら辺はよく散歩するの。散歩の犬とか、かわいいんだよ。」
店を出た私達は川沿いの遊歩道を歩いた。
「なんか並んで歩くの久々だね。前はこぉーんな小さかったのに、今は…」
彼の方に向き直って、手で背を比べようとすると、彼が急に手首を掴んできた。
「ねえ。 ねえ、なんで? なんで、昔の話ばかりするの?今の僕は見えてないの?確かに10年ぶりの再会だけど、僕はもう隣に住んでる小さな男の子じゃないんだよ。」
急な状況の変化に追いつかない私は。何か話そうと口を開くけれど、思いと実際にあらわれた言葉はあまりにも違っていた。
「い…痛い。」
ハッと気付き、手を離す彼。動揺している。私も一緒だ。体制を立て直そうとしたその時、小さな段差につまづいた。
「痛ー!」
いい年して、足をくじいた。なんか、今日は調子が悪い…悪いというか、変。 彼が無言で近づいてくる。ああ、怒らせちゃったかな。
「ご…ごめ」
ん、を言う前に私の身体はふわりと浮いた。浮いたかと思えば、彼の顔が驚くほど近くにあった。
「ちょ!ちょっとやだ。おろして!重たいよ。ごめん。いや、本当に。」
「落ち着いて。本当に落ちちゃうよ?」
こつんと額と額がくっついた音がした。落ち着けるわけない。耳元で話さないで!
「って、僕も落ち着けてないけど。」
よく見ると少し顔が赤い。それを見て、また私も赤面する。この細い腕のどこに私を抱えられる力があるの?
「僕ん家、そこ。」
顎で指すそこは、小さなマンションだった。大学入学で一人暮らしを始めた彼は、私の家のそばに住み始めたのだ。そして今日は久々の再会だった。思わぬことになってるけど。
彼の家に上がって、椅子に座らせてもらう。彼は私の前にひざまずき、くじいた足の手当てをしてくれた。へらっと笑って、年甲斐もない、と言う私に
「いや、ごめん。僕が悪かったね。 こっちもごめん。」
手首の手当てをしながら
「ごめんね。なんか、はしゃいじゃった!あはは」
沈黙に耐えきれず、またもやへらっと笑って話す。
「謝らないでよ。僕の方こそ、はしゃいで、ケガさせて…こんな思いさせたかったわけじゃないのに。見た目がこんなだから、子ども扱いが嫌なんだ。」
「そっか。そうだよね。わからず、ごめんね。」
手当てが終わると両手で手を取り、真っ直ぐに私の方を見てくる。
「あのね。今日僕が会う約束したのは、話を聞いて欲しかったからなんだ。 あなたから見れば僕は隣に住んでる小学生の男の子だったと思う。でも、それは10年前の話。今の僕のこと、少し意識してくれない?」
綺麗な目で見つめられると、困ってしまう。彼の目線に耐えきれず、目線をはずす。今度は手首が動いた。
「…ねえ。ねえ?こっち見て?」
私の手は彼の頬についていた。手のひらは彼の唇に触れていた。彼が話すたび、息をするたび、彼の息を、熱を感じる。
「お願いだから、俺のこと、男として見て。…もう、大人なんだよ?気付いて。」
言い終わると同時に手のひらにキスをされる。頭の中はパニック状態。どうしたらいいんだろう。6歳下の可愛い幼馴染が、大人っぽくなって、しかも男として意識しろって言ったり…お姫様抱っこされたり。と…とにかく、今はこの場を切り抜けなきゃ!
「わかった!わかったー!少し、考えるー!」
「本当?ありがとう。」
やっと手が自由になった。立ち上がった彼は、もういつもの彼だった。ほっとする私。
「じゃあ、これからよろしくね。」
ニコッと私を見下ろす彼。
「さて、お茶でもいれようか。コーヒー?紅茶?何がいい?」
「あ、じゃあコーヒーで…」
キッチンに立つ彼に話しかけるけど、気のせいかな…にやぁ〜っと笑っていた気がする。 何はともあれ、年下の幼馴染がちょっと気になる男の子にジョブチェンジしたってことみたい。色々あってなんだかわからないけど、この手のひらの感覚は…本当みたい。明日からどうなるんだろ、私…楽しみなような、こわいような。
彼サイド
はぁ ドキドキするなぁ こんなにドキドキするの、どのくらいぶりだろう。久しぶりにあの人に会える。10年ぶりかな。あの人が大学に入るのに一人暮らしするようになってからだから、相当ぶりかな。年末年始もお盆とかさ、帰省しても会わなかったし。隣なのに…まぁ、いいや。今日。今日が俺にとっての、勝負の日なんだから。
ヤバいーメニューなんて読んでられないよ!きれいになったなぁ 大人って感じだなぁ いやいや、親子とかやめてよ。男と女に見られたいんだよ!
鼻触っちゃった!顔近くなっちゃった。見た目は変わったけど、この表情は変わらないや。かわいい。
思わず手首つかんじゃった。強すぎたかな…って転んだ!どんだけドジっ子なわけ?…いや、待てよ。これ、使える。よし、抱っこだ。軽ー余裕ー! そして、家に行こう。にやり
手当てしてるけど、手当てしつつ、こっそりうかがってる俺。足と手を触ってるのは、役得。上目遣い攻撃しかない。がんばれ、俺。
今日は手にキスで我慢してあげる。次…は、どうなるかは、わからないよ?明日か、明後日か、もう少し先になるか…もしかしたら、数分後か、俺が次キスする場所はどこだろうね。これからが楽しみだ。